第069話:汁
西城瑠璃子:西城公爵家次女。皆川、長谷川達により大分『しおしお』から復活。同時に皆川、長谷川の友好度が上昇した。
成長値:探索者のパラメーターの一つ、他のパラメーターの成長の速さ。つまりレベルが上がる速度にダイレクトに関わる。ダンジョンでより深い層のモンスターを多く倒した探索者の子供程高くなる。
■相馬陽子:
沖縄県の生まれで兄と妹が1人いる。漠然とした都会に対した憧れを持っており大学受験を期に上京。大学に通いながら都会を楽しむつもりだったがまさかの桜散る。
こんなこともあるかと帰郷しないまま再び入試したがまさかの敗退。元から東京に住むための言い訳たいな受験であったため落ちて当然だったと、後に陽子は語る。
親御さんは相当おおらかな性格だったらしく、何も言わなかったが逆にそれがプレッシャーになったとのこと。
2浪してさすがに帰郷しなければ不味いかと思った時に、DRDのテスター募集の広告をバイト先で見つけた。
自衛隊の事故の事は知っていたためかなり悩んだのだが、結局応募することにした。
ニュージェネレーションが出したFDSは安全とのことだったし、2年という長期間を拘束してしまうため特別業務手当が付くのが決め手だった。
なお、テスターが終わったあと、就職したかったらうち来ないと誘いを受けたので、まじかなー? 社交辞令かなー? と悩んでいた。
アト〇エシリーズが大好きで、そのために本体から購入した過去があり、テスターのときも錬金術師をやっていた。
「あら、勝に遥じゃない」(瑠璃子)
「あ、西城様こんにちは」(長谷川)
「西城様、こんにちは」(皆川)
「別に瑠璃子でも良いのだけど」(瑠璃子)
「いけません」(侍女:琴子)
「そうですよ、公爵様が名前、しかも呼び捨てとか下の者にどう示すんですか」(長谷川)
「その通りです……なんかF組の子に諭されると変な気持ちになりますね」(琴子)
「見つけたぞ!」(大熊)
「あら、騒がしいわね」(瑠璃子)
「さ、西城様!?」(大熊)
「今、私がお話ししているのだけど、あなたの用事は私を押しのけてでも必要なのかしら?」(瑠璃子)
「い、いえ、そのような事は」(大熊)
「そう、では次の機会になさい」(瑠璃子)
「はっ」(大熊)
「で、何があったのかしら!?」(瑠璃子)
心なしか瑠璃子の目が輝いている気がする。
「あ~いや~」(皆川)
「説明しにくいというか」(長谷川)
「お嬢様、あまり出歯亀などするものではありません」(琴子)
「あら、いいじゃない、友達なんだから」(瑠璃子)
友達という言葉に琴子が固まる。
「と、ととと友達……」(琴子)
「ちょっと! なんで琴子が驚くのよ! え? 友達よね?」(瑠璃子)
「そうですよ」(皆川)
「でも、友達だからこそ言えないこととかあるじゃないですか」(長谷川)
「友達だから……良いわね……うん、いいわ。それじゃ、またね」(瑠璃子)
「ええ、それではまた」(皆川)
「失礼します」(長谷川)
…………………………
ダンジョン学園屋上
「悪いがやらねば下に示しがつかないのでな。悪く思うなよ」(島津)
「わかるにゃん、強さがないと舐められるにゃん」(ミーナ)
「……」
ダガーとウルフファングを構えるミーナ。対して島津も刀を構える。同じ刀を使う風音以上に島津は闘いを好む性格にある。
対人戦をしたいのだが戦えるのはモンスターばかりが悩みの種だった。今は初めての対人戦にわくわくしている。
「行くにゃ」
「来い」
通常のミーナであれば体制を低く相手につめよるが、今回はワンステップで少し間合いを詰めると、右手のダガーを突き出す。
(なんだ?)
