第031話:五十嵐VSゴブリンソルジャー
須藤晃:物語の主人公。元自衛隊員、自衛隊員仮想空間漂流事件の生き残り。レベル3
五十嵐優:ゲーム中の主人公。仲間思い。 レベル:3
柳伸:五十嵐のルームメート、貴族の諸事情に詳しい レベル:3
吉野織姫:ヒロインの1人、世話焼き体質 レベル:3
三島風音:ヒロインの1人、美々と自信を比べ悩む レベル:3
愛宮由美:双子の長女。白雪の同類 レベル:3
愛宮沙耶:双子の次女。白雪の同類 レベル:3
■ウネ: レベル:6 危険度:D 属性:土
第3層の隠しエリアに出現するモンスター。地面から2枚の葉と直立した蔦が生えているような姿をしている。攻撃は、体を鞭のようにしならせて相手に打ちつける。
植物のように見えるが、実は線虫の仲間。頭を地面に突き刺し、口から網のように広がる吻を出す。
吻は酵素を分泌しながらゆっくりと土中に広がっていき、土中の養分やミミズ等の虫を絡め溶かして食べる。体には軟骨のような筋が通っておりこれにより自立している。
移動するときは筋を使い体を縮めてから伸ばしたときの反動を利用し、ジャンプを繰り返して移動する。
土中だけでなく腐った倒木などを食べることもある、白アリにとっては天敵のような存在であり、巣穴に吻を流し込み根こそぎ食べられることもある。
突進してきたゴブリンの攻撃を盾でさばく、1匹、2匹と順調にいなせている。これならいけると五十嵐は余裕を見せるがすぐにそれが甘い考えだと思い知らされる。
「優!」(柳)
柳の声に反射的に盾を構えるが、しかしその衝撃は想像を超えるものだった。踏ん張りがきかず体が浮き上がり飛ばされる。
ゴブリンソルジャーの膂力はゴブリンのその比ではなかった。
「優君! いやーーーーっ!」(織姫)
悲鳴を上げた織姫が半狂乱に五十嵐に駆け寄ろうとするが、そんな余裕はない。
ゴブリン4匹が五十嵐と織姫達との間を直線距離を阻むようにこちらに向かってくるのだ、さらにソルジャーも五十嵐に追撃せずにこちらに向かって走ってくる。
ソルジャーはゴブリン程素早くはない。しかし、その巨体は重戦車を思わせる程の迫力があった。ゴブリンと比べて大きいのではなく、人間と比べても充分巨体だ。
その迫りくる巨体を見たとき風音の様子はあきらかにおかしかった、瞳孔は開き、歯を打ち鳴らし冷や汗を流していた。
「ああああ!」(風音)
「まて! 早まるな!」(柳)
柳の制止も効かず風音がソルジャー目がけて走っていく。
「くそっ! 【ファイアショット】!」(柳)
ソルジャーに向かって【ファイアショット】を放った柳の判断は正しい、しかし全体的な盤面で見れば間違ている。
ソルジャーはその手にもった大ナタでいともたやすくその炎を切り消す。柳の顔に絶望に近い恐怖と後悔が広がるがそんなことでは現実は覆らない。
どうしてこんなことになったのか……
3層に戻ってきた五十嵐達は予定通りゴブリン部屋を周りゴブリンだけで構成された部屋を見つけた。
各々が示し合わせた通り、静かに部屋に突入する。気づいたゴブリンが警告を叫んだ時には五十嵐は剣を振り上げていた。
多少まごついたものの、互いにカバーし合うことでほぼノーダメージでゴブリン4体を倒すことに成功した。だが、ここで苦戦しなかったことが今回の失敗に繋がった。
ゴブリンソルジャーを想像以上に弱いと思ってしまったのだ。これには村田ですらゴブリンソルジャーを倒していた事実がそれに拍車をかけることとなる。
確かに村田は五十嵐に負けたが、村田達がダンジョンで使っている武器は天昇堂から購入した貴族が使うような装備だ。
五十嵐達の装備も悪い物では無い。それでもそれは日本にいたときに祖父母から送られたものだ、日華に行く子供に武器を送ることはできるがどうしてもワンランク落ちることになる。
ゴブリンソルジャーとの闘い方のセオリーはまずゴブリンを全滅させてからゴブリンソルジャーと戦うことだ。
五十嵐達もそれにならってまず各自がゴブリンを倒す戦法で挑むことになった。ここで求められるのは殲滅力だ。
