第007話:朝練
五十嵐優:ゲーム中の主人公。仲間思い。
柳伸:五十嵐のルームメート、女性主人公の場合攻略対象の1人
吉野織姫:ヒロインの1人、世話焼き体質であり、五十嵐の幼馴染ポジ。
三島風音:ヒロインの1人、曲がったことが嫌いな性格、自信の剣術に誇りを持っている。
日陰忍:ヒロインの1人、目隠れ美少女、千鶴と同室
■五十嵐優:
探索者夫婦の間に生まれる。子供の頃は両親の冒険譚を聞くのが楽しみだった。
宝物は10歳の誕生日の時にもらった剣とお守り。
「華族は10歳のデビュタントの時に剣を送る習わしなんだ、うちは華族じゃないけどな」
「ダンジョンで拾ったお守りよ、きっとあなたを助けてくれるわ」
しかしその翌日、父親も母親も一緒にダンジョンに行ったきり帰ることがなかった。
母親は、普段五十嵐の世話のため家に残っているにも関わらず、この日だけは幼い五十嵐に留守番を言いつけ父親と一緒にダンジョンへと向かった。
帰らない両親を待つこと3日、家のチャイムが鳴る。両親が帰ってきた。そう思って五十嵐がドアを開けると、そこには見知らぬ人が立っていた……。
探索者センターの職員を名乗るその男性は、両親が3日前からダンジョンに入ったきり出た形跡がないこと、
それを知らせると共に規定によりこの家を引き払うこと、日本にいる父方の祖父の世話になるか施設に入るかの2択を迫られた。
始めは両親の死と今まで会ったこともない祖父母に馴染めず塞ぎ込んでいたが、祖父母と隣に住んでいた吉野織姫が暖かく寄り添ってくれたために徐々に回復、中学に入学する頃にはだいぶ元の調子を戻していた。
中学卒業後、五十嵐はダンジョン探索者育成学園への進学を祖父母に伝える。祖父母は心の中で反対していたが、五十嵐の決意を秘めた目を見て何も言えなかった。
一夜明けた翌日、織姫と同室の三島風音はパジャマを着てベッドで寝ていた。彼女の実家は三島流刀術という刀術道場をやっており純日本風家屋だ。
両親も常に着物を着ておりそんな家で育った風音も布団に夜着だった。
しかし彼女とて年頃の女の子、実家では両親の手前着ることができないディフォルメされた猫が色々なポーズでちりばめられた、かわいいパジャマをこっそりと手荷物の中に仕込ませていたのだ。
「あ、そのパジャマかわいい」(織姫)
「う、うむ、そうか?いや、母上の趣味でな。わ、私の趣味じゃないぞ。断ったんだがな、はははは」(風音)
「ふーん……。かわいいお母さんだね」
昨夜そんな一幕があったとか。
「ん……朝か」(風音)
起き上がろうして布団の外に出した手が空を切る。
(えっ!?なんで?私浮かんで…?)