島津が混乱した、それは到底届くような間合いでは無かったからだ。無論ナイフの分リーチは伸びる、だがそれでも間合いには遠かった。
だがそれは届いた、別に関節をはずしたとかそういった事では無い。
腰を90度回せば10cmはリーチが伸びる、さらに肩をしっかり入れるこれでさらに2cmはリーチを稼げることはできる。
あとはもっと上半身を前倒しにできればさらにリーチはもっと稼げただろうがまだ改良の余地はありそうだ。
意表は付けたがまだ攻撃としては不足だ。現に島津も驚いたものの躱している。体勢は崩れているが、ミーナはそのまま攻めずに屋上のフェンスを軽々超えて逃走した。
「な、自殺か!?」
島津がフェンスに取り付いたときにはミーナは【壁走り】を使い一気に地面まで走り降りていた。【壁走り】はスクロールから取らずとも称号【シーフ】を取得すれば習得できるスキルだ。
実のところ称号依存スキルでもないためスキルスクロールのありがたみは薄い、だが称号を獲得するたびに必要な魔石が多くかかるためその点においてはありがたみはあるだろう。【壁走り】のために【シーフ】の称号を取る人間はまず居ないが。
なかば呆然と見る島津に手を振ると、ミーナは寮へ向かって足を向ける。寮に着くころには予想通り白雪からの作戦成功のメールが届いていた。
…………………………
5層最奥のセーフルーム。
ミーノータウロス直前にもセーフルームがあるが、そこの転移柱は5層最初のセーフルームにしか飛べない。
そのため皆ここのセーフルームを利用するのだが、大抵準備はボス直前のセーフルームで行うため、出てきた探索者は休むことなく5.5層を目指して移動する。
そのため、留まる探索者は存在ほとんどいない。
そのセーフルームの奥まった所は尚更で、人気は全くなかった。まさに密談のためにあるような場所だ。そこで加藤達は嵐山達と再び対峙していた。
「あ、お前等」(大熊)
「貴様!」(島津)
「ちっす」(長谷川)
「よう」(皆川)
「さっきぶりにゃん」(ミーナ)
「あの赤毛のチビはお前らのグループじゃないのか?」(嵐山)
「う~ん、彼女は微妙な立場なのよね」(白雪)
「……今のはお姉さまへの悪口でしょうか?」(楓)
楓の気迫にたじろぐが、白雪に美々の身内と紹介されたらばつが悪そうであったが一応謝罪した。
「それで、伝えた通りに4層で薬草抜いてきたかい?」(白雪)
「ああ、どれでもいいんだろ?」(嵐山)
「うん、同じ草しか出なかったでしょ」
「まぁな。レア薬草とか言われなくて良かったぜ」
「先程の寄り道はF組の指図だったんですか!?」 (大熊)
「見損なったぞ、F組の連中の言いなりになるとは」(島津)
「そうですよ、これは報告させてもらいますからね」(大熊)
「報告? 報告とはなんのことだ?」(島津)
「報告したいなら勝手にしな。俺はこっちの方に賭けることにした」(嵐山)
あの義理兄の深谷に感ずかれることなく、現在の嵐山の状況を掴んでいるのだ乗るならこちらだろう。
「逆に大熊よ、お前はどうなんだ? 俺にはおまえが心底深谷に心酔しているようには見えないが?」(嵐山)
「……」(大熊)
「一体どういうことだ?」(島津)
「ああ、それはだね」(白雪)
「まて、俺から言う」(嵐山)
「俺には妹がいる。だがただの病気ではなくてな、治すためには治癒のポーションが大量に必要だ。だが治癒のポーションは金を積めば買えるもんじゃねぇ」(嵐山)
「なるほど、それで融通する代わりというわけか」(島津)
「そうだ、だがこいつの言う事じゃ治癒のポーションは意味ないのではないかと言われてな」(嵐山)
「だが信じられるのか?」(島津)
「少なくとも薬師を発見したのはこいつだ。テレビで見ただろ?」(嵐山)
「正確にはそこの陽子ちゃんと小町さんだけどね」(白雪)
「あら? 私なにかしたかしら?」(小町)
「あれっす、薬草プリン」(陽子)
「あーー」(小町)
「で、大熊は?」(島津)
「その義兄からのお目付け役ってわけさ」(嵐山)
「なるほどな?」(島津)
