天然の人たらし【Cパート】
「‥‥へっ、今なんて?」
零美は引きつった顔で訊き返した。
「これからはファーストの守備だけの練習にしよう」
平然と答える利治。
「それってアタシに才能がねえって事かよ!?」
「ううん、ハズレ」
「じゃあ!?」
「逆だよ、縁生さん。キミにはファーストの才能がある。
その高い身長と長いリーチは錫木さんがどんなに努力をしたって得られない才能なんだよ」
「それは‥‥確かに得られませんね‥‥」
桜花も利治の言う事に納得せざるを得ない。
「キミ専用の練習メニューは僕が考えてあげるから」
屈託のない笑みの利治に、零美の怒りは自然消滅した。
「お、おう。頼むわ」
バツが悪そうに頬を人差し指でポリポリと掻きながら着席する零美。
「錫木さんは勘を取り戻しながら体力をつけていくトレーニングかな。
体力強化のメニューは‥‥厄斗くんにお願いしてもいいかな?」
「ん? 何故だ、リチ?」
「なぜって、僕が見た感じ、キミが一番体力があるからだよ。
この中に限った事じゃなくて、僕が知っている限りの人の中でね。
――ダメかな?」
満更でもなさげな厄斗は沈黙のまま隼一に視線を向ける。
「まっ、いいんじゃないか。出来るか、厄斗?」
隼一もにこやかに返した。
「無論だ、隼一」
「じゃあ決まりだね!」
利治の笑顔を見て隼一はハッと我に返った。
(こいつ、今まで傍若無人なワガママ野郎だと思っていたけど、それだけじゃない。
天然の人たらしだ!)
● ● ●
「うう‥‥眠い‥‥」
午前二時を回ったところ、一番最初にグロッキーになったのは利治だった。
無理もない。いつも早寝早起きの生活習慣の彼にとって午前二時など未知の領域なのだ。
「おい、しっかりしろ、仁敷。
まだ半分残ってるんだぞ」
隼一が利治の肩を揺する。
「‥‥水城くん、無念、後をよろしく‥‥むにゃむにゃ‥‥」
「おいおい、出されている宿題が違うんだから写せないんだぞ」
「私がコーヒーを淹れてきますよ」
桜花が立ち上がった。
「飲まれる方、他にいらっしゃいます?」
「俺にも頼むよ、桜花」
「ああ、俺にもよろしく」
「‥‥アタシにも」
「厄斗さんはどうします?」
「拙者は睡魔に屈しない訓練を受けている。平気だ」
「わかりましたわ」
● ● ●
十分後。
「‥‥‥‥‥‥」
桜花の淹れたコーヒーを前に絶句する面々。
「おいおいおいおい、何なんだこりゃ?」
ここぞとばかりに零美が噛みついた。
「インスタントコーヒーは無かったのか?」
玄夢が苦笑いを浮かべながら粉が浮いているカップを見つめる。
「うちにインスタントなんて物はありませんわ。
ちゃんとしたコーヒー豆をゴリゴリと挽いたのですけれど‥‥」
「で、ドリップしないでそのままお湯を注いだ、と」
さすがの隼一もため息を吐いた。
「も、もういいです! 淹れ直して来ますから!」
と、その時。
「うう~ん‥‥うるさくって寝てられないじゃん」
利治が目を覚ました。
(起きたよ、こいつ!)
コーヒー事件の発端とも言える利治に視線が集中する。
「あれ、みんなどうしたの?
‥‥ん? あれ、それコーヒーだよね。飲んでいいの?」
「ああ、飲めるもんならな」
零美が笑いを堪えつつ返した。
「じゃあ、いただきまーす」
寝ぼけ眼の利治はおもむろにお洒落なカップを取る。
「えっ? あ、あのっ、それは!」
「おい、やめろ、仁敷!」
利治は桜花と隼一の制止が耳に入らなかったのか、沈み切っていないコーヒー豆が広がる暗黒世界を物ともせず飲み始めた。
「マジかよ‥‥」
零美は引いた。
「ふう~、ごちそうさま」
「‥‥大丈夫、なのか?」
玄夢が心配そうに尋ねた。
「うん! おかげで目が覚めた」
コーヒー豆の粉で口ひげを作った利治がニッカと微笑むと、次の瞬間、応接室は爆笑に包まれた。
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