第035話:土曜:美々 朝ー昼前
■通常転移柱:①~④まで4つの転移柱があった場合、①からは②③④どこへでも移動できる転移柱。
■特定転移柱:①~④まで4つの転移柱があった場合、①からは②と③へしか移動できず、②からは④のみと転移先に制限がかかる柱。ただし①②④を登録していると①から④へ直接移動できるようになる。
■一方転移柱:上2つは相互に移動できるが、こちらは①から④へは移動できるが、④から①へは転移出来ない一方通行の転移柱。ボス部屋の手前にある場合が多い。
■竜造寺玲子 FDSアーカイブ6:
本名ライラ・ミラー、日系アメリカ人。祖父の研究していたFDSを引き継ぎ完成させたFDSの第一人者。
FDSなど絵空事と切り捨てながら実用化すると、資金力にものを言わせて食いついてきた父親とかなり仲が悪い。
常に尊大な態度で接し、周りを見下していたため友好関係がほぼ無い幼少期を過ごす。
頭は極めて良く飛び級でマサチューセッツ工科大学を卒業する。卒業後すぐに祖父の研究を引き継ぎ机上の空論だったFDSをきっちりと実用可能な理論たらしめた。
世界中がFDS研究をする中、手の平を返し資金提供を申し出た父の手を振り払い、離婚して日本に帰っていた母親を頼り、竜造寺玲子と名乗る。
しかし、父親は諦めていなかった、2社、3社とダミー会社を挟みこっそりと父親の息のかかった会社との提携が決まっていたのだ。
それに気づいた竜造寺玲子は自衛隊事故を起こし、表向きは行方不明となった。
玲子の消えた父親は本性をあらわし、母親が手を回す前に研究員及び、関連会社を自らの傘下に引き入れ、多国籍企業ニュージェネレーションを設立した。
「やっぱり20リットルなんて大したことないわねー。狼1匹分すら入れられないなんて」(小町)
「360缶だと35本くらいかの?」(美々)
「もうちょっと入りそうね、40本くらいかしら?」(小町)
小町の前には小型の冷蔵庫のようなものが出現していた。【料理人見習い】の称号で習得できる【貯蔵庫(小)】のスキルだ。
珍しいパッシブとアクション(魔術)の混合スキルであり、アクションで冷蔵庫を呼び出し、パッシブで内容物を保護する。
「では行くぞ、これからの狩りは6層までは無しじゃ」(美々)
「うん、解ってる。わがままに付き合ってくれてありがと」(小町)
そのまま一直線に5層目指して移動する。途中1匹のジャイアントビーがホバリングしていた。
向こうもこちらを感知しているのかこちらを監視するように顔をこちらに向けている。
美々は片手で小町を制止させると、近くにあった石を拾いそのまま良いフォームでジャイアントビー目がけて投石する。
力を集約しロス無く相手に伝えるのが東郷流である、そこに筋力の100%近い力を開放した力がそのまま乗るのだ。
飛来した石はBPを無視するかのように肺を貫き、撃ち落とした。落下するジャイアントビーに素早く詰め寄ると、回し蹴りでそのまま柔らかい腹を打ちぬき瞬殺する、仲間を呼ぶ暇など与えない。
5層は林と岩山のマップだ。木の密集度は4層とほぼ同じなため最大の違いは真ん中を東西に分ける岩山にある。
大岩の内部は立体迷路になっており、ミーノータウロスへ挑む探索者達への最後の試練となっている。
モンスターは林部分にはジャイアントビーとフォレストラプトル、大岩内部にはボーンラット、ケーブバットが生息している。
だが、美々と小町は入口ではなく、その大岩の頂上を見上げていた。
「ここどうするの? 登る?」(小町)
「そうじゃの、せっかくスキルを取ったのだから有効活用せねばな、ロープを」(美々)
「あ、それで荷物にロープ入ってたんだ」
ロープを受け取ると美々は【壁走り】で一気に岩山を駆け上る、小町がしばらく待つとロープが降って来る。軍手をしていてよかったと思いながら小町はロープを握る。
