ブランク【Dパート】
(俺は夢でも見てるのか?)
玄夢のノックの第一ターンが終了した。
卓越したバットコントロールとスウィングスピードから放たれた打球であったが、その全てを利治に真正面で捕球されてしまった。
その現実に、呆然と立ち尽くす玄夢。
「交代だ、紫電」
隼一が玄夢の肩をポンと叩いて告げた。
「あ? ――ああ」
「グラブ、幾つか持って来ているから好きなのを選んでくれ」
決して潤沢とは言えないが、野球部には六號のポケットマネーから備品が与えられていた。
「わかった」
玄夢は全ての右利き用のグローブを確認し、今の自分に最もフィットする物を選んだ。
そして、自分の描いた丸へと向かう。
「行くぞ!」
守備位置に就いた玄夢に向けて木製バットを持った隼一が声を出す。
「いつでもいいぜ!」
グローブに右拳を一発打ち込んで玄夢が応える。
スカ――――――ン!
隼一もまた強烈な一打を、打者から見て丸の左端に打ち込んだ。
「あらよっと!」
逆シングルで華麗に捌く玄夢。
そのプレイはブランクというものを全く感じさせない無駄のない動きだった。
(さすがだな。
仁敷の『刹那の見切り』は人間離れをした業だが無駄も多い。
何も打球を常に真正面で捕る必要はどこにもないんだ。
それに対して紫電の動きは最低限の動きで、しかも堅実だ。
国立の中学で一年からナンバー2サードと呼ばれていただけはある)
隼一は見た目こそ変わったが、かつてと遜色の無い玄夢のプレイに白い歯を見せた。
スカ――――――ン!
「ほいっと!」
次々に打球を捕らえ、ターンを終える玄夢。
(やれやれ、これは長期戦になりそうだ)
隼一は鼻から大きく息を吐くと、心の中で呟いた。
● ● ●
が、現実にはそうはならなかった。
「はあっ、はあっ、はあっ‥‥。
くそーっ!」
勝負は一時間で着いた。
野球勘というものに関してはブランクは無かったものの、体力面、精神力面で玄夢は大きく退行していた。
当たり前だ。彼は約半年もの間、ハードな練習から遠ざかっていたのだから。
これは到底、遺伝子や過去の遺産などで補えるものではなかった。
「紫電くん、僕の勝ちだよ。異存はないよね?」
両手を腰に当て、にっこりと微笑む利治。
「‥‥ああ、俺の負けだ」
「それじゃ、僕たちの部に入ってよ。
まあ、多賀碕から毎日通いってのは大変だし、休日だけでいいからさ」
「そんなハンパな真似、出来っかよ!
やんならとことんだ。とことん、付き合ってやる。
――けど、すぐにって訳にゃあいかねぇ。
少し時間をくれ。一ヶ月‥‥いや、二週間だ。
それまでに親父たちを説得して転校手続きも済ませる」
「その言葉、信じていいんだな?」
隼一が尋ねた。
「ああ。
――なあ、水城。必要とされるって事は‥‥フッ、最高な気分だ」
「だな」
隼一と玄夢が見つめ合った次の瞬間、阿吽のタイミングで二人の掌がぶつかり合う。
青空にはただ白い雲が流れていた。
そんな中、
「ねえ、ところで紫電くん。
サード以外で守れるポジションはどこ?」
空気を読まない牡羊座の問い掛けが二人の鼓膜を直撃した。
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