第024話:村田空馬
■石喰いネズミ: 推定レベル:8 危険度:C
4層に広く分布するモンスター、文字通り石や岩を食べている。そのためかアルマジロのように背中が硬質化しており、岩を背負っているように見える。
逆に腹側は柔らかい、仲間が襲われると近くにいる他の仲間も加勢に加わる性質を持つが、食事中は発動しないらしい、食事 >>> 友情。
手足が短く、背中側に重心が偏っているため一度ひっくり返ると単体で起き上がることが困難。
低い体形を利用して足元に噛み付いてくるが、直線的に走ってくるため進行方向に武器などで坂道を作り乗り上げさせてやると割と簡単に転ばすことが出来る。
背中が非常に硬いので生半可な剣では逆に刃こぼれするので注意。鈍器で叩けば背中が割れる事もあるようだ。
4層に4~10匹のグループを作って広く分布し、他のモンスターに比べれば倒しやすいため多くの探索者から狙われる。
土の魔石と、稀に鉄鉱石をドロップする。硬質化した背中の皮がドロップしたという報告はない。
ダンジョンでは石だけ食べているが、本来雑食性でミミズ等の土の中にいる生物も食べる。繁殖期になると木の皮や木の実、他のモンスターの死骸も対象となる。
「畜生……」(村田)
学校を飛び出した村田は昼を食べたばかりだというのに近くのファーストフード店でやけ食いしていた。
叫び声を上げ机を叩きたい所だが、そんなことをしようものなら警備員につまみ出される。いやつまみ出されるだけならまだましだ、酷い時は殺される。
探索者はロスト状態があるため殺すことへのハードルが低くなった、というより加減のブレーキが壊れた連中がいるのだ。
村田空馬の家庭環境は少しややこしい、元々村田は母子家庭で育つ、母親は貴族の中でも最上位である公爵家の3女だったが村田が生まれたときには既に家を勘当された後だった。
母親は家を追い出されたのは村田のせいだと思い込んでおり、探索者ルールのせいで暴力こそなかったものの、手を出せない分余計に暴言が酷かった。
転機が訪れたのは村田が小学生に上がる時だった、母親が再婚することになったからと、邪魔になった村田をあっさりと捨てたのだ。
村田は孤児院に預けられることとなる、似たような境遇の上沢、下田、中岡ともこの孤児院で出会った。
村田の母親に対する憎しみは深い。
あっさりと捨てるなら何故俺を産んだ?
何故中途半端に育てた?
何新しい人生を歩んでるんだ?
しかし、孤児院は日本にあり、日華にいる母親に対して何の手出しも出来ない。
日華に戻るために探索者になるしかないが、一度貴族から落とされた人間は探索者になることはありえない、問題があるから日本に落とされたのだから当然だ。
捨てるしかない恨みはヘドロのように粘り付く怒りとなり村田の中に残る事となった。
『木っ端が騒いでんじゃねーよ』
『てめぇとは格が違んだよ』
『この野良犬がよ』
『陰キャ風情がイキってんじゃねーよ』
テレビでは煌びやかなパーティが表舞台で活躍する一方、いわば裏サイトではヒールパーティの活躍があった。
ネットが発達しなければ決して日の目を浴びない(日を浴びないから裏サイトなのだが……)パーティ、そんなパーティは鬱屈とした不満を抱える村田にはぴったりだった。
そんなヒールパーティの動画を読み漁る内に村田も影響を受け始める、素行が悪くなり、行動も暴力的になっていく。
特に上沢達と組んだことでエスカレートするのも早かった。院長さんは歳で頼りがたく、孤児達は村田達の暴挙に耐えることしか出来なかった。
しかし、そんな孤児達に救世主が現れる、新庄という子供だった。村田達の1歳下で、村田達の2年後に孤児院に入ってきた。
年下なのに、村田達と同じく親から捨てられた身なのに、それでも村田達の様にはならず村田達に間違っている! と堂々とやめるように言い放ち、寮の皆を「仲間」と言って庇い建てした。
どんなに村田達に殴られても歯向かうことをやめず、それでいて新庄は暴力で返してこない。挙句の果てに村田達も同じ「仲間」だと言い放つ。
その時から村田は「仲間」という言葉が大嫌いになった。そこまで新庄を嫌うのは自分と同じ境遇にありながら、自分のように堕ちない一種の羨望があったのかもしれない。
中学に上がる頃にはすっかり孤児院で孤立した村田達はその矛先を同じ学校の生徒に向けるようになった。しかし2年に上がる前に2度目の転機がおとずれる。
