天然の人たらし【Bパート】
コンコンコン。
宿題を開始してから小一時間経った頃、部屋のドアが叩かれた。
「あ、はい」
桜花が美しく立ち上がるとドアを開けに向かう。
ガチャ。
ドアの向こう側には数人のメイドが立っていた。
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
● ● ●
「ごちそうさま~。ふぅ、食べた食べた」
腹をさすりながら満足気な表情の利治。
「良く他人んちで六杯メシ食えるよな、お前」
お代わりが一回も出来なかった良識人の玄夢が呆れたような物言いで利治をジト目で見た。
「だって錫木さん、遠慮しなくていいって言ったじゃん」
「そりゃそうだけどよ。
でも、言葉通りに受け取っていると今に痛い目に遭うぞ?」
「その時はその時だよ。ねっ?」
「なんでアタシに合意を求めンだよ?」
零美がぶっきらぼうに問う。
「だって、四杯食べてたし」
「う、うっせえ! なに他人の行動、観察してんだよ!?」
頬を紅潮させる零美。
「いや、良く食べる子だなぁって。ちょっと驚いた」
笑顔で答えた利治に零美は返す言葉を見失った。
「リチ、満腹は思考を愚鈍化させ睡魔を招く。
腹八分‥‥いや、お前の場合は腹四分でちょうどいい」
「そうだぞ仁敷、今日はこれからが俺たちの戦いなんだからな」
厄斗の窘めの言葉に隼一が呼応した。
「ああ、そうだったね。
ごはんが美味しすぎてすっかり忘れてたよ」
「忘れてたって、お前‥‥そりゃ、桜花んちの料理は最高に美味いけどよ」
「隼一くん、お代わりはいかが?」
桜花が最高の笑顔で問い掛けた。
「ああ、俺はもう。この後の勉強に差し支えるからな、あはは」
隼一の笑い声は場の雰囲気を和ませた。
約一名を除いて。
「あんだよ、別にテメェが作った料理じゃねぇだろ。なに得意になってんだよ?」
零美が突然、桜花に噛みついた。
「あらあら貴方、もしかして嫉妬しているのですか?
んふっ、みっともなぁい」
桜花の笑みは黒い笑みに変わった。
「嫉妬だぁ?
ハン、言っとくけどなぁ、アタシは料理にゃちょっと自信があんだよ。
包丁も握った事もないようなどっかのお嬢様と違ってな!」
「なっ‥‥!?」
わなわなと震え出す桜花を見て零美は口端を上げた。
「おいおい、ケンカはやめろって」
玄夢が慌てて止めに入る。
「競うんだったら野球でやってくれ」
隼一も折衷案を投げ掛けた。
「勉強も野球も縁生さんに勝ち目ないじゃん。
料理対決で花を持たせてあげたら?」
利治の言葉にカチンとくる零美と桜花。
「勉強はともかく、アタシが野球で引き籠ってたコイツに勝てねぇってどういうこったい?」
勢いよく立ち上がる零美。
「わ、私だって料理のひとつやふたつ‥‥」
そして桜花もまたすっくと立ち上がる。
「経験値が全然足りないんだよねぇ」
(バッサリいった!)
隼一と玄夢が心の中でユニゾンした。
「それは! ‥‥まあ、そうなんだけんどよぉ」
途端にしどろもどろになる零美だったが、
「んじゃあさあ、どうやったら勝てる!?」
すぐさま思考を切り替えて問い返す。
「うん、バッティングと走塁は捨てよう」
利治の提案は辺りの空気を凍らせた。
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