第082話:羊皮紙とインク
一条雛乃:2年D組 男爵家の一人娘にして長女 【火魔術】
町田紬:雛乃の侍女、南雲家配下の伯爵家から派遣された。
■グレートクラブ:
10.5層のボス、タイニートロールのレアドロップ。木を削っただけの棍棒。ミーノータウロスの戦斧程ではないが重く8kgある。PASがないため重量そのままを振り回さなければならない。
見た目はシンプルで木をクラブの形に削っただけの無骨なものだ。当然切ったり突いたりすることは出来ない。探索者にも人気がなく出にくさも相まって存在が殆ど知られない不遇な一品。
これからやろうとしていることはスキルの複製だ。とはいえ魔術系のスキル、もしくはスキルスクロールくらいから魔法陣の取得が出来ない。
また、ただ魔法陣を書き写しただけでは当然受け付けてくれない。これが可能なら既に同じことをやった人がいるはずだ。
白雪達もDRDと同じと思っていたら無理だと思っていただろう。だが、料理人を皮切りにゲームでは無かった称号が見つかっている。チャレンジする価値はあるだろう。
白雪は頭は良いのだが、そのためか発想という部分では疎い反面がある。
雛乃に指摘されて気がついたのがダンジョン産のものでコピーして試したことが無かった。そこで思いついたのが7層のワイルドシープのドロップアイテム『羊の皮』から羊皮紙を作製し、ダンジョンの木材から木炭を作り、それを削ってインクと混ぜてみること。
ワイルドシープが地響きを立てながら皆川に迫る。
ワイルドシープは、そのまま羊だ。そのため戦い方は2層の魚雷兎と同じく頭突きと、横にいる場合はそのまま自身の質量をの仕掛けてくる。しかし、その重量と突進力から繰り出される攻撃は馬鹿に出来ない破壊力を有する。
また、特に防御面は強く、弾力と強靭さのある毛が並みの攻撃を受け止めてしまう。
「どっちのチャージが強いか試そうぜぇ」(皆川)
皆川も両手で盾を持って【チャージ】で迎え撃つ。皆川は盾だが羊は頭だ、しかもBPは衝撃を緩和してくれない。手にゆらす衝撃と頭蓋をゆらす衝撃がお互いに響く。
「一条様!」(皆川)
「はいっ。【ファイアキャノン】!」(雛乃)
頭を盾で打ち据えられ、前後不覚となったワイルドシープに、大きな炎の玉が命中して爆炎と爆音を轟かせる。
雛乃のレアスキルは【炎魔術】。炎魔術のダメージを上げる代わりに他の属性のダメージが下がるパークだ。
ワイルドシープの思考は自分に一番大きなダメージを与えた探索者を真っ先に倒そうとする。雛乃は小さい体に見合うだけのHPしか持ち合わせていない。モンスターと正面から戦えばすぐにやられてしまうだろう。
ただでさえ魔術師という組みずらい役割の上に、本気を出せばすぐに集中攻撃されてされてしまう、かといって押さえれば役立たずとなってしまう。これではパーティを組んでくれる人など身内しかいないだろう。
だが皆川は生粋のタンクであり経験も多い。ターゲットを奪い返すことには慣れている。
「【ダブルスラスト】!」(皆川)
ワイルドシープが雛乃への【チャージ】を発動する、最も無防備な状態に向かって二段突きを放つ。横合いからダメージを貰ってなおも雛乃へ向かおうとするが、今度は槍での【チャージ】で追撃をする。
流石に自分の体が横滑りするほどの攻撃を貰ったワイルドシープが皆川に向かって頭突きをするが、すでに読んでいた皆川が盾でそれを易々と防いで、雛乃に目で合図する。
「【ファイアキャノン】!」(雛乃)
それに合わせて皆川は後ろに飛びのく、スキルを使っていないバックステップだ、なかなか綺麗に着地するのは難しいが
「【チャージ】」(皆川)
再び炎の砲弾が着弾して、爆炎が収まっていないというのに、【チャージ】で突撃する。着地のバランスとダメージを稼ぐ一挙両得の攻撃を成功させた。
「もっとどんどん撃つにゃ!」(ミーナ)
「あ、当たっちゃいますよ」(雛乃)
「そんなものに当たるなーにゃないにゃ!」
「えええ」
「大丈夫にゃ、問題無いにゃ」(ミーナ)
「当たった時は私の方でヒールしますので」(楓)
「わ、わかりました! 【ファイアキャノン】!」(雛乃)
高速で迫る炎の砲弾の弾道をきっちり見切ると、紙一重で躱す。恐ろしいことに、躱している最中でもミーナは攻撃の手を緩めない。
現在ミーナは重量武器を使っていないため攻撃する箇所は足の付け根あたりや顔などの
【ファイアキャノン】が命中したときだけ、雛乃の方向に顔が向くが、走りだす前にミーナが足のBPを削りきって【チャージ】が出来ないようにする。