登りきると大岩の上には、あからさまにロープを巻き付けてくださいといわんばかりの木が数本生えていた。
大岩を直接上り下りする裏技は知られているが、転移柱が『特定転移柱』のため立体迷路の中にある転移柱を経由しなければ6層手前の転移柱へと繋がらない仕組みになっている。
今度は逆に小町が先にロープを伝って降下し、美々がロープを回収後【壁走り】で降りてくる。その後は数匹ラプトルを蹴散らし次の層へと続く階段に到達した。
「あの柱って何? 転移柱? 他と色が違うみたいだけど」
「あれは層の最初に戻るためのものじゃ、うかつに触るぬように」
ボスがいる層は特殊扱いされているようでダンジョン文字で書かれた階層を示す数値が書かれていない。
ボスを撃破し、次の層へ行くと6層と掲げられているため、ミーノータウロスのボス層は5.5層と呼ばれている。
他に10.5層、15.5層と5層毎にボス層が挟まる構造をしているようだ。
5.5層は通常と同じくセーフルームが存在し、何人かの挑戦者が戦いに備えて準備をしていた。
セーフルームの正面にはボスとの戦闘エリアへの入り口、その横には閉ざされた扉がある。
他の探索者同様に準備をしていた平沢孝仁は訝しんだ、小さな少女が2人だけでこの部屋に入ってきたのだ。
息を乱して必死の形相で入ってきたなら理解できる、後から男性や護衛のような探索者が入ってきたならなお解る。
しかし彼女達は慌てる様子もなく、誰かを待つようでもなく一直線にボスの待つ部屋を目指して歩いていく、準備する気配もない。しかも片方は鉈を持っているもののもう片方は素手だ。
ボスとの戦闘エリアとセーフルームの間は、扉の無い門で区切られている。
2本の柱とその上に横たえられた柱で門を形成している形だ、地面には青色の境界線のラインが光って見える。
扉がないため戦闘エリアの中もそのまま見える、まだ誰も戦闘開始していないため5.5層のボスであるミーノータウロスがしゃがんだ状態で待機していた。
その手には巨大な戦斧が握られている。
ミーノータウロスはゴブリンソルジャーよりも大きな体躯をしたモンスターだ。牛の頭を持ち人間のような体をしている。
しかし、脚はゴブリンと同じく逆関節だ、下半身は全て剛毛で覆われ足先は蹄だ。
当然その強さは折紙付きで、最低でもレベル8の3人パーティ挑むべきである、安全を期すならレベル10の4人が望ましい。
だのに彼女達は休息も、準備もするわけでもなく挑むだ、それは蛮勇などではなく無謀以外の何者でもない。
「お、おい!」(平沢)
思わず声を掛けるが2人はその声に振り返ることもなく門をくぐる。
「な! くそっ!」(平沢)
(助けに入るか?あんな小さい子供がたった2人でなど勝てるわけがない)(平沢)
いくら探索者は万事自己責任とはいってもやはり良心というものはある。
(境界線は青色だまだ間に合う、どうする?)(平沢)
ボスは一定の距離以上近づくか30秒経つまでは沈黙を守り続ける、境界線のラインは戦闘エリア進入時は青色だが、10秒毎に黄、赤と色が切り替わり、パーティメンバーは時間切れになる前にこの境界線を越えなければならない。
(もうどうにでもなれ!)(平沢)
「孝仁! なにやってんだ!」(和泉)
しかし、すんでの所で後ろに引き戻された。
「あ……」(平沢)
和泉が止めたせいで平沢が入ることなく境界線は赤色に変わる。ボスとの戦闘エリアはインスタンスエリアとなっており、赤色になった後に入ると新しい戦闘エリアが生成される。しかし最後に入った人達の戦闘は見れるため観戦は可能だ。
「まったく、お前のロリコンは筋金入りだな。助けにでも入るつもりか?」(和泉)
