取り引き【Aパート】
この作品は自分に与えられた遺伝子に不満を持たれている全ての方へ捧げます。
「やあ」
五月五日、午前六時、鷹城神社の境内でいつもの練習をしていた利治に、明るめのスーツ姿の鍾馗がにこやかな顔で声を掛けた。
「あれ、博士! と――先生?
何だか盆と正月がいっぺんに来たみたいな組み合わせですね」
声に気付いた利治はそう言いながらノッカーくんから打ち放たれた高難度の球を簡単そうに捌くと、
「ノッカーくん、ストップ! ‥‥ストップ、ストップ!」
停止音声を発し、二人の元へと走り出す。
「おはようございます!」
ペコリと頭を下げる利治。
「ああ、おはよう」
「鍾馗博士、仁敷とは知り合いだったのか?」
ジャージ姿の六號が視線を鍾馗に向けて問う。
「あり? 言ってなかったっけ?
彼はボクの発明品を買い上げたオーナーさ」
「発明品とはあのオート・ノックマシンの事か?」
「ご明察。
あれは小六の夏休みの工作で作った物だけど‥‥物置が一杯になったもんだからね、八年前にネットのオークションに出したんだよ。
始まり価格は一億で」
「一億? 一億ジンバブエドルか?」
「冗談を言えるようになったんだねぇ、トムさんも。
もちろん円だよ、円。一億円」
人差指の1で眼鏡のブリッジをくいっと押し上げながら鍾馗は答えた。
「そんな大金、六歳の子どもに払える訳がないだろう」
「まあ、その辺は出世払いって事にしてもらったんだよ、先生」
利治がニマッと笑って六號に告げた。
「宛てはあるのか?」
「ドラフトで一位指名されれば楽勝でしょ」
いとも容易そうに語る利治に、六號の思考回路は一瞬停止した。
「まったく、買う奴も買う奴だが売る奴も売る奴だ」
「いやさ、ここだけの話、こっちはシャレで出品したんだよ?
まっさかホントに買い手が現れるなんて思いもしなかったし」
「それ、買い手の前で言うかなぁ」
さすがの利治も苦笑いを浮かべる。
「ヌフフフ、そうだねぇ。
まあ、それはそれとして、メールにあったノッカーくんの具合について聞かせてくれないかな?」
「それがさぁ、ここんとこ一番早い打球が打てなくなっちゃったみたいなんだよねぇ。
それに音声認識も反応が悪い気ねするし」
腕組みをした利治が渋い表情を浮かべる。
「どれどれ?」
鍾馗は手慣れた手つきでノッカーくんの背中のパネルを開ける。
「壊れてる?」
心配そうに問い掛ける利治。
「ンなワケないだろう? ボクの発明品は壊れないんだよ。
定期メンテさえしっかりしてれば、ね。
んー、まあ‥‥二、三日かな。メンテで預からせてもらうよ」
「また、タダでいいの?」
「当たり前だろ? 壊れてないんだから」
そう答えると今度は鍾馗がニマッと笑う。
● ● ●
「鍾馗博士、作業は終わったが?」
車にノッカーくんを積み終えた六號が報告した。
「んじゃ、部活まで時間が潰せる所に案内してよ。
朝食もまだだったからねぇ、ファミレスがいいかなぁ」
そう言うと鍾馗は運転席のドアを開ける。
「部活って‥‥見に来るの?」
目を丸くする利治。
「トム先生――もとい、渡六號先生の保護者として今日は参観日させてもらうよ。
ああ、もちろんキミの練習成果もたっぷり見せてもらうつもりだから、よろしく~」
「じゃあ、いつも以上に張り切らないと!」
利治はグローブの補球面に向かってパンチを打ち込んだ。
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