ワイルドシープはリンクという特性を持っている。範囲内に戦っている同族がいれば共通の敵とみなして攻撃を受けていなくても参戦してくるのだ。
4層の石喰いネズミも同じ特性を持っているが、彼等は食事中以外はという注意書きが付く。6層のアタックバードもリンクの特性を持っていると考えられていたが、彼等は感知範囲が広いためそのように見えるだけだ。
そのため完全にリンクする敵との闘いは7層が始めてになるだろう。最初にモンスターを連れてくるいわゆる釣り役の技量が問われるのだが……
「こっちにも【ファイアキャノン】たのまー」(黒田)
「こっちも追加でー」(皆川)
「なーはネギだくでー」(ミーナ)
「みーとぅ」(メリッサ)
「えええええ!?」(雛乃)
「釣ってきました」(楓)
「はーい」(皆川)
「おけーぃ」(メリッサ)
「なんか6匹いるんですけどー」(雛乃)
「おらぁ!」(黒田)
「ふっ!」(千鶴)
「【ファイアキャノン】足りてないよー」(皆川)
「ひぃぃ」
「お嬢様こちらもー!」(町田紬。雛乃の侍女)
「はいー!……あれ?」(雛乃)
数分後……
「はぁっはぁっはぁっ」
MP上限が切れるまで魔術を放った雛乃は大の字に倒れていた。だが、その顔はとても充実していた。どんだけ撃っても敵が自分に向かって突っ込んでくることが無い戦い。
文句も言われないばかりか、むしろ足りないと催促されるようなメンバー。何処に撃ってもきっちりと避けてくれる、こんなことは初めてだった。
…………………………
4層南東のセーフルーム。あまり攻略には関係無いここと北西はいつも閑散としている。
「は~重かった」(加藤)
「コシューコシューコシュー」(白雪)
「5層にはスタートまでの直通ポータル(転移柱)があるっすから、実質歩いたのは4層最後のポータルまでっすけど、結構きついっすね」(陽子)
「これが食べ物だったらラプトルの襲撃もあるからな」(加藤)
「うわぁ」(長谷川)
加藤、長谷川、須藤、千鶴、陽子、白雪で手分けして木炭用にレンガ、コンクリート、水。燃材を運び入れた。
「それじゃ、木炭作ろうか」(白雪)
「木炭一つ作るにも、実際こんなに準備がいるっすか」(陽子)
「ゲームだとこういったものは端折られるからね」(長谷川)
「はいはい。とはいえいきなりは無理だろ」(加藤)
「そうだね、レンガで窯を組んで、コンクリートで固めて、それが乾く迄待ってと結構日数がかかるね」(長谷川)
「ところがどっこい、うちには陽子ちゃんに千鶴ちゃんがいる」(白雪)
「?……あー……便利だな、【乾燥】に【ひび割れ修復】」(長谷川)
「あー」(加藤)
セーフルームからでて近くの林へ分け入っていく。当然落ち葉や木の枝が落ちている。
「そうか、ゲームじゃただの背景だったものもこっちじゃ普通に拾えるのか」(加藤)
「だねぇ」(白雪)
「あの、木の枝とか葉っぱ持ってるとセーフルーム入れないっす」(陽子)
「え!?」(白雪)
「マジ!?」(加藤)
「むー、いい案だとおもったんだけどなぁ」(白雪)
「ここにかまど作るか?」(加藤)
「いや、うちらが帰ったら吸収されちゃうしやめとこう」(白雪)
「というわけで1本の木に犠牲になってもらいました」(白雪)
「須藤さんと千鶴さんに来てもらっといてよかったっすね」(陽子)
「だねぇ。それをいったら陽子ちゃんの【乾燥】もだけどね」(白雪)
「それ程でもないっす」(陽子)
伐採したばかりの木に【乾燥】を掛けて薪として使えるレベルまで水分を抜く。
「【乾燥】と【ひび割れ修復】ってもしかしなくてもチートスキル?」(加藤)
「生産系のスキルって大抵チートな気がするね。鍛冶の【保温】だって大概チートだよ」(白雪)
「僕も錬金術とか取るかなぁ、セメント用意できたよ~」(長谷川)
「ほ~い。あり~」(白雪)
「てか、勝手にかまどなんか作ってよかったのかね」(加藤)
「邪魔にならない位置にあればいいさ。とりあえずは今回分できればいい」(白雪)
「さて、じゃぁレンガを並べて行こうか」(白雪)
耐熱煉瓦をならべ、耐熱セメントで隙間を埋める。長谷川は建築家であるため本職ではないがある程度の知識はある、それに須藤に至っては経験はあるようだ。
「まさか、土木工事の経験がこんな所で役立つとは思いませんでした」(須藤)
「だねぇ」(長谷川)
「ふーむ、太郎君(鑑定眼鏡)借りてきたけど、千鶴さんが切ると木材、無い人が削ると何も表示されなくなるね」(白雪)
「まじっすか」(陽子)
「一体どんな違いがあるんでしょうか?」(千鶴)
「さぁ?」(白雪)
窯が出来上がり、陽子が【乾燥】を掛けていく。万が一ひび割れが発生しても千鶴が修復できるため問題はない。