「ロリコンじゃねぇ! 引き戻そうとしただけだ」(平沢)
「そのまま入ってしまったらどうするつもりだったんだ!? 俺達もこの後戦うんだぞ! 俺達と見ず知らずの少女とどっちが優先なんだよ?」
「ぐっ…………すまん」
「ロストしたら出てくるんだ、死ぬわけじゃない。あきらめろ、それに探索者万事自己責任だ」
「……わかってるよ」
平沢は昔、目の前で幼馴染の女の子を事故で無くしている。『あのとき自分が庇っていれば』そのような思いから少女を見ると心配になり仕方ないのだ。
それゆえロリコンとよくからかわれている。
ミーノータウロス:推定レベル16。 レベル10、4人以上推奨。
美々:レベル3、小町:レベル5、2人。
「作戦とか決めなくていいの?」(小町)
「ふむ、では左足に攻撃を集中するがよい。あとはこちらで合わせてやる」(美々)
「わかったわ」
小町が鉈を構えると美々がミーノータウロスと間合いを一気に詰める。ミーノータウロスがその接近に反応して戦斧を横振りしてくる、重々しい風切り音が美々の頭上を横切る。
彼女は既の所で躱したようにも見えるが、冷や汗一つかいておらず、戦斧が戻る前にその拳をミーノータウロスの腹にめり込ませる。
『躱した!?』(平沢)
『さすがにまぐれだろ』(和泉)
『だがあそこから反撃できのか?』(平沢)
『……』(和泉)
ミーノータウロスの目が一瞬見開くが、反撃とばかりに今度はすくい上げるように振るう。美々はその斬撃の軌跡から体をよじって躱し、その動きを利用して今度は肘を叩き込む。
『嘘だろ……信じられん』(和泉)
同時に後ろに回り込んだ小町が攻め時と判断して鉈を打ち込む。逆関節の膝に向かって遠心力を使い食い込むように鉈を入れる。しかし、妙な抵抗によって弾かれる。
「なにこれ!? 弾かれる」
「BPによる抵抗じゃな。そのまま攻撃せよ」
ミーノータウロスが小町を狙おうとするが美々がそれを許さない、振り向こうとしたミーノータウロスの腹に少し力を込めた蹴りを加え、衝撃でよろめかせる。
『なんだよあれ、素手であいつにダメージなんか入るのか?』
『あの少女達は華族様か?』
『いや、いくら華族様でも2人で挑むなんてことあるか? それに記章もないぞ』
華族とその騎士団の人間は華族と分かるように家紋が入った盾のように見える記章を腕に着けている。
余計なトラブルを防ぐために爵位によって色分けされ、特に継承権を持つ子息息女は他と区別するため金縁で囲われている。
当然だが美々達の腕にあるのはダンジョン学園の生徒を示すものだけで、彼女等が平民であることを現していた。
しかし、美々の攻撃は圧倒していた。ミーノータウロスと美々達で身長差がありすぎて戦い難いというのもあるが、それを差し引いても美々の攻撃が異常すぎるのだ。
どんな攻撃をしようと避けられ、さらに距離を取ってもすぐに詰められ、零距離戦闘を強いてくるため己が獲物である戦斧との相性も非常に悪い。
後へ回った小町もちまちまと足への攻撃を繰り返しわずらわしい。
だが優勢に進めているように見える美々達の方にも問題はある、美々は今回大宝玉をまず小町に取らせることを目的としているため、小町が与えるダメージが自身を上回るよう手加減を余儀なくされている。さらに……
(まずいな、小町の息が上がり始めておる。少し攻めるか?)(美々)
その一瞬の思考の躊躇に付け込むようにミーノータウロスが行動を起こす。我慢の限界とでも言うように怒りの咆哮を上げ両手で持った斧を大上段に構え振り下ろす。
地面に斧が叩きつけられた瞬間、石礫が扇状に飛び散る。ミーノータウロスのスキルの1つ【ストーンスキャター】だ、この攻撃は前方にいる人ををまとめて吹き飛ばすためかなり厄介な攻撃だ。
