第074話:懐かしいけど、懐かしくないミーノータウロス
一条雛乃:2年D組 男爵家の一人娘にして長女。ドジっ子、ぼくっ子、熊さんパンツ【火魔術師】
■称号【戦士】:
【戦士見習い】の称号を称号欄にセットした状態でモンスターを100体倒すと開放される。
称号の効果:筋力+5%
スキル:
【エアスラッシュ】:武器を縦に振り下ろすと空気の塊がまっすぐに飛んでいく。
【兜割】:剣を縦に振り下ろす。エアスラッシュと違いきっちり腰のちからを入れて振り下ろす。
多くの人が開放している称号である。【戦士】の派生元【戦士見習い】からは【軽戦士】【重戦士】が派生しているがその中でも断トツで戦士を選択している探索者が多い。
最たる理由は【エアスラッシュ】を挙げる人が多い。ただ、筋力が5%上昇するためセットしたあとは体のバランスがとりにくくなるため注意が必要。
「ふっ!」(黒田)
ミーノータウロスがしっかりと腰の入った姿勢で戦斧を横に振るう。だが、黒田もそれに対し上段に構えた大剣を戦斧に振り下ろす。
大きな金属音を立てて撃ち落とされた戦斧が黒田の足元の床をえぐった。
それを好機とミーナがショートソードで胴を突く。しかし、ミーノータウロスには全く効いた様子がない。
「昔はこの硬さに辟易したものにゃ」(ミーナ)
ミーノータウロスが鬱陶しそうに空いた腕を振り回して2撃目を狙ったミーナを振り払う。
しかし、ミーナは振り払ったのを見て効いていないように見えて確実にBPが削れているのを確信した。
「いまにゃ、健兄い」
「!!」
七森ががら空きになった反対のわき腹へ遠心力の入った片手斧を叩きつけた。七森は普段の印象から筋力が低いように見えるが、実家は板金工だったし、そこそこ重い模造刀も作っていたのだ。そこそこの筋力、体力はしっかりとついている。
「すぐに離れるにゃ」(ミーナ)
慌てて距離を取った七森の鼻先を持ち直したミーノータウロスの戦斧が掠めた。
「あ、あぶなかった」(七森)
再びミーノータウロスが構えに戻ったときに、心臓付近に槍が突きたっていた。分厚いBPのおかげで貫かれることはなかったが一歩間違えれば最終モード直行だった。
その主の楓は槍を素早く戻すと再び物静かなヒーラーへ戻る。
(((なにあれ、怖!)))
楓が唯一教える技である、いや動きというべきものか。教えたのはもちろん美々だ。東郷流というものは幼いころから専用の体作りをしなければ使えない欠陥武術だ。
だが、ただ一つに特化すれば、それでも不十分であるが一定以上の攻撃手段となりうる。男達に慰み者にされていた楓に自衛手段として教えたのが今の突きだ。
動きとしてはただの突き。美々程では無いが東郷流技術を使った恐ろしく速い突きただそれだけだ。
しかし、美々はそれを必殺の一撃にするためにもう一つのことを教えた。人間はいつまでも集中し続けることは出来ない。僅かな息づかい、視線の動き、集中が一瞬切れるタイミングそれを教え込んだ。
集中が切れたタイミングで首、心臓へ槍が突きたつのだ、喰らった方は何が起きたか判らないうちに命を落とすだろう。
探索者ではBPがあるため必殺の一撃となりえないが集中力はほぼ変わらないため不意打ちとしての効果は充分だ。死ぬことは無くとも本来の数倍以上の恐怖を感じるだろう。
…………………………
彼等がミーノータウロスとやり合っている頃、5.5層前のセーフルームでは待機メンバーが話をしていた。平日であったためか、階層エレベーターの影響か黒田達の前に数組が挑戦して以降、他の探索者は来ていない。
「と、いうわけで程色々と【壁走り】を確認してきたのだよ」(白雪)
白雪はここ2,3日【壁走り】のスキルスクロールについて調べていた。
スクロールを開くと中には魔法陣と思える円と線を組み合わせた幾何学模様があった。それになにか文字のような文章が書かれている。
「とりあえず、トレッシングペーパーで書き写したものがこれだ」(白雪)
「ふむ。どうだった」(加藤)
「まぁ当たり前だけど無理だった」(白雪)
「だろうね」(加藤)
紙をまるめて、ダンジョンカードに押し付けてみるが、当然の如く何の反応もない。
「まぁ、それは置いておいて、この文字のようなものは何かわかるかい?」(白雪)
「いや、さっぱりだ」(加藤)
「よくあるルーン文字?」(皆川)
「いや全然違う」(長谷川)