「それで島津はどうする?」(嵐山)
「一つだけ聞かせろ、レベルはもう求めないのか?」(島津)
「いや、いずれ深谷の野郎からしかけてくるだろうからな」(嵐山)
「そうか、なら俺に問題はない。俺が求めるのは強さだけだ」(島津)
「それじゃポーションの作り方話していいっすか?」(陽子)
「ああ、教えてくれ」(嵐山)
「あとで5層の採集場所の地図渡すネー」(メリッサ)
「あぁ、何から何まですまんな」(嵐山)
「ノープロブレム」(メリッサ)
「あとで出来たものを飲んでもらうからね」(白雪)
…………………………
「お兄ちゃんどうしたの?」(蒔苗)
「あぁ、まぁ見てろ」(嵐山)
蒔苗が驚くのも無理はない、兄が帰って来たと思ったらまるで科学者のような研究キットを広げたからだ。だが、兄は真剣だ。
蒔苗もベッドに腰かけてじーっと見ている。
「ええと確か4層と5層のを【乾燥】で乾かして、沸騰した90ccのお湯に……これリットル表記じゃねぇか、ええと900ミリリットルか」
「お兄ちゃん、ccとミリリットルは同じだよ」
「そ、そうか。すまん」
ポットから90ccのお湯をビーカーに入れ、下から火にかけて再度沸騰を待つ。ただの沸騰だというのに身じろぎもせず真剣にビーカーを見つめる嵐山とそんな兄を見る蒔苗。
沸騰したら、乾燥させた2つの薬草をもみ砕いてお湯に入れる。これで30ccくらいまで煮詰めればよいようだ。緑色に染まっていくビーカーを再びじっと見詰めている兄。
40ccのメモリに近づいた頃に火を止める。
「そのまま茶こしを使ってと……茶こしってあったか?」
「もー、台所の棚の2段目だよ、取ってこようか?」
「いや、大丈夫だ、俺が取って来るからそのまま座っててくれ」
「もー、これくらい大丈夫だって」
両手で座ってろのジェスチャーをすると、立ち上がって台所に向かっていく。台所から引き出しが開け閉めされる音、スプーンやフォークなどの食器がすれる音が聞こえてくる。
「えーっと茶こし茶こし、どこだ」
「左上の方にないー?」
「ああ、あったあった」
しばらくして、兄の大きさからはやや手狭な部屋に茶こしを持って戻ってくる
「で、これで残った余計な物を取り除いて……」
茶こしに一滴たりともこぼしてなるものかと注意しながら真剣に注いでいく嵐山、真剣になるあまりより目になっているのを見て思わず笑みが漏れてしまう。
「よし! あとは【乾燥】で微調整すれば……出来た!」
じっと鑑定眼鏡で見ていた嵐山がだんだんと涙目になってくる……。
「……ション……出来た……本当に出来た……」
「何? 何が出来たの!?」
「これ、これだよ! レッサーポーション!! 蒔苗、これを飲んでくれ!」
「え、ええぇ!?」
手にとった強化プラスチックの試験管に入っている液体と兄を見比べる、口に近づけると部屋に充満している青臭い臭いがさらに濃く感じる。
だが真剣に見ている兄の顔を見ると、飲むのを断れないとさとると、意を決して口の中に含める。30ccなので蒔苗の小さい口でも一口で飲み込めた。
(さぁ蒔苗ちゃんのお口に嵐山君が作った嵐山汁を飲ませるのです)(白雪)
飲むのをじっと見ていた嵐山の脳裏に作り方を教わったときの白雪の言葉が木霊する。
思わずぶん殴りそうになったのは無理もない話だろう。加藤が突っ込んでくれなければ嵐山がぶん殴ってた。
臭いもきついが、味もまたきつかった。土臭く、青汁よりもさらに苦い。むせそうになるのをなんとか我慢して一気に飲み込む。
だが、効果は覿面だった。過去に何度かポーションを飲んだがそれと同じだ、体が熱くなる感覚がしたあとに細胞1つ1つが元気を取り戻すような感覚。
見ている嵐山の方もわかった、白黄色だった体に赤みが戻り、黄疸により黄色かった白目も白く戻っていく。
高く希少で滅多に手に入らないポーションと違い、今飲んだレッサーポーションは嵐山が目の前で作ったものだ、材料も取得が難しい物ではない。
「お兄ちゃん……」
「あぁ、ああ!……」
先程以上に涙を流す嵐山にそっと蒔苗が抱き着いた。そのまま2人して声を上げて泣いた、蒔苗もうれしかった。