土煙と共に無数の石礫が飛び散る。正面にいた美々も当然その範囲に含まれる、美々もまた共闘とという未経験の事に一瞬行動が遅れてしまった。
「美々さん!」(小町)
『不味い!』
『ここまでか!?』
【ストーンスキャター】はミーノータウロスが持つスキルの中で最も注意すべき攻撃として探索者に知られている。
その衝撃範囲も恐れることながら、広範囲に飛び散る幾つもの石礫が装甲の薄い部分を貫いてくるからだ。
濛々と土煙が立ち込めるのを小町と外野が固唾を飲んで見守る。
ミーノータウロスが仕留めたと思い小町に攻撃をしようと視線を向けたときに、土煙から小さな影が躍りでた。
まるで土煙から糸を引くように現れた小さな殺気の塊は、その速度を全く減衰することなくミーノータウロスに肉薄すると体を回転させ背中から倒れ込むようにその左肘を叩き込んだ。
明らかに今までと違う一撃だ、その証拠に美々と小町を足してもなお重いミーノータウロスの巨体が軽く浮いたのだから。
「大丈夫?」(小町)
「……問題ない」(美々)
問題ない、そう言いつつも美々のダメージは大きい。美々は小柄な体格が示す通りHPは低い、まともに食らっていればロストしていただろう。
ミーノータウロスが【ストーンスキャター】を発動させたとき一瞬遅れながらも自分に飛来する石礫の弾道を瞬時に見極め、被弾を最小限に抑えるべく後ろに飛んでいた。
ゲームでは範囲攻撃なのでこのような躱し方は出来ない、現実だから通用する躱し方だ。本来は散開して配置たり、優秀な盾役であれば根本を盾で止めて他への被害を留めたりする。
右肩に痛みが走る、脳内麻薬を分泌させ痛みを誤魔化しているが満足に力が入らない。これが『刺突』攻撃の怖い所だ、ダメージが一か所に集中する上BPが残っていてもLPに直接ダメージを与えてくることがある。
しかし幸運の女神は見放さなかったようだ、小町の放った渾身の一撃が右膝関節の隙間に深々と刺さっていた。これまで相手のBPを再分配をさせないように絶え間なく攻撃し続けたのが功を奏したようだ。
苦悶と怒りの咆哮を上げるがなにができるでもなくミーノータウロスは倒れ伏した。小町の荒い息づかいが部屋の中に響く。
『やりやがった!』
『マジかよ……』
「…………あとは止めをさすだけ?」
「……」
小町が問いかけるが美々は倒れたミーノータウロスの様子を見ながら答えを返す
「残念ながらそうはならん、離れよ」
その声を切っ掛けとしたのかわからないがミーノータウロスが倒れながらも大きく叫び声を上げる。
全てのボスは最終モードという形態がある。大抵のボスの最終モードへの繊維条件はLPへのダメージが入った場合だ。
耳を塞ぎたくなるような大音量と共に体が赤く染まっていく、まるで湯気のように見えるオーラが立ち昇りミーノータウロスは再びゆっくりと立ち上がるのだった。
「はぁっ、はぁっ、さっきより硬いし……速い!」
小町は昔熊と戦ったことがあるが、それと同じだ。動物は総じて体毛が硬い、常に裸で歩き回る動物にとっての唯一の防具が体毛だ。だがミーノータウロスはそれに比べて肌もまた硬かった。
最終モードでは全ての身体パラメーターが強化される。BPは無くなるがその分、抵抗値が上がるためダメージが通りにくくなる、ゴブリンソルジャーが風音の攻撃を弾いたように。
「よけろっ」(美々)
「っ!」(小町)
さっきまで小町が居た所に斧が振り下ろされた、美々の声に反応しなければ危なかった。
レベル5になっているとはいえこれまでの時間ずっと鉈を振り続けてきたのだ、小町のスタミナは限界を迎えようとしていた。
美々の攻撃がミーノータウロスに刺さる、しかしその攻撃は今までの攻撃が嘘のように弱弱しいものだった。
反撃に振るわれた戦斧もギリギリで避けるが、いつものように反撃もできないばかりか、ぐらりと体を傾ける。まるで足の力が抜けたように見えた。