突然の事態に一瞬で心拍数が上がる。夢? 怪現象? 幽体離脱? あらゆる可能性が頭を巡る。慌てて手を動かすが一向に床に手が付かない。
雀の鳴き声が聞こえる……。
なんの変哲もない朝が逆に怖くなる……、が、これから探索者になるという人間がこんなことで縮こまってなどいられるか! その覚悟と共に恐る恐る目を開ける。
(!……そうだった)
なんのことはない寮はベッドだった、出した手が空を切るのは自明の理であった。
余談だが加藤はベッドから出ようと前世の部屋と同じ方向に足を出して壁にぶつけ、痛みにもんどりを打った。
風音と同じように畳に直布団だった黒田は風音と同じように手が空を切り、ベッドからずり落ちそうになり素っ頓狂な声を上げた。
まだ眠っている織姫を起こさないのようにゆっくりと起き上がり時間を確認する。時刻は朝5:00だった。
環境が変わったといって、身についた習慣は変わらないものだなと考えながら布団をたたもうとして……悩む、ベッドではどうしたらいいものかと。
(織姫だったら知っているのだろうか? しかしこんなことで起こすのもな……昨日の内に聞いておくべきだった……)
起きた後に聞けばよい問題であるが、彼女は朝練をして体をほぐすのがいつもの習慣となっている。
布団を畳むのが常識であれば後に起きる織姫に常識知らずと思われてしまうかもしれない、しかし敷いたままにしておくのも常識である可能性もある。
畳むべきか、敷いたままにすべきか……悩んだ結果、結局畳んで軽く身支度してから朝練に向かうのだった。
後の加藤と黒田
「なぁ、ベッドって布団畳むものなのか?」(黒田)
「人によるんじゃね? 俺は敷っぱなしだったな、日曜に干してたけど」(加藤)
「うんじゃそのままでいいか」
エレベーターが欲しいと思いながら階段を降りていくと、食堂から音がする。誰かが早めの朝食でもしているのかと覗くと、いつのまにか食堂の主となった小町が朝食を作っていた。
「あらおはよう。朝食はもう少しかかるわよ」(小町)
「あ、ああ、おはよう。朝食まで作ってもらっていいのか?」(風音)
「かまわないわよ。好きでやってることだしね」(小町)
(……なんで探索者学校にはいったんだ……?)(風音)
疑問を抱きつつ庭に向かうと朝もやの中に一際大きい人影と一際小さい人影が見えた。
(あれは……遠藤さんと、須藤君だろうか?)(風音)
まだF組全ての名前を憶えているわけではない風音だったが、さすがにインパクトのある人物は覚えている。
老人のようなしゃべり口調の美々、そして彼女の姉なのか妹なのか解らない楓。
須藤はもはや存在がインパクトの塊だ、大抵の生徒は一発で名前を覚えただろう。なにせあの体格だ、目立つことこの上ない。
そして須藤とは別の意味でインパクトのあった花籠白雪。あとは双子の愛宮姉妹だろうか。
……そして五十嵐優。なんだろう、確かに見た目は良い、いわゆるイケメンというやつだ、しかしそれ以外にも彼は人を惹きつける何かがあった。
頭の中で脇道に逸れてしまった思考を戻しながら2人に話かける。
「おはよう。2人共早いな」(風音)
「ああ」(美々)
「おはようございます! はやいですね。ええと三島さん……でよろしかったでしょうか?」(須藤)
須藤は一応DRDプレイヤーなのだが、ギャルゲーに興味も無く、何よりある目的のためストーリーモードをほとんど飛ばしていたため、ヒロインに対する知識は皆無である。
昨日の挨拶から美々の素っ気ない挨拶は予想してたが、須藤からは思った以上にしっかりした挨拶を返されて少し驚く。
「あ、ああ三島風音だ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします! 三島殿」
「別に同年代なんだし、そこまでかしこまられても困るんだが……2人は朝練か?」
「まあの」(美々)
「ええ。三島殿もご一緒にいかがですか? とはいえ各自自由に行っているだけですが」(須藤)
「ああ、お邪魔させてもらう」(風音)
2人共これから始めるところだったのか、柔軟運動をしているので風音も混ざることにした。まず意外だったのが須藤がかなり体が柔らかいことだった。
「須藤君はずいぶん柔らかいんだな……その失礼ではあるが……」(風音)