なにより無理をして追いつめられた表情で取りに行くのではなく、手作業で自ら作ってくれたその愛情がうれしかった。
ポーションは希少なものである、小ダンジョンでは特に出やすく年間数万単位で取得できる。
しかし、日本の人口は億に達する、ポーションがあればという人間は数十万に達する。またポーション自体にも有効期限が1年であるため常に品薄だ。
大ダンジョンに入れるのだから嵐山は当然小ダンジョンにも入る権利がある。しかし貴族は一度大ダンジョンへの権利を得たら小ダンジョンへは行けない暗黙の了解がある。
他の貴族や民間人探索者へ譲るためだ。そのため小ダンジョンへ応募しても後回しにされる。
蒔苗との出会いは深谷が家に来た時だ、幼い嵐山から見ても探索者になれる10歳まで持たないと思ったし、例え探索者になれたとしても戦えないだろう。
『成長値』問題がある以上結婚の道具にもならない。
非情なようだが、モンスターと戦うのは常に命がけだ、探索者の世界はひ弱な蒔苗を介護するような余裕はない。
嵐山もいずれは嵐山家の当主になる身だ、そのような判断が出来ねば務まらない。
務まらないはずだった……
だが、蒔苗と生活していくうちに、
懸命に生きようとあがく小さい命を見ているうちに、
気が付いたときには、ポーションを家の棚から盗み出し、発作を起こし死にゆくはずだった蒔苗に飲ませていた。
蒔苗を担ぎ逃げるように嵐山家が追放されたとしても後悔はなかった。蒔苗から「なんで私のために」と問われても答えられなかった。
嵐山でさえも答えなんか持っていなかったのだから。
蒔苗も無言の回答を聞いてから二度とその問いかけはしなかった。
ポーションを飲めば一時的に良くはなるがすぐにまた体長を崩してしまう、原因は不明だった。
だが家を追放された身では病院に行くわけにもいかなかった、一人でポーションを調達するのにも限界があった。
そんなときに声を掛けてきたのが義理の兄である深谷恭介だった。蒔苗の実兄でありながら介抱もしなかった。
いつのまにか嵐山家の養子になることが確定しており、いずれは嵐山家の家長となることが決まっていた。
彼からの提案はポーションの横流しだけでなく、さらに希少な治癒のポーションの提供を持ち掛けられた。
見返りに嫌々ながらも深谷の頼み事も聞かなければなかった。
白雪に話を聞いたところ、詳しく診察しないと解らないが、治癒のポーションを飲み続けてもほとんど効果は無いだろうとのことだった。
ポーションに効果が無いことから漠然とさらに効果が高いポーションが必要かと思っていたが、治癒のポーションは全く別の効果で、1本飲んで効果が無ければ飲み続けても無効とのことだ。
白雪達の後ろにどこの家があるかは判らないが、さっさと公開してくれれば無駄な努力をしなくて済んだのにと、嵐山は憤りを感じるのを禁じえなかった。
なんらかの要因により蒔苗の体力は減り続けている、治療のポーションで効果が無いなら遺伝的な病気の可能性が高いらしい。
恐らくその要因で体力の最大値的なものが低く、ポーションで回復してもすぐに最大値に達してしまい半分以上の効果を捨てているのでないかとの推測だった。
それを聞いて嵐山にも納得するものがあった。白雪の言う症状と嵐山が見て来た蒔苗の容態に納得するものがあったからだ。
正しい対処内容としては栄養のある食事と適度な体力作り、ポーションを短い間隔で飲ませるとのことだった。
レッサーポーションでも効果を捨ててることに代わりはないがそれでも頻繁に飲ませることが出来る。
「でもあの味はもうちょっとなんとかならないかな? あと臭いも……」
「それは……そうだな」
実際薬師の称号を取得するときにレッサーポーションを飲んでいる嵐山もそれに対する反論はもっていなかった。
出歯亀:
語源は明治41年の殺人事件の犯人から、犯人のあだ名が出歯亀だったこと(名が亀太郎だったこと、出っ歯だったことから)、ことの始まりが風呂の覗きからだったことから。出歯亀が覗き等を指す言葉となった。




