女同士の覚悟【Aパート】
この作品は自分に与えられた遺伝子に不満を持たれている全ての方へ捧げます。
「――どなた?」
桜花は天井からの侵入者に驚きつつも気丈に問い掛けた。
漆黒の長い黒髪とは対照的な肌の蒼白さは恐怖から来るものではなく、長い間陽に当たっていない事を意味していた。
「お前をさらいに来た」
厄斗は表情を変えずに淡々と答えた。栃木訛りのイントネーションで。
「あなた、もしかして隼一くんのお友だち‥‥なのですか?」
察しの良さ。
使用人の女性から一連の報告は受けていたのだろうが、冷静に情報を分析する聡明さは遺伝子によるものか。
「友? 違うな。同志であり主君だ」
「主君って‥‥あなた、まるで忍者みたいですね」
「そう思いたければそれで構わない。
拙者はただ任務を果たすまで」
そう告げると厄斗は人外の素早さで桜花の背後を取り、首筋に苦無を突き付けた。
「人を呼びますよ?」
「呼べば只では済まない」
「隼一くんなら私を傷つけないように命じたはずです。
違いますか?」
この切り返しに厄斗はどうしたものかと思考を巡らせる。
が、それも刹那。
厄斗は忍ばせていた怪しげな薬剤を手拭いに染み込ませると、手慣れた動きで桜花の鼻と口にあてがう。
瞬く間に意識を失った桜花の身体は、厄斗に体重を預けた。
● ● ●
「隼一、リチ、任務は遂行した」
肩に桜花を担いだまま門から飛び下りた厄斗が報告した。
「あ、ああ。
――無事‥‥なんだよな?」
「無論だ、隼一。一時的に眠らせているだけだ」
どんな手段で眠らせたのかは誰も問わないだろうと厄斗は踏んでいた。
言わずもがな、それが日本人の文化だからと教えられてきたからだ。
が――
「ねぇ、どうやって眠らせたんだい?」
利治だけは全てが例外処理だった。
「薬品を吸い込ませただけだ。
用途を間違えなければ人体に無害だ。問題ない」
「厄斗くんは大丈夫なのかい?
そんなの使ったらキミも吸い込んだんじゃない?」
「拙者には耐性がある。それで眠りに落ちる事はない」
「そうなんだ」
「八丈島では常識だ」
(そんな訳ないだろ)
そう心の中で突っ込む隼一だったが空気を読んで言葉を呑み込むと、矢継ぎ早に質問を切り出す。
「それはそうと、効き目はどれくらいなんだ?」
「このまま放っておいても明日の朝には目を覚ます。
その間は垂れ流しだがな」
「た、垂れ流しって‥‥!?」
鉄弥と零美がユニゾンで声を上げた。
「当然だ。
人間など血液と糞尿の詰まったソーセージみたいな物だからな」
「おいおい、今すぐ起こす方法はないのか!?」
慌てた隼一が厄斗に問い質す。
「ある」
厄斗は懐から小瓶を取り出した。
「それ、まさか危ねぇモンじゃねーだろな!?」
今度は零美が質問を浴びせた。
「安心しろ、ただの気付け薬だ。ただのな」
「なんで念を押すんだよ? 余計、不安になんだろが」
零美のツッコミをスルーするかのように厄斗は顔を隼一に向けた。
「――隼一、こいつを起こしても構わないか?」
「ああ、早く起こしてやってくれ」
その言葉を聞くと、厄斗は担いでいた桜花を地面に下ろした。
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