「ははは、よく言われます。ですが体が硬いとやはり怪我の頻度が違いますから。なので出来るだけ柔軟性は維持するようにしています」(須藤)
「なるほどな」
(やはり彼は格闘技の経験者か、流派はわからんが多分空手だろう。遠藤さんはなんなのだろう?)(風音)
美々は黙々と柔軟運動をしている。こちらもかなり柔らかい、いや、須藤以上に柔らかくしなやかだ。
(……体の感覚はやはり違うな。戦っておれば慣れるか)(美々)
三島風音は武門の娘だ。そのため体付き、動きを見ればどういった武術を嗜んでいるか分る、たまに外すこともあるが大まかな得意武器もなんとなく想像できる。
しかし遠藤美々という少女は分らなかった、素人でないことは分る。が、それ以上は分らなかった。
美々の方は風音の視線など気にせずストレッチを続けている。
彼女を見て分るのはまず異様なほどの柔らかさ、180度に開脚しての前屈は当たり前に、Y字バランス、エアプレーンからそのまま手と足を頭の上で密着させる。
その間体幹は全くぶれない、揺れない、ぐらつかない、まるで樹木であるがごとく。
「すごいな」(風音)
「すごいですね。自分もあれほどのバランス能力は持ち得ていないですから」(須藤)
「……なんだあれは?」
「……」
美々の体がゆっくりと背面に倒れる、きっちり30秒の時間をかけてブリッジの姿勢になる。しかも足と手の位置が非常に近い1cm程しか隙間がない。
その状態から足をゆっくりと上げ、同じ時間をかけて倒立に移る、そのまま今度は腹側に足をおろす、これも30秒だ。
最後も30秒かけて直立に戻る。最初の直立状態と同じだが向きは逆向きになっている。
合計2分という時間をかけてゆっくり行うそれは『人間時計』とでもいうべき動作だ。
通常バックブリッジ(ブリッジの状態から逆立ちに移行する技)は足で蹴ってその反動で体を浮かせ逆立ちになる。
しかし、彼女は己が背筋の力だけでこれを行っている。重力に逆らって足を空に向かって上げる、それも30秒という時間をかけてゆっくりと。
倒立から元の直立に戻すのもまた重労働だ、今度は重力に従って落ちようとする足を腹筋で支えながら地面に戻さなければならない。
腕で自重を支えつつ足の動きによる重心移動のバランスも取る必要がある。
最後に起き上がるまで柔軟と同じように体幹は1ミリたりとも揺らぐことはなかった。これを逆方向と合わせ2セットずつこなすと、そのまま軽く駆け足をして走っていく。
「マラソンなら自分も行きます」(須藤)
「私も行かせてもらう」(風音)
(やはり只者ではない……いったい何者なんだろう?)(風音)
「ううむ、普段なら装備を背負ってマラソンするのですが……」(須藤)
「確かにな。しかしまだいいのではないか?」(風音)
「いえ、軽すぎて落ち着かないというか、しっくりこないというか……」
「まったく普段何を背負って走っているんだ?」
「大体10キロの重りを5つですね」
前世での須藤は自衛官であったが既に除隊しており、そこまでする必要はないのだが習慣として続けていた。
「なんだそれは、いきなりダンジョンで泊まり込みでもする気か?」(風音)
「いえいえ、丁度良い負荷になって鍛えられますよ」(須藤)
「ものには限度というものがあるだろう」
(やはり探索者になろうという人は入学前からこんな風に努力しているのだな……私は充分だったのだろうか……?)
微妙な勘違いをしているが風音が口に出さない以上訂正されることは無いだろう。
軽く須藤と話ながら寮まで帰ると、入れ替わりにマラソンに行くミーナ、七森、メリッサと鉢合わせた。
「おはよ~、みんな早いにゃん」(ミーナ)
「…………」(七森:眠そうにゆらゆら揺れている)
「ぐっもーにん」(メリッサ)
「おはよう。これから朝練か?」(風音)
「おはようございます!」(須藤)
「おう」(美々)
「そうにゃん、朝練よりかはダイエット的なものにゃん。それじゃいってくるにゃん、ほら、健兄ぃも走るにゃん」
ミーナ、メリッサは軽やかに、七森は眠そうに走っていった。
庭に戻って来ると今度は千鶴、忍が出てくる所だった。こちらは忍の方がふらふらしている。
「忍、無理なら付いてこなくてもいいのよ」(千鶴)