武器の差、そしてモンスター経験の差が発生し村田達のようにソルジャーが立ち上がるまでにゴブリンを殲滅することが出来なかった。
そのせいで再び彼等にとっては予想外が発生する。ソルジャーが咆哮を上げたのだ。
「ぐぅっ」(五十嵐)
「ひぃっ」(織姫)
「…っ!」(柳)
「くっ!」(風音)
咆哮にここまで身がすくむと思っていなかったのだ、ソルジャーが上げる咆哮はスキルであると考えられている。
しかし、硬直時間がたった1秒であるためそれ程危険視していなかった。
実際はたった1秒であっても体が硬直してしまうと焦りから再行動に出るまでに思った以上時間が掛かる。
その結果、動けるようになると同時にソルジャーが五十嵐に大鉈を横薙ぎし吹っ飛ばし、織姫にゴブリンが群がる。
五十嵐が体勢を立て直したときに目に入ったのは3匹のゴブリンに好き勝手殴られる織姫の姿だった。柳は既に1匹と戦っていて余裕はなさそうだ。
織姫はぐったりしている、すぐに駆けつけ手前にいる1体を剣で切りつけ、そのままゴブリンとの間に割って入る。
いい所を邪魔されたゴブリンが今度は五十嵐を標的にして殴りかかって来る。
「織姫! 無事か!? 返事をしろ! 風音!? 手伝ってくれ!」(五十嵐)
しかし、風音はゴブリンソルジャーとの戦いにそれどころではなかった。普段の冷静な太刀捌きは見る影もなく、ただ我武者羅に刀を振るしかできていなかった。
「あああああ!」(風音)
声を上げ攻撃するが有効な一撃は何一つ入らない、武器が悪いというわけではない。
むしろ彼女の刀は探索者であった祖父が知り合いの刀匠にダンジョンから手に入れた鉄鉱石で造らせたもので五十嵐達の中では最も良いものだ。
何でもいいから有効な一撃をという乱れた心が彼女にレアスキルである【犠牲の一撃】(残るBP全てを攻撃に転嫁するスキル。使用すると24時間BPの最大値が50%減)を気づかぬうちに使わせる。
初めて彼女の一撃がソルジャーの硬皮を喰い破り腕半ばまで食い込む。
だがそれまでだった、初めての痛みに怒れるソルジャーが乱暴に腕を振り払う。それだけで彼女は後ろに飛ばされ、刀は転がっていく。
「あ、あ、あぁ……」(風音)
武器の無い彼女は唸り声をあげながら迫るソルジャーに、立つことも出来ずに尻持ちをつきながら無様に後づさることしかできなかった。
とうとう距離を詰められソルジャーは大鉈を振り上げる、もはや風音に取れる手段は何も無く、悲鳴を上げながら終わりを待つだけだった。
…………………………
時は少し戻り、加藤達は急いで帰途についていた。
最初の十字路に差し掛かった頃、須藤が急に立ち止まる。
「どうした?」(加藤)
「悲鳴らしきものが聞こえました。見てきます」(須藤)
「ちょっ」(加藤)
止める間もなく須藤は走っていった。
「行っちゃった」(白雪)
「どうする?」(加藤)
「二手に別れようか、換金組と救援組」(白雪)
「では、私が換金に行ってきましょうか?」(千鶴)
「私も換金にいくにゃ、腕が痛いにゃ」(ミーナ)
「ミーナが行くなら僕も」(七森)
「俺も換金だな、LP減っているし」(加藤)
「「私達も換金でー」」(愛宮姉妹)
「おのが力量は」(由美)
「わきまえている」(沙耶)
「私も換金に行くっす、足手まといになりそうっす」(陽子)
「じゃ、残りは救援で、走るよ」(白雪)
黒田、白雪、メリッサ、長谷川、皆川は救援に、他は換金に向かうことになった。
…………………………
「……大丈夫ですか?」
いつまで待っても来ない痛みにゆっくりと目を開けるとまず目に飛び込んできたのは大きな背中だった。
「……あ、ありがとう」(風音)
危機が去ったからか、冷静な思考が戻ってくる。
(っ! 国住!?)(風音)
自らの手元に無い刀を探して左右を見回す、そして見つけてしまった。
無理に打ち付けられ酷使されたせいで、折れこそしてないものの納刀できないほど曲がった愛刀を。
探索者になるときに父から託されたものだった。
(これは私がやったのか……?)