ミーノータウロスが目を細める。牛の顔なのにそれは笑っているように見えた。咆哮を上げ、戦斧を大上段に振り上げる。【ストーンスキャター】を放つ構えだ、最終モードになると【ストーンスキャター】も変化し3連続攻撃になる。
打ち突ける場所はターゲットの位置に向かって変えてくる上2回目で地面を揺らして行動を止め、3撃目でこれまで以上の範囲、威力で石礫を飛ばしプレイヤーを一網打尽にしてくる。
だがそれを見た美々も目を光らせる。崩したように見せていたバランスを驚異的な体幹で戻し、微動だにせずただ真っすぐに斧を持つ右手首一点に視線を集中させる。
ミーノータウロスが振り上げた戦斧を一気に振り下ろす、腰から上の力全てを使い全体重を掛けて押し潰さんとばかりに振り下ろされる魔力を纏った必殺の一撃。
対する美々も今まで以上に脳内麻薬を分泌させ、一瞬だけ痛みを完全に消失させる。
自由を取り戻した腕と一緒に上半身を回しその全ての力を腰に、腰の動きそのままに追従するように左上腿を回す。
腰関節と膝関節をクランクのように使い回転の力を直進の力へと余すことなく変換する。
動く物体には必ず運動エネルギーが生じる。物体と物体がぶつかった時そのエネルギーは互いに交換される。
ブランコ状の鉄球が2つあるインテリアを見たことないだろうか? 持ち上げられた鉄球が止まった鉄球にあたると動いていた方が停止し、止まってた方がそれを引き継ぐように動くものだ。
鉄球同士がぶつかったときに動いていた方が止まっていた方にその全てを渡し、止まっていた方も0という運動エネルギーを動いていた方に渡す、それによってあのように見える動きをする。
ではもしお互い動いていたら?
美々の蹴りが振り落とされた斧を持っていた手首に衝突する。お互いに動く物体同士が正しく運動エネルギーを交換するためには2つ条件がある。
まず運動エネルギーを全てロス無く与えるためにはお互いのベクトルが寸分の狂い無く正反対でなければならない、美々の蹴りはそれを完璧に捉えた。
最後の条件は同じ重量であること、運動エネルギーは質量と速度の乗算なのだから当然だ。
今回の場合それをクリアすることは不可能だ。質量が軽い方、つまり美々の方が蹴りのダメージを十全に伝えるまえに弾き飛ばされてしまう。
美々は蹴りを当てたとき柔らかい体を活かして攻撃側の足と軸足を完全に1直線になるようにしていた。
攻撃を放った足とその軸足が1本の棒のような状態であるように。
結果、美々を弾き飛ばすべく与えられた運動エネルギーの行先はミーノータウロスがどれだけ重くなろうとも敵わない質量をもった地面=地球に向かう。
ダンジョンが地球に存在するかは判らないが。
マンガやアニメであれば地面にクレーターが出来るが、現実はそのような運動エネルギーの消失はしてくれない。
ミーノータウロスの手首には美々の攻撃の衝撃に加え、地球というバカでかい質量からの応報も受けることとなった。
衝撃音、なにかがへし折れる音、重たい物が地面に転がる音。そして一瞬の静寂のあと今度こそ苦悶のみの叫び声が響き渡るのだった。
蹴りのタイミング、手首と当たるタイミング、間合い、相手の力を地球へと伝えるように体を調節する、どれか1つでも違えばなりえない、東郷流の頂点、東郷源十郎が死ぬまで求めたその一撃がそこにあった。
武器も利き腕も失い、ミーノータウロスは攻撃手段、最後の力を振り絞った小町の鉈がミーノータウロスの膝へと叩き込まれた。
腕が折れ、膝がいかれ、ミーノータウロスは灰へと帰るまで立ち上がることは叶わなかった。
勝者である美々と小町各々の前に宝箱が現れる。
『ありえねぇ、倒しやがった』
『本当に人間か?』
『てかあいつらスキル使ってたか?』