「ボン字でもないよね」(皆川)
「だね」(長谷川)
「ヒエログリフとか象形文字っぽいなにかではあると思う」(白雪)
「いえーす。ルーン文字やラテン語はわかーるのデスガー」(メリッサ)
「メリッサさんラテン語解るんだ」(加藤)
「翻訳家ですから」(メリッサ)
「その一言で片付けていい事っすかね」(陽子)
「マミーがルーンやラテン語は翻訳の基本っていってまーしたー」(メリッサ)
「おばさん……」(加藤)
「私だってわかるぞー」(白雪)
「はいはい凄い凄い」(加藤)
「軽いなー」(白雪)
「だって白雪だし」(加藤)
「それで、意味は?」(加藤)
「わからない」(白雪)
「まーそりゃそうか」(加藤)
…………………………
ミーノータウロスが足で地面を書くような動作をする。
「お、突撃くるぞ」(黒田)
「狙いはなーにゃ」(ミーナ)
言い終わるかどうかの内にミーナに向かってミーノータウロスが突撃を仕掛けてくる。しかし、ミーナも馴れたもので、すぐに横に飛んで躱す。
そのまますぐにショートソードで刺そうとするが、ミーノータウロスがミーナの方を向いて戦斧を振り上げた。前方に範囲に石礫をばらまく【ストーンスキャター】の構えだ。
しかし、ミーナは逆に肉薄する。すぐに後方に戦斧が叩きつけられた音がしたが、ミーナの方には石礫が飛んでくることが無かった。
「正面安置にゃ!」(ミーナ)
「至近安置じゃ?」(七森)
「言いてみただけにゃ」(ミーナ)
鼻息が掛かる程の至近距離まで詰めてもミーナは恐怖心の欠片もなくショートソードを突き立てる。
さらに後ろから背中に向かってグレートソードを打ち付ける。かなり大振りな剣だが七森の【鍛冶】により作られたものはPASが2kg付いていた。だがEMPは10と高めだ。
まだ鉄鉱石しか使っていないため特殊効果も付かないし、【鍛冶】技能も低いためEMPも高くなってしまっているがPASは割と付きやすい効果だ。
続いて七森、楓もがら空きの背中に攻撃を加える。
…………………………
「まんまヒエログリフであれば多少はよめーるのデスガー」(メリッサ)
「私もー」(白雪)
「白雪はそれとして、メリッサさんは翻訳家とはなんなのか学び直した方がいい」(加藤)
「まず、この魔法陣の円のここ、三角形があるだろう?」(白雪)
「あるな」(加藤)
「どこ?」(皆川)
「ここじゃね」(長谷川)
「ちっさ、インクが跳ねたかゴミかと思った」(皆川)
「ここが開始だと思うんだよ、とすると【壁走り】である以上これが足だと思うんだよね」(白雪)
「う~ん、見えない」(加藤)
「属性じゃないっすか? 風のような」(陽子)
「あ~」(白雪)
「とするなら光か闇がきませんか?」(千鶴)
「じゃぁここが足?」(白雪)
「どこかに重力に関する文字もあるのでしょーか」(メリッサ)
「文字だけで全部表すと幾何学模様になぞのこらないっすか?」(陽子)
「ですねー」(メリッサ)
「DRDではなんか説明ないの」(長谷川)
「全然ないっす」(陽子)
「スキルスクロールは羊皮紙を丸めた巻物で、それだけだったからな」(加藤)
「開くことも手に持つことすらできない」(皆川)
「DRDだとアイテムってどうやって使うの?」(長谷川)
「こうポケットに手を突っ込むようにすると、アイテム欄がでてな、そこから選ぶとモーションも何もなしで使ったことになる」(皆川)
「ちなみに鎧もポケットから取り出して一瞬で装着するっす」(陽子)
「四次元ポケット……」(長谷川)
「知ってはいけないことを知ってしまったな」(皆川)
「お、ミーノータウロスが倒れたな」(加藤)
「10分くらいか」(皆川)
「やっぱりタフっすね」(陽子)
「そう言えばあの最終モードのオーラも謎だねぇ」(白雪)
「ただの演出だろ」(加藤)
「とはいえ、いったいどういった理屈で出てるのか気になるじゃないか」(白雪)
「確かになぁ」(皆川)
…………………………
最終モードへと移行したミーノータウロスが赤いオーラを纏いながら起き上がる。
「やっと来たかにゃ」(ミーナ)
「結構時間かかったな」(黒田)
挨拶代わりにいきなり放たれた3連続の【ストーンスキャター】を黒田が大剣を盾に防ぐ。最終モードの【ストーンスキャター】は2回目で地面を揺らして回避行動を阻害するため、防いだ方が最終的なダメージ量は少なくなる。
「サンキューにゃ」(ミーナ)
