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#7

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 アルバスとエル、あの猿人型魔獣を倒した後、二人は正式にパーティを組み、旅に出た。

 そして、旅に出てから少し経った頃。

 

 多少道に迷った所為か、次の村や国に辿り着く前に日は落ちてしまい、夜闇の中進むのは危険と判断。

 今二人は絶賛野宿の真っ最中だ。


「ほらよ、エルの分だ」


「ん、ありがと」


 手持ちの食料を適当に組み合わせて鍋にぶち込み、煮ただけのスープの様な何か。

 アルバスお手製の男飯だ。

 それを椀によそい、エルに手渡す。


「――はぁ、美味しいわ。アルって剣だけじゃなくて、料理も出来るのね。わたしはこういうのはさっぱりよ」


 エルは一口啜り、味わった後にこりと微笑む。

 有り合わせだったが、エルの口には合ったらしい。

 熱々のスープと冷たい外気によって、口からは白い息が吐き出される。


「まあな。故郷の村じゃ育ての親のじいさんと二人暮らしだったからな、料理は当番制で、それである程度は出来るって訳だ――って熱っ」


 アルバスに両親は居らず、故郷の村ではアルバスを拾い育ててくれたじいさんとの二人暮らしだった。故に料理などの家事の類は自然と身に着いた物だった。


 そう話しながら、アルバスは自分の分のスープを椀によそい、一口啜る。

 しかし、熱々のスープはアルバスの猫舌を焼き、身体を跳ねさせた。

 そのまま椀にふうふうと息を吹きかけて椀と格闘しているアルバスを見て、エルはくすくすと笑っている。


「そうなのね。アルの故郷――その村って、どんな所なの?」


「特段何も無い小さな村だよ。近くに水の綺麗な峡谷が有るから、昔の人はそこの平野に村を築いたって話だ」


 もっと思い出を語っても良かったかもしれない。

 しかし、無意識的に自分の故郷の話題から逸らす様に、アルバスは言葉を続けた。


「そう言うエルの方はどうなんだ?どこから来たんだよ」


「さあ、どうかしら。わたしにも分からないのよ」


 エルは至って平然と、さもそれが当たり前の事の様に、そう答える。


「んん?……分からないってのはつまり、どういう事だ?」


「わたしはね、記憶が無いのよ。気づいたらこの世界に放り出されていたわ」


「そりゃまた災難だな。何か心当たりとか無いのかよ」


「……魔法の中にはね、魔力の他にも名前や、記憶、そういった触媒が必要な物強力な物があるの。それを大魔法と言うのだけれど、きっとわたしの記憶はその触媒になって、消えてしまったのよ。だから故郷も今となってはどこなのか分からないわ」


「きっとって、やけに曖昧だな」


「だって記憶がないもの。曖昧よ。わたしの持ち得る知識と、わたしのやりそうな事から導き出せる推測として、一番適切だわ」


「じゃあ覚えてることと言えば自分の名前と魔法の事くらいか」


 アルバスは最初に彼女がエルと名乗った時に、少し迷いの感情が見え、そして名乗り慣れていなさそうに見えた事を覚えていた。

 おそらく、あれは記憶喪失故の、自身の曖昧さから来る迷いだったのだろう。

 本当に自分が『結晶』の魔女エルで有るのか、自信が無かったのだ。


「そうなるわね。後は使命、かしら。魔王を倒す事、それだけはわたしの胸に残っているわ」


 そう言って、エルは胸元で拳を握る。


「なるほど、それでその使命に則って勇者を探してたって訳か。――ん、待てよ。エルって『結晶』の魔女だよな?二つ名持ちの魔女なんて、普通は誰か知ってそうなもんだ。その実力ならどこかの国の宮廷魔導士をやっててもおかしくない。案外旅をしてる間に知ってるやつに会えるんじゃないか?」


 あの『結晶』の矢を降らし兵隊猿共を蹴散らした、あの魔法は本当に見事な物だった。

 あれほどの腕を持つ魔女を、誰も知らないなんて事有る訳がないだろう。


「どうかしらね。『結晶』の二つ名もわたしの使える魔法のうちから勝手に名乗っているだけだもの」


「マジかよ、適当だな……」


 ここに来て衝撃の事実が発覚。

 自称『結晶』の魔女だった。

 つまり彼女の記憶の中に残っていた名前は“エル”だけであり、二つ名の方は後付けなのだ。


「あら。魔女や魔法使いの名乗る二つ名なんて皆そんなものよ。でも、実力の無い者はどれだけ自称しようと周囲からそう呼ばれる事は無いし、逆に実力の有る者は自然と認められて名が浸透していくわ。残酷な様だけど、それが二つ名持ちが優秀だと言われる所以ね」


「なるほど。じゃあエルはその自称してるだけの方って訳だ」


「現状は、そうね。でも、わたしの実力は見たでしょう?その辺りの魔女よりよっぽど優秀だわ。それに、アルと一緒に魔王を討つのだもの、すぐにわたしの名は知れ渡るわ」


 アルバスがいつもの調子で挑発するが、エルも負けじと大言壮語の様想呈する。

 そのエルの頼りがいの有る強気な姿勢を見て、アルバスはご機嫌に喉を鳴らして笑う。


「くくく、そりゃそうだな。魔王を討った勇者ご一行の唯一のパーティメンバーとして、歴史に名を残すだろうよ」


 そう言ってスプーンでエルを指すアルバス。


「え、ちょっと待って。アル、あなたわたし以外に誰も仲間にしないつもり?」


 驚いてスプーンで指し返すエル。


「言っただろ、もう仲間を失いたく無いって。中途半端な奴を加えても、また背負う十字架が増えるだけだろ」


「でも、たった二人でなんて……」


「俺はエルの実力を買った上で、勝算があると見てのつもりだが……やめるか?」


「はぁ……そんなふうに言われて、やめるわけないでしょう。いいわ、わたしがアルを導いてあげる」


 また先程の様に挑発するアルバスに、やはり強気な言葉を返すエル。

 そして求めていた反応を貰えたアルバスは、これまた上機嫌だ。


「頼もしいね。いやなに、冗談や世辞じゃなく、本当に頼りにしてるんだ。エルは汚れの魔獣を相手しても、俺と一緒に生きて帰って来た。お前は特別だよ」


「なにそれ、愛の告白?」


「まさか。でもエルがその気なら、俺は歓迎だぜ?こんないい女はなかなか居ないからな」


「ふん、それは今後のアルの活躍次第ね」


「おっ、それは気合が入るね。俄然やる気が出て来た」


「はいはい」


 そうして軽口を叩き合いながら、二人は鍋のスープを平らげた。





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