湧きたつギャラリーを他所に美々達は宝箱を開ける。
「ミーノータウロスは解体出来ないのか……残念」
「そうであろうな」
宝箱の中からは、小町は大宝玉と石ころが、美々の方も小宝玉と石ころだ。
「石ころね……」
「そうじゃの」
「何なのこれ?」
「知らん」
石ころだが、割ると何等かの鉱物が取れることがある。中には貴重なものが取れる場合もあるが、基本はずれで何も出ない。
「もしかしてアイテムとか詳しくない?」
「まあの、素手に拘りがあるわけではないが特に武器もアイテムも必要が無かったからの。さて、6層へと降りるか」
美々が顎でさした方向を見ると確かにしたへ向かう階段が出現していた。
「よしっ、これで唐揚げがつくれるわね!」
「いや、その前に階層エレベーターの解放じゃの」
「そういえばそうだったわ」
「あと、もう1週いくぞ」
「えー」
6層のセーフルームにもは5層程ではないが人がそこそこいる。1つはボス層をクリアしないと辿り着けないため探索者の数が少なく、狩場の混雑がないためだ。
これには6層が広いことも原因の一つだ、そのため4層のようなピリピリした雰囲気もない。
壁際には屋台がずらりと並んでいる、5層のフォレストラプトルは食べ物の臭いにつられて寄ってくるため6層に着いたものの食事が無い人や、それを知って元から食事を持って来ない人。ダンジョンで宿泊した人。
そういった人達のために6層は屋台が並んでいる。材料は各企業が調整して輸送部隊を組んで補充を行っているようだ。
「お嬢ちゃんここは立ち入り禁止だよ」(店員)
(ここ6層だよな……ミノタウロスをどうやって倒したんだ?)(店員)
「案ずるな、すぐ済む」(美々)
そのまま美々は屋台の裏を一直線に侵入していく。
「ちょっと、ちょっと! だから入っちゃダメだって」(店員)
店員はなんとか制止しようとするが、その声に耳を傾けることもなく美々は階層エレベーターの前まで歩いていく。
店員もなんとか止めたいが美々の堂々とした態度と得体のしれない殺気によっておろおろしていた。
「これ?」(小町)
「これじゃ」(美々)
その騒ぎに他の探索者の注目も集まる。そんな騒ぎなど気にせず階層エレベーターの前に辿り着くと小町にミーノータウロスから得た大宝玉を出させ、階層エレベーターへと近づけるように指示する。
すると水面に落としたかのように波紋を出しながら宝玉が沈んでいく。追いかけていた屋台の店主達もその光景を驚いて見ていた。波紋は模様の外までは出ないようで不自然に途切れる。
波紋が消えると今度は光の線が走る模様の中央から上下に走った光は、端まで着くと左右に別れ2つの密接した長方形を描いていく。描き終わると中央から光を漏れ出しながらその模様が開いていく。
周囲の探索者はその光景を啞然と見ていた、それは当たり前のことだろう、ダンジョンが出来てから70年いまだ誰も知らない階層エレベーターをあっさりと起動させたのだから。
「これが階層エレベーター?」(小町)
「そうじゃ。ここから1層へ戻れる」(美々)
「美々さんの小玉でも出来る?」
「こちらでも出来るが、こっちは1層へ戻るだけじゃ。1層からこっちへ来るには大玉が必要になる」
「へー。1回だけ?」
「ダンジョンカードを近づければできるのではないか? でなければ1層からこちらへ戻ってこれぬからの」
「なるほど」
「さて、では次はわしの分も取りにいくか」
「うん」
「邪魔したの」
あまりの出来事に喋ることもできない店員を置いて、そのまま小町を連れ立って5層への階段を上ってい戻っていった。
小野田勝はその光景を唖然と見ていた観客の一人だ。彼もまた今日初めて仲間(護衛の傭兵)とミーノータウロスの討伐に成功したのだ。