黒田の後ろに隠れてたミーナが飛び出してミーノータウロスに切りかかる。
「へいへい」(黒田)
黒田もガードをやめて一気に距離を詰める。範囲外に逃げていた楓からヒールが黒田に向けて飛んで回復させる。同様に七森もミーノータウロスとの距離を詰める。
「【兜割】!」(黒田)
…………………………
「なんにせよ、まだ解読不可能ってことになるね」(白雪)
「そっすね」(陽子)
「でも成果は0じゃない。私達が魔術系スキルを使う時にほのかに魔法陣が浮かび上がるのは確認しているからね」(白雪)
「というわけで解読するためにも母数がほしい」(白雪)
「魔法陣が見えるスキルをカメラで撮れば?」(加藤)
「デジカメで試したけどだめだった」(白雪)
「まじで?」(加藤)
「これだね」(白雪)
白雪が見せたのは探索者カードについているデジカメで撮影したものだ。
「手しか映っていないな」(白雪)
「だろう? 今日び心霊でさえデジカメ進出しているというのに」(白雪)
「デジカメはだめとか?」(加藤)
「無理だね、光学的な仕組みは変わらないんだ。ネガがあるからなんて理由は通らないよ」(白雪)
「前に雛乃ちゃんが見せてくれたままだよ」(白雪)
「なんかやったっけ?」(加藤)
「紙に【ファイアボール】放ったあれっすか?」(陽子)
「それそれ」(白雪)
「あーあれか」(加藤)
「なにそれ?」(皆川)
「あー皆川君達は別だったっけ、前のキャンプのときに一条先輩が見せてくれたんだよ、紙に向かって【ファイアボール】撃つとどうなるかって実験」(加藤)
「へー」(皆川)
「燃えるんじゃないの?」(長谷川)
「それが燃えなかった。ちょっとあったかくなった程度」(加藤)
「つまり魔術は現実の物理とは少し違う場所にいるってわけだね、魔法陣の光がカメラに映らないのもそれだと思うんだよ」
「動画も?」
「あー多分無理だと思うけどどうだろう?」
さっそく試してみたが、やはり映らなかった。
「と、いうわけで私が、【ウォーターショット】を撃つから各自紙に模写してくれたまえ」
「いや、やるにしても机有るところでやろーぜ」
「むう、まぁ確かに書きにくいからいいか」
「そういえば最近眼鏡の度が合わなくなった気がするんですよね」(千鶴)
「あ、千鶴さんもっすか。私もっす」(陽子)
「視力も目のレンズを動かす筋肉の働きだからね、筋力のパラメーターで影響があったんじゃない?」(白雪)
「まじっすか」(陽子)
「そんなところまで影響あるのね」(千鶴)
「乱視は探索者になった時点で治りそうだけどね」(白雪)
「誰か眼鏡屋知らないっすかね?」(陽子)
「眼鏡かけてるのは……柳君か優子先生かな?」(加藤)
「へへ、俺ミーノータウルス倒したら眼鏡屋行くんだ」(陽子)
「なにそのしょぼい死亡フラグ」(皆川)
「いま帰ったにゃー」(ミーナ)
「おかえりー」(加藤)
「どう? 戦った感じ」(白雪)
「特にこれといった変化は感じなかったな」(黒田)
「そうにゃ~スキルや行動も変化は感じなかったにゃ」(ミーナ)
「外からみた感じで気になったのは突撃直後のストステくらいっすかね」(陽子)
「いや、あれはあったよ。ストステはスキルの間合いに入っている人が1人でもいれば抽選始まるし」(皆川)
「そうなんすか? じゃぁテストのあとに修正入ったんすね」(陽子)
「じゃぁミーノータウロスには俺らだけのマイナスチートは無かったと」(白雪)
「じゃぁ私達も周回に入る……」(加藤)
全員の言葉が止まった。あたまの中に探索者カードを取得したときの何を話しているか判らないが意味は解る言葉が響いたのだ。
『おめでとうございます。チートスキル獲得条件を満たしました』
「はぁぁぁぁぁ?」
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ」
「……さすがダンジョンマスター汚い」
「隠さなくなってきたなー」
皆が取得したチートスキルは【宝玉パリィン】、ダンジョン外へ宝玉を持ち出した時点で粉々に割れるチートスキルだ。チートスキルゆえスキル欄を消費しないのが不幸中の幸いである。
…………………………
「……今のなに?」(小町)
「知らん」(美々)
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