頭が揺れる……意識が保てない……目を逸らしたい、しかし逸らすことは出来ない。
(私は、私は……なんということを)
刀は武士の魂という、だがこの自体は、武士でなくともわかる。自らが犯してしまった過ちを、歪んでしまった魂を。
「……すまない」(風音)
『だめだったね』
「……すまない、すまない」
『よかったね、他の人を巻き込まなくて』
「……すまない、すまない、ごめんなさい」
『あやまっても何も解決しないよ』
何度も何度も謝りながら風音は意識を手放した。
…………………………
「晃!?」(五十嵐)
「僕達もいるよ!」(皆川)
「|【レッサーヒーリング】《ヒーリング!》」(メリッサ)
「【チャージ】!」(皆川)
皆川を筆頭に次々とガスマスクが乗り込んでくる。横から構えたガスマスクがソルジャーの横腹に槍を突き出したまま体当たりをする。痛みの咆哮をあげるソルジャー。
怒りの表情でガスマスクに大ナタを何度も振るうが、ガスマスクは余裕の表情で躱す。完全に動きを見切っていた。
「おらぁ!」(黒田)
その隙にガスマスクがゴブリンを横薙ぎに剣を叩きつける。切るということを考えない力まかせの一撃だ。
しかし、レベル3に至った黒田のパラメーターと野球経験を活かしたフルスイングはゴブリンを吹き飛ばすことでその威力を証明した。
「ふっ!」(須藤)
血まみれの手を握りしめ、ゴブリンの腹に強烈なボディブローを放つ。口から大量の血を吐きながらゴブリンが完全に浮いた。
そこに丸太のような回し蹴りが入る。完全に腹が潰れたゴブリンは地面を転がると二度と起き上がることなく灰となった。
残るゴブリンも長谷川の魔術で翻弄されている間に黒田が駆けつけ倒され、五十嵐達も1体を仕留めた。
元々のゴブリン達よりも多い6人が戦闘に加わったのだ、瞬く間に残るはゴブリンソルジャーだけとなった。
ゴブリンソルジャーを押さえる皆川も安定している。元々皆川は低レベル縛りやノーダメ縛りをする配信者だ。
DRDの配信は予定になかったが(FDSのモニタリング機材はかなり高額である)、いずれ配信してもいいようにモンスターの動きの研究はしていた。
尤も配信できないまま6年も経過していたが。
当然ゴブリンソルジャーの動きも研究済だ、特にソルジャーは大ナタを縦に叩きつけるか横に薙ぎ払うしかしないのでわかりやすい。
盾を使うことも無く攻撃を躱す。ゲームと現実では違うがモンスターの動きもスキルの動きも同じだ。
ソルジャーの特殊行動である唐突にターゲットを変える動作も研究済み、そしてソルジャーの皮膚は硬いがスキルを使えばダメージを与えることが出来る。
ターゲットを変えようとするたびに【チャージ】でダメージを与え強制的に自分にターゲットを変える。
ここまでくれば残りは消化試合だ、スキルを主体でダメージを与え程なくしてソルジャーは灰へと帰っていった。
「シュコー、シュコー、シュコー……」(白雪)
白雪も灰へと帰りそうだった。須藤の後、すぐに駆けだした白雪だが、後から来た皆川達に次々抜かれ、最後に息も絶え絶えに部屋に入り、そのまま崩れ落ちていた。多少レベルは上がったが相変わらずの体力だった。
「その、すまない、ありがとう」(五十嵐)
「須藤君もありがとう、その、腕は大丈夫か?」(柳)
「ええ、血も止まってますし問題ありません。探索者様々ですね」(須藤)
須藤のパラメーターは完全にフィジカルよりで身体パラメーターだけでなくHPの値はかなり高い、そのため止血までの時間も短くなる。
すべてのゴブリン達を倒して、みなが一息ついたときに声がかかった。
「大丈夫か? ひっ!」
全員声をする方を向くと逆に声を掛けた方が引いた。
五十嵐達4人に対して白雪達は6人、人数が多い上に白雪達は全員ガスマスクだ。
それが一斉に振り向いたら恐怖以外の何物でもない、それはポーション部屋の人達で実証済みである。
「誰?」(五十嵐)
「馬鹿、生徒会長の宮古様だ。現天皇の孫娘に当たる方だ」(柳)
「え? 生徒会長!? なんでここに」(五十嵐)
「う、うむ宮古という。生徒会長をやっている」(宮古)
「…………」(須藤)
五十嵐達が宮古と話している中、須藤はそれどころではなかった、ガスマスクでわからないが目は限界まで見開かれ、その視線は一人の女性に釘付けになっていた。
自然と体が粟立つ、自然と涙が流れる。
「……清美?」(須藤)
事故から20年以上経つが顔は鮮明に覚えている、年齢も若返っているが見間違うはずもない。木下清美、護ることのできなかった最愛の人の姿が前世そのままにあった。