特別探索者進学制度、通称「特待生」制度。中学2年進学前に行われる他薦制度で、立派な探索者になれると素質ある生徒を特待生として日華共和国に推薦する制度だ。
1クラス分以上の他薦があった生徒が該当する。村田とその友人3人は見事に学年5クラス中、2クラス分の他薦を得ることができた。
期せずして村田達は自分を捨てた親のいる日華へと帰ることになった。しかし7年も会っていない。
肉体的になにかしら暴行の跡があれば思い出すきっかけになるだろうが、そんなものも無い。しかも孤児院の費用まで母親からもらっている。
なにより一度捨てたものだ、村田の中の恨みは大分薄れていた。復讐心が無いといえば嘘になるが、いの一番に殺しに行きたいほど憎いわけでもない。
そんな感情が折り重なり最終的に村田の目標は成り上がり、母親を見返すことだけだった。
村田にとって複雑だったことは腐っても公爵家の血が入っているせいか成長値は90ある上にレアスキルまで持っていた。
上沢達もレアスキルこそ無いものの成長値は80以上と高かった。
しかし、特待生になったからといってもすんなり成り上がることは出来ない、必須となるのはダンジョン学園を卒業することだ。
ダンジョン学園を卒業すると、それだけで税金の軽減、評価の上昇がある。成人してからでも探索者になれるが貴族に成り上がるためには金も評価も両方必要になる。
卒業するためには入学しなければ話にならない、特待生がダンジョン学園に入学するために必要な条件は小ダンジョンを50回走破すること。
そしてそれを2年間の間に達成する必要がある。ダンジョン学園の入学に浪人は許されないからだ。
小ダンジョンは日本各地に発生する規模の小さいダンジョンだ。
だが規模が小さいと言っても大きければ20層もある場合があるし、どんな構造でどんなモンスターがいるかも入ってみないとわからない。
しかも小ダンジョンに入るためにもお金が掛るのだ。例えボスの討伐に失敗してもポーション等の金になるものを回収できなければ詰みだ。
(アルバイトなどで稼ぐなりはできるが、村田達はやりたがらないだろう)
小ダンジョンはモンスターを倒す倒さないに関わらず一定の時間で瘴気を出す、そのため迅速な対応が求められる。
しかし、日華と日本で探索者と非探索者を分ける日本にとっては、日華から探索者を派遣せざるを得なくなる。頻繁に自衛隊の部隊を出動させるわけにもいかないからだ。
そうなると問題は移送費だ、輸送車や電車、ヘリなどを使うため燃料費を捻出しなければならない。
そこで小ダンジョンを発見すると民間学校、貴族幼年校へと入札させるのだ。民間学校はそれを生徒に販売する。
生徒はダンジョンに入り魔石やドロップアイテムを取得しそれを売却して元を取る形になる。
だが、1パーティに全てを任せるわけにはいかない。瘴気発生までの期限が決まっている以上ぐずぐずされては困る。
本当にどうしようもなくなれば自衛隊が出動するが彼等の本来役割は日本を護ることにあるからだ。
建前である。ダンジョンは瘴気を出す以上それを消滅させるのは国を護るのと同義なのだが、毎回自衛隊が出張れば経費が嵩むからだ。
小ダンジョンのモンスターはボス以外銃火器が効くため予算度外視すればすぐに片はつく。民間学校も数多くのパーティに突入権を売ればお金になる。
つまり小ダンジョンは、数パーティとの競争を勝ち抜き最下層のボスを倒さなければならない。ボスを倒し、宝箱からアイテムを取得すると自動で入口にワープさせられる。
入口には必ず一般人が入らないように見張りをする自衛隊員がいるため彼等に話して討伐証明を登録してもらえばいい。
ボスが倒されたダンジョンは地鳴りがするために他のパーティもボスが倒されたことをすぐに知ることが出来る。
あとは10分程でダンジョンの消滅と共に彼等も自動的に排出されることになる。
「……おらぁ!」(村田)
荒い息を吐きながらも剣を叩きつけると突撃ウサギは魔石を残して消えていった。
大ダンジョンでは初心者キラーと恐れられる突撃ウサギも小ダンジョンではそれ程怖い存在ではない。しかし、6匹一緒となると話は別だ。
「なに座ってんだ! 行くぞ!」(村田)
「馬鹿言うなよ。行けるわけねーだろうが」(上沢)
「この間もそう言って休んでたら、他の奴らに先越されたじゃねーか!」(村田)