やっと手にした宝玉に見惚れながら6層へ降りてきた所で、丁度美々が自分が得たのと同じ宝玉で階層エレベーターを起動させた所に出くわした。
「なっ!? おい! あれはどういうことだ?」
「わ、私にもさっぱりわかりません。あの模様はダンジョンが出来てからずっと謎のままだったはずです」
傭兵は答えるがそれは小野田も知っている。だからといって彼を責めるのは酷だろう。彼だけでなく誰だってあの模様が階層エレベーターだなんて知らなかったのだから。
小野田は自分が取得したばかりの宝玉を見つめる、彼以外にも探索者はたくさんいたし、貴族も数人いた。しかし、模様をみる人は居ても自分もと起動させようとする人はいなかった。
ボスは一度倒してしまえば、再び倒さなくても脇の階段から降りれるようになる。毎回ボスに挑むような人は居ない。
時期としても新学期が始まったばかりだ、新入生は貴族であっても4層あたりで石喰いネズミを倒しているとこだし、すでに2年目、3年目の人は大抵ミーノータウロスを倒している。
小野田は子爵であり2年生でありながら情けないことに今の今になるまでミーノータウロスを倒すことの出来ない落ちこぼれであった。
これはチャンスだ、今1層にはテレビ中継がいるのは知っている。もし彼女の言っていることが本当だとしたら1層で中継の前に出ることになる世界初の人間として永遠に名を刻むことになるのだ。
その考えに至った後は行動は早かった、模様の前に群がる野次馬をのけて模様の前に踊りでる。その手に宝玉を持って。
小野田であっても拒まれることはなく美々と同じ現象が起きる。小野田はそのままエレベーターへと入っていった。同時に護衛傭兵も一緒に入る。
他の野次馬も野次馬も我先にと入ろうと殺到する。
「おい! 誰も入れるな!」(小野田)
「はいっ」
「おい、俺は伯爵だぞ! いれろ!」
「誰であろうと絶対いれるな!」
そういいながら通常のエレベーターと同じように配置されたボタンの1階を慌てて押す。扉が閉じていき、入ろうとした探索者達が締め出されていく。
どうやらダンジョンのエレベーターには安全装置は無いみたいで、手が挟まっていようと無理やり閉じようとする。それに気づいた入が慌てて手を引っ込める。しかし一人だけ先程の伯爵を名乗った子供の手は取り残され扉に挟まれる。
「おい! やめろ! 開けろ!」
残った手で必死に扉を叩くがダンジョンの壁はその程度で壊れるような物ではない。
「おい、ぐっ、ぎゃぁぁぁぁ!」
ミチミチと腕を押し潰しながら扉は完全に閉じ切った。伯爵(正確にはその子息)は哀れにも左腕が完全にちぎれて無くなってしまった。小野田が乗るエレベーター内には残った腕が転がっていることだろう。
探索者は腕を失ったとしてもやがて生えて元通りになる、しかしそれには2ヶ月ほど時間を有する。
もちろんロスト状態になれば即座に生えてくるが、どこからどのように恨まれているかもわからない貴族にとってロスト状態はおいそれとなれるものではない。
それに自殺などを平気な顔でできる人は少数だろう。
小野田は傭兵数名と一緒に緊張しながらエレベーターの中にいた。本当に1階に着くのだろうか? もしあの赤毛の少女の言うことが嘘だったら、自分達はどうなるのか?
しかし、そんな心配を他所にベルが鳴る音がして扉が開いていく。そこには呆然としてこちらを見るテレビクルーと探索者達の顔があった。柄も知れぬ快感が小野田の中を駆け抜けた。
■折紙付き:
保証書付きの品物を指すもの、そこから世間で保証された評判となった。折紙とは鑑定保証書のことを指し遊びで使う折り紙とは別の物。
お読みいただきありがとうございます。拙い文章ですが次話も楽しみにして頂ければ幸いです。よろしければ、ブックマーク、評価もお願いします。




