格下オーラに中てられて【Bパート】
「ちょーっと待て! お前、今の状況、わかってるよな?」
慌てて問いただしたのは隼一だった。
とにかく今は土曜日のグラウンドに突っ立っているだけの奴でも欲しい。
「状況? 今、野球やる人数が足りてないって事?」
きょとんとした表情で小首を傾げる利治。一応、理解は出来ているようだ。
「――ああ、そうだよ。だったら――」
言動を理解出来ない隼一に向かって牡羊座は自らの眉間に人差し指を当て、
「う~ん、なんていうかさぁ、嫌いなんだよね、こいつら」
単純明快、且つ、状況判断の欠片もない答えを弾き出した。
「いやいやいや、この期に及んで言う台詞じゃねぇだろ!」
隼一が真っ先にツッコんでいるせいで、本来ぶちキレるべきはずの権田一派は完全に乗り遅れ、怒声を発するタイミングを逸していた。
「水城くん。僕は大切な友だちを傷つけた相手なんかと、一緒にやる気にはなれないんだよね、どうしても」
温和なトーンで語ってはいるが、その言葉は剥き身の日本刀のようにギラついていた。
「――え、あ、まあ、そりゃ‥‥」
たしかに一理ある。あるにはあるが、さて、どうしたものか。
隼一が思考モードに入ったのを待ってましたとばかりに、
「ふざけんなよっ! 黙ってりゃいい気になりやがって! 帰ろうぜっ!」
権田の怒声。その一声で踵を返す一派。だが、その行く手を鉄弥が立ち塞いだ。
「‥‥ま、待って! い、今、ニッキー、説得、するから!」
「あ? ケッ、あんなヤローとやるなんて、まっぴらだぜ!」
「ど、土曜日の、試合まで、だから」
そこまで言うと、鉄弥は利治の前に歩み寄る。
「こ、このままじゃ、試合放棄、だよ? そ、それじゃ、今までの努力、水の泡、だよ?」
「地波くん、彼らにされた事、忘れたわけじゃないよね?」
牡羊座はしれっと質問を質問で切り返した。
「だ、だから‥‥僕は、実力がないから‥‥」
「それは違うよ! 君の力、認めてるから誘ったんだ。憶えているよね、パーフェクト破りのあのヒット」
利治の言葉は、隼一を除くメンツの海馬から一年半前の記録映像を再生させた。
● ● ●
斜陽に照らされた荒川河川敷のグラウンド。
七イニング、コールドゲームなしのルールで行われていた手書きのスコアボードには、108対0という目を疑いたくなるような数字が入っていた。
七回の裏、あと一人コールに沸き立つ守備側応援団とは反対に、打線同様、沈黙しきった攻撃側応援団。
「――これが才能の差ってヤツか‥‥」
敗北ほぼ確定の軍将を務める権田の父の口から、思わず小声が漏れた。
曲川市の市長が小学校生活最後の想い出作りにと、リーグ優勝したチームに用意したサプライズ、それがこの皇大附属東日本校初等部との特別試合だった。
だが、いざ蓋を開けてみると、これは野球と決別する為のみんなのトラウマイベントと化してしまっていた。
しかも彩大附属側が出してきたチーム中で野球部クラスの高学年選手はバッテリーの二人だけで、それ以外は低学年の選手や女子ソフトボール部クラスの選手、陸上部クラスの選手、中にはスポーツとは縁もゆかりもない絵画クラスの生徒すらもが入っているという混成部隊。その屈辱感と絶望感は半端なく、次の打者である黒田はネクストバッターズサークルでベソをかき出す始末。
(あいつはもう使い物にならないな‥‥)
権田の父は冷徹に判断する。
「このままじゃ完全試合だぞ! 阻止してやろうってヤツはいないのか!?」
飛ばされた檄が静まり返ったベンチに響き渡る。
その時だった。
「あっははは! ねえ、おじさんの目は節穴? いるじゃん、一人」
応援席の中から届く利治の声。
その指差す方向に、ひとり素振りを黙々とこなしている小柄なシルエット。
集まる視線に気付いたのか、小柄な少年は素振りをやめると、戸惑いの表情を浮かべ、ユニフォームのボタンをいじり始める。
どう見ても頼りない。
それに、記憶の限り起用した事もない。正直、名前が出てこない。
権田の父は困惑しつつ息子に耳打ちをする。
「おい、あの子は?」
「ん? ああ、地波だよ。ヘッタクソなクセに練習だけは休まねぇ変なヤローだ。
アイツに打てるたぁ思えねぇが‥‥ラストを押し付けるには適任かもな」
「‥‥そうか」
負け試合確実のラストバッターを鉄弥の想い出作りという名目に結び付けた権田の父は、ちょいちょいと小柄なシルエットを手招きで呼び寄せた。
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