「その次は急ぎ過ぎてボスに殺されそうになったじゃん」(下田)
「そーそー、どうせ他の奴らだってボスにやられてるって」(中岡)
「くそっ!」(村田)
民間学校に入ってから既に3か月が経過している。最近村田と他3人で温度差が生まれて来ている、村田は何としてでも成り上がりたいが、他3人は探索者になって親の苦労を知ったためか積極性が薄く、村田一人空回りしている形だ。
ダンジョンとは本来過酷な環境だ、サバイバルを強いられるうえ、水も食料もない(場所によっては水はあるが)。おまけに好戦的なモンスターがいる。
そのうえ、小ダンジョンは入らないと詳細はわからない。クロスカントリーラリーのようなものだ、焦らずに時には諦めることも必要になる。
村田達も始めの頃は良かったが、20回挑戦して未だボスを倒せた回数は1回だけだった。むしろモンスターが弱くとも低レベルでボスまで倒せたのは幸運である。
今回もそろそろ行くか、というところでダンジョン消滅を予告する地鳴りが響いた。
村田は荒れているが、他の3人はそれ程気にしていない。レベルもまだ低いし、魔石の他に今回は宝箱が見つかって中にはポーションが3つも入っていたからだ。
ポーションは非探索者にも効果があるため非常用に病院が欲している。
そんなことを村田達は知る由もないが、民間学校に持っていけば1万円で売れるため、そこそこ儲けになる。
なお日本での販売額は100万円である。病院にでも関わらない限り知ることはないだろう。報道自体貴族によって検閲されているのだから。
運命の女神は村田のことが余程お気に入りなのか、さらなる転機を村田に与えた。
久しぶりにボスの部屋に一番乗りをしたときにその人物はいた、小ダンジョンは常に専用警備隊が見張りをしているため部外者が中に入ることは出来ない。
探索者が入るときも公平性を考えて皆で一度に入る。
その人物は漆黒の武者鎧を纏い兜には面具を装着していて表情は読めない、まるで影が実体を持った様な不気味な人物だ。
下手をすれば人型のモンスターにすら見えるそれは、ボス部屋の手前で壁に寄りかかって悠然と佇んでいた。
小ダンジョンに入るような人は車などで移動するため大抵軽装だ、それに重装備は競争も不利になる。そもそもそんな人物が居れば絶対に入る時に目にするはずだ。
彼は村田達を一瞥すると声を掛けてくる。声はくぐもり姿格好から男のように聞こえるが年齢はよくわからない。
「お前達か? 最近猛然とダンジョンに挑む特待生のパーティというのは」(黒武者)
村田達は即答出来なかった。質問の内容がわからなかったわけではない、その黒武者から発せられる気迫は常人のそれとはかけ離れており、どうしても気押されてしまったからだ。
「……だったらどうした!? てめぇには関係ねぇだろうが!」(村田)
「威勢だけはいいようだな。だが、結局の所上手くいってないだろう?」(黒武者)
「うるせぇ! これからだ!」
「まぁいい、我が主が言うにはお前たちに援助をしてやれとの話なんだがな、俺は反対だ。お前達にそれだけの価値があるようには見えない。そこでだ、お前達にチャンスをやろう」
「何勝手に話進めてやがる、お前なんかの世話に誰がなるか!」
黒武者が影に溶けるように一瞬で消える。
「調子に乗るな。お前達全員ここで殺してもいいんだぞ」
その声は村田達のすぐ後ろから聞こえた。
「なっ! どうやって!」
上沢達も「見えたか?」「いや」とささやき合ってる。
「まぁいい、貴様らルーキーに向ける程俺の刀は安くはない」
「ではこうしよう、援助ではなく取引をしよう」
「取引?」
「そうだ、我が主程になれば裏社会でも顔が利く、本来なら上位の華族しか手にできないような武器も手に入れることが出来る」
「なにルールは簡単だ、ここみたいな小ダンジョンで手に入れたものを俺達に売ってもらえればいい」
「どうせ所属の学校に売るんしかないんだ、そこよりもよっぽど高く買い取ってやる、その代わりにお前らが逆立ちしても買えないような武器を売ってやろう」
「その取引を通じておまえらの実力を測り認められれば我が主に紹介してやろう。どうするかはその時決めればいい」
黒騎士がカードのようなものを投げ渡す。
「話に乗る気があるならそこに来い。ああ、言っておくが他の奴には教えるなよ、他の3流とは違うと我が主が判断したからチャンスをくれてやってるんだ」