「……はい? へ、え、あ、な! なんですかー? 初対面でいきなり名前とか、よ、呼ばれるのは不愉快なんですけどーー!」(清美)
「あ……い、いえ、し、失礼しましたっ、その、知り合いに似てたもので」(須藤)
「は? 似ている上に、名前まで一緒とか、それって本人だと思いますけどー?」
「うぐっ…………そ、その、自分はこれで失礼します!!」
見事な敬礼をして須藤は走り去っていった。
「あれはいったい何なんですかー?」(清美)
「さぁ? 誰か分かるか?」(黒田)
唯一解る白雪は沈んでいる。沈んでいなくても理由は話せないだろう。
「さー?」(皆川)
「同じく」(長谷川)
「あいどんのー」(メリッサ)
「シュコーシュコー」(白雪)
「……で、なんでお前達はガスマスクなんだ?」(宮古)
「「「かっこいいからだ!」」」(長谷川・メリッサ)
「…………そうか、ここでなにを?」(宮古)
宮古は問題を棚上げした。
「実は、石喰いネズミを狩ろうと思ったのですが、どこも一杯でゴブリンに挑戦したのですが、手痛い反撃をもらってしまい」(柳)
「悲鳴を聞いて、俺達が駆けつけたって感じです」(黒田)
「なるほどな、生徒同士で争っていたとかではないのだな?」(宮古)
「そうですね」(黒田)
「……本当にそうなんだな?」(宮古)
状況、五十嵐達の仲間と思われる織姫、風音は気絶。ガスマスクの仲間と思われるガスマスクは沈んでいる。疑うなという方が難しい。
「はい大丈夫です、先程彼が言った通りなので。とりあえず怪我人を運びたいので、もういいでしょうか?……」(柳)
「……わかった」(宮古)
軽くうなずいて宮古達は帰っていった。白雪の方も回復したようだ。
「じゃ、私達も帰ることにするかね、この曲がった刀は風音さんの?」(白雪)
「ああ」(五十嵐)
「……持って行った方がよさそうだね」(白雪)
「すまん、頼む」(五十嵐)
気絶している織姫を五十嵐が背負い、風音もまた柳が背負って行く。魔石は助けてもらってまで占有権を主張はしないようだった。
…………………………
1方の千鶴達は1層を目指し駆けていく。現在2層はクラスメートが独占しており突撃ウサギはほぼ枯渇してているが、それでも打ち漏らし、新規に出現した個体が存在する。
突撃ウサギは千鶴目がけて走ってくる、頭を前に猛スピードでまさに突撃してくる。対する千鶴も槍を構えスピードを落とさない。
若干の前傾姿勢、右手に槍を下段に構え刃は下に、左手は添えるだけ。もし相手が猪のような大型で対処は異なっただろう。
千鶴の持つのはレンタル武器の槍、それは片刃の剣の柄を長くしただけのもの、形で見ればグレイブになる。
扱い方は薙刀と同じとみて良い柄の中心から刃が生えていないため重心に不満はあるが無いものねだりをしてもしょうがない。
冷静に相手との距離を測る、レベルは千鶴の方が1低い、しかし突撃ウサギの攻撃は頭突きだ。
一番重要な部分を相手に晒している、そのうえリーチもない。千鶴は槍の間合いに入る直前に体を起こす、すると手にもった槍もそれにつられて浮き上がる。
息を吐くと同時に槍を振り下ろす、今度は右手の力をぬいて制御のみにまかせ、添えた左手を拳3つ半分前に置き左手に体重を乗せる。
たったこれだけで槍は、ウサギの頭を割るギロチンとなった。哀れ犠牲となったウサギは飛び上がる間もなく灰と化し消えて行った。
残心忘れるべからず、急いではいるが、不意打ちされてしまってはさらに時間が掛かってしまう、追加のモンスターがいないことを確認する……。
「「「おおー」」」
加藤達から拍手が巻き起こった。
照れたように顔に手をやって気が付く。
(そうでした。ガスマスクをしていたのでした……)
さすがにこのまま換金所に行くのは恥ずかしい、ガスマスクを外すと思い出したかのように加藤達もガスマスクを外すのだった。
「ところで先ほどの彼とは知り合いか?」(宮古)
「そ、そんなことないですよー!あんな失礼な人!」(清美)
「そうか?その割にはいつもと違ったように見えたが……」(宮古)
「あぁ、こいつは筋肉愛好家なんですよ。しかもゴリの方の」(葵)
「ちょっ、な、なんであんたがそんなこと知ってるんですかー」(清美)
「ふん、視線見てればわかる」(葵)
「のーーーー!!」(清美)
(ゴリとはなんだろう…?)(宮古)
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■ゴリマッチョ:
筋肉の質と量に重点を置いたマッチョ、逆にラインに重点を置いた方は細マッチョという。初出は2009年発売のサントリー・プロテインウォーターのTVCMから。