「形だけで蓋とかもないから火をいれたら土を盛って塞ぐ形で」(長谷川)
「あいよ」(加藤)
「完成は明日かね」(白雪)
「うまくできると良いですね」(千鶴)
…………………………
「はい、それじゃぁ羊皮紙作製するよ~。今回色々提供してくれたのは一条様でーす」(白雪)
「いよっ! さすが一条様」(黒田)
「「「ありがとうございます!」」」」
「え、えっと……」(雛乃)
あまり礼を言われることのない雛乃がたじろぐ。
「まずは石灰水用意~」(白雪)
「洗わなくていいのか?」(加藤)
「ダンジョン産の羊の皮だよ、洗う必要あると思うかい?」(白雪)
「あ~」(加藤)
「そういや狼の毛皮も綺麗だったね」(皆川)
「そういや、あの狼の皮は?」(黒田)
「普通の狼の毛皮だった」(皆川)
「使う?」(長谷川)
「倒すの苦労したからなぁ」(黒田)
「あ~あの苦労思い出すとな……」(加藤)
「それ、最後まで使わないパティーンっす」(陽子)
「というわけでこちらに用意したのが石灰水です」(白雪)
「……漂白剤って書いてあるな」(加藤)
「そりゃ漂白剤だからね」(白雪)
「なして?」(加藤)
「石灰水はアルカリ性でぺーはーは12くらい」(白雪)
「ぺーはー?」(皆川)
「いやわかるだろ」(長谷川)
「パスカルの仲間だよ」(白雪)
「全然違うだろ、え~とあれだ、なんか酸性とかのやつが気圧になった」(加藤)
「酸性とかのやつってなんだよ」(黒田)
「じゃぁ知ってんのかよ」(加藤)
「……日本語にすると出てこないね」(皆川)
「……確かに」(長谷川)
「……」
「……」
「一条様!」(黒田)
「え……? え~~紬……」(雛乃)
「なんでも教えていてはお嬢様のためになりません」(紬)
「本当は自分も知らないんでしょ?」(雛乃)
「沈黙、これが答えです」(紬)
「……」(雛乃)
「水素イオン指数です。ちなみにパスカルは気圧だけでなく圧力・応力全てで使われます」(千鶴)
「へーー」(加藤)
「パスカルは元々パスカルさんだから、日本語もなにもないよ」(白雪)
「あー人名なんだ」(皆川)
「ニュートンと同じですね」(千鶴)
「だそうです、一つお利口になれましたねお嬢様」(紬)
「それはあなたもでしょ」(雛乃)
「というわけで石灰水も漂白剤でphも漂白剤の方が強いからね。別にこだわって羊皮紙を作るわけではないし、代用出来る所は代用しないとね」(白雪)
「これも代用か?」(加藤)
「代用というか、普通に売ってないからね」(白雪)
木枠に四方八方からクリップがブラ下がっている。乾かすときに丸まらないように引っ張って固定するためのものだ。
「木枠は千鶴さんに削ってもらって組んで、クリップはそのまま100均で買って、あとは結束バンドだね」(白雪)
「文明の利器……」(加藤)
「いやー世の中便利になりましたな。まぁ今日は出番ないけど」(白雪)
「あとは毛皮をそのまま浸けて、一旦2,3日みます。なお目に入ったりすると洒落にならないので私のようにガスマスクをするように」(白雪)
「「そのためのガスマスク」」
「探索者だからある程度なんとかなりそうっすけどね」(陽子)
「あとは毛を剥いだり、表面を整える道具は七森君と千鶴ちゃんに依頼中です。乾かしたりする作業も陽子ちゃんと千鶴ちゃんだね」(白雪)
「【乾燥】と【ひび割れ修復】かぁ。つくづく便利だなぁ」(加藤)
「そういうことです」(白雪)
「考えてみると色々なところで出番あるんですね……私も称号取るべきかしら」(雛乃)
「そうですね、お嬢様の肌をかさかさにする仕事ができそうです」(紬)
「やめてよ!」(雛乃)
「ちなみに探索者だと修復されて出来ないっす」(陽子)
「ですって、よかったですねお嬢様」(紬)
「そもそも、やらないって選択肢はないんですか?」(雛乃)
「インクについてもこちら、カラーインク作製キット! なお提供は私です。さぁ褒めたまえ」(白雪)
「なんか白雪だとほめにくいな」(加藤)
「褒めたまえ」(白雪)
「わーーー」(皆川)
「やんややんや」(長谷川)
「わーわー」(メリッサ)
「うむ、よろしい」(白雪)
「それでいいんですか」(雛乃)
「あとは、これにおろし金ですりおろした木炭を入れて一旦完成です」(白雪)
「すこし薄いっすね」(陽子)
「そうだね、黒インク付け足すか」(白雪)
「だったら最初から黒インクでやればよくね?」(加藤)
「確かに……」(白雪)
「こちらもまた完成は数日後ですか」(雛乃)
「こっちはスキルで短縮できないからね」(白雪)