カードを受け取った村田達が顔を上げたときには、黒武者の姿は忽然と消えていた。
「また消えた!?」(上沢)
「こんなこともあるんだな……」(中岡)
「あぁ、ちょっとわくわくするな」(下田)
「で……どうする?」(上沢)
「見るだけならタダだ、気に食わなければひと暴れすればいい」(村田)
日華国内にある屋敷の部屋で一人の男はスキル【式神】を解く。男の名は仁堂勝正、日本最強のクラン扶桑のリーダーである。
(もう2,3パーティ収集係がほしいな)(仁堂)
………その場所は裏路地にあった、汚れた看板が辛うじて店であることを示していた。
中にいたのは中年の男だった、ヨレヨレの服を着て無精ひげをはやし、新聞を見ながら暇そうにパイプをふかしている寂れた男だ。
胸のプレートには犬山信介と書かれていた。
店の中はさびれた雑貨屋といった感じだ、壁際の棚はほとんど商品がなく、商品も古びた革鎧や、錆だらけのブレストプレート、穴だらけの中古盾。中央の台座なんて全て空っぽだ。
「いらっしゃい」(犬山)
男は新聞から目を離すことなく出迎える。
「えっと、予約した品は入ってるか?」(村田)
「名前は?」(犬山)
「牛沢」(村田)
場所と共にカードに書かれていた秘密の合言葉を言う。
その言葉を聞いて初めて男は村山達に目を向けた。よれよれの服装には似つかわしくない店員のするどい眼光が村田達に向けられる、まるで値踏みされるかのような、いや実際値踏みされているのだろう。
大分間をおいて、いい加減痺れを切らしそうになった頃、男が机の裏にあるボタンを押す。
わずかなモーター音と共に壁際の古びた棚すべてが後ろの壁ごと回転、その裏には最初に飾ってあった品と比べるのもおこがましい程の剣や槍が飾られている。
背面の壁からも武器が飾られた棚が上から降りてきた。
店の中央にあった何もない台座が開き新しい棚がせり出す。そこからは鎧掛けに掛けられた装甲が付けられたトレンチコートが飾られていた。
「「「おおおお」」」
まるで、漫画かゲームのような展開に村田達は驚いていた。そしてその分感動していた。店長はパイプをふかしながらにやりと笑った。
「ようこそ天昇堂へ。で、売りかい買いかい?」(犬山)
「あ、は、はい、売ります」(上沢)
上沢がそういって黒武者と会ったダンジョン攻略で得たアイテムを並べていく。ポーションは民間学校では1万にしかならないが、なんとこちらはその10倍で売れる。
他の品もポーション程ではないが民間学校よりはいい値段で売れるため表情は明るい。
この後、強力な武器防具を購入したおかげで村田達は破竹の勢いで小ダンジョン攻略を続け、ついにダンジョン学園に入学するに至った。
しかし、結果は今日の通りだった、新庄に似た五十嵐に負け無様をさらしている。
「畜生……」(村田)
再び声が漏れる、しかしそれに答える人は居ない……はずだった。
「こんにちは、となりいいかしら?」
「え?」
村田の両脇に女性が2人座る。
「ずいぶん荒れてるわね」
「お姉さん達が聴いてあげましょうか? ゆっくりと」
彼女達は豊満な胸の谷間をこれでも見せつけて、村田に寄りかかっててくる。女性特有の良い匂いがした。
「な、え?……」
村田はいきなりのことに答えられずにいるが目はしっかりと谷間に吸い寄せられていた。
「どうしたの? 緊張してるのかしら」
「本当だ、ここはすっかり緊張しちゃってるわね」
そう言って村田の内股に手を這わせてくる。
「良いでしょ? 嫌なこと全部忘れさせてあげる……」
「それとも年上はいやかしら?」
その夜ホテルから出てきた村田は、五十嵐のことなどすっかり忘れていた。
五十嵐も特待生制度に期待していたが、残念ながら票を確保できなかった。
本人は乗り気でさりげなく票を入れてくれるよう頼んだりもしていたが、皆の一緒に卒業したいという思いと、五十嵐の後ろから『票いれないで票いれないで票いれないで票いれないで票いれないで…………』という織姫の念から票は思ったほど入らなかった。
尤も特に問題を起こしていない人はそうそう1クラス分の票が集まることはない。
お読みいただきありがとうございます。拙い文章ですが次話も楽しみにして頂ければ幸いです。よろしければ、ブックマーク、評価もお願いします。