「いえ~。わらひも探索者になるんれふから、これくらいは~」(忍)
千鶴達を見送ると須藤と美々は型稽古を始めるようだ、風音もそれに倣い木刀を持つと素振りを始める。
連続で振るのではなく、構え、ゆっくりと振り、構える。可能な事であれば同門に視てほしい、もしくは姿見がほしいと思いつつも1刀1刀を確認しながら振る。
五十嵐、柳、加藤、黒田が挨拶しながら続けざまにランニングに出て行くが、集中している風音が返事を返すことはなかった。
約1時間半の朝練を行い、シャワーを浴び着替えに戻ると部屋に織姫の姿は無く、布団は綺麗に畳まれてベッドの上に置かれていた。
食堂に行くと何人かの生徒達が朝食を食べながら談笑しており、織姫も一緒に話してる。風音に気が付くと「おはよう」と挨拶してきたので、風音もそれに応える。
焼きたてのパンの良い匂いがする。どうやら和食、洋食選べるようだ。無くなり次第終了のようだが。
和食はご飯+鮭切り身+味噌汁、洋食はバターロール+ハム+コンソメスープだ。
風音はせっかく実家から出てきたのだからと、洋食に手を伸ばそうとしたのだが、先に来ていた織姫が和食を選んでいるので、結局は同じ和食を選ぶのだった。
値段は150円、『卵焼き』もしくは『だし巻き卵』が50円で付くようだ。
「そういえばみんな知ってる? 昨日でたんだって……これ」
1人の女生徒が手首から先の力をぬいた腕を体の前にもってくる。
「昨日の夜、夜中まで談話室で話してた子がいたんだけど、そろそろ部屋に帰ろうって階段に向かったらね、なんかお風呂から水音がするんだって……」
「誰か入ってるのかなって、でもこんな時間におかしいなって、「誰かいるのー?」って声をかけたけど何も返答もなかったんだって……」
「ゆっくりとシャワー室へ近づくとおかしいの、電気がね、何も点いてないの。真っ暗な中シャワー音だけがザーーって響いてるの」
「もうその時点で怖さマックスだったんだけど、彼女勇気を出して入っていったの、誰かがシャワー止め忘れただけかもしれないって思って……」
「ゆっくり……ゆっくりと、近づいていって、更衣室のドアに手を掛けた瞬間!」
「ピタッ! とシャワーが止んだのよ。手を掛けた瞬間よ! まるで待ってたかのように!」
「きっと卒業できずにモンスターにやられちゃった生徒の霊よ!」
楓が美々に抱き着いて震えている。
「楓、邪魔じゃ」(美々)
「だ、だってお姉さま幽霊ですよ、怖いじゃないですか」(楓)
「生きた人間の方がよほど怖いと思うがの」
メニューは二人共和食だ。どちらも『だし巻き卵』を付けている。美々は「沢庵も欲しい所じゃの」とのんきだ。
「ミーナ、痛い」(七森)
「な、なんでもねーよ」(ミーナ)
「いや、怖い話嫌いなの知ってるし」
「に”ゃーーーー」
「痛い痛い痛い! 折れるーーーー!」
メニューは2人共洋食だ。ただ卵焼きはつけるようだった。
「べべべ、べつに怖かねーからな」(黒田)
「話方うまいなー」(皆川)
「雰囲気でてたー」(長谷川)
「……なぁ、これって白雪だろ?」(加藤)
「なんのことだい? 私は昨日夜中にお風呂に入っただけだよ」(白雪)
「やっぱりお前じゃん!」
「いやいや、私の前後に幽霊が入った可能性も微レ存」
「ねえよ、てか後ろはわかるけど前ってなんだよ」
加藤は和食、白雪は洋食を選んだようだった。2人とも卵焼きを追加している。対して皆川、長谷川はパンとハムだ。
結局犯人は白雪だったとして幽霊騒動は高速解決となった。だがこの手の怪談話は毎年発生する伝統行事のようなものだ。
■微レ存:
微粒子レベルで存在。要は1%未満だけど0%ではない
「僕の名前、元々は五十嵐一だったらしい」(メタ嵐)
「ちなみに優もやめときゃよかったと思ってるらしいよ」(メタ雪)
「なんで?」(メタ嵐)
「文章として『優しい』とかよく出てきて紛らわしいから。忍ちゃんもやめればよかったかなーって思ってるね、アイエェー忍者、忍者ナンデーって文章読んでて急に忍者でてくる気分になるから」(メタ雪)
「そもそも一をやめた理由は?」(メタ嵐)
「いまのを文章としてみたら解るじゃろ、「一ーー!」なんて文章、一瞬???となるじゃん。五十嵐の名前叫んでると瞬間で理解出来ないじゃん」(メタ雪)
「なるほど……」(メタ嵐)