ブランク【Bパート】
「仁敷。
――仁敷利治。
‥‥仁敷は休みか? 誰か何か聞いている奴はいるか?」
翌朝、出欠を取る三組担任の女性教師、村木がクラスの生徒たちに尋ねた。
しかし、危険人物として避けられている利治の欠席理由を知る者は誰一人いなかった。
その頃、利治はというと――
「野球部に、だと?」
白いスポーツバッグを持ち、黒いバットケースを肩に掛け、多賀碕駅前にいた。
利治と対峙している百七十二センチ、がっちりとした体格の玄夢が上からギロリと睨みつける。
やさぐれてから染めたと思われる茶髪のロン毛、顔はワイルド系で八重歯が特徴的だった。
「そっ。昨日電話で話した『大事な件』ってのはその事。
――で、どう? キミの力、貸してくれない?」
どう見ても不良にカツアゲされているようにしか見えない構図だが、利治が堂々としている事を理由に、誰一人として割って入ろうとする人物はいない。
「どうって、テメェな。ンな事、簡単に返事出来るかよ!
第一、俺の電話番号、どうやって調べたんだ、ああっ!?」
圧を掛ける玄夢。
しかし、牡羊座は全く動じない。
「チームメイトの水城隼一くんから聞いたんだよ」
「水城が‥‥チームメイト、だと?
なんでアイツが公立に?」
「あれ、知らなかったんだ?
水城くんは肩を壊して学校を辞めさせられたんだよ。
で、転校してきてさ。――まあ、そんな感じ」
「マジかよ‥‥。
怪我で退校ってのは良くある話だから、まぁわかる。
――でも、公立なんかで野球をやってるのがわからねぇ」
信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる玄夢。
その彼に利治は追い打ちを掛ける。
「水城くんはね、僕との野球対決で負けて部に入ったんだよ」
得意満面な顔の利治に、玄夢は驚愕の表情を一瞬浮かべる。
しかし、その後、闘志が一気に燃え上がり、怒りにも似た形相に変化した。
「野球でアイツに勝っただと!? 嘘をつくなっ!
アイツとは中一の時までずっとライバルだったんだ!
俺がそんな嘘を見抜けないと思ったか!?」
「信じられないって言うなら僕と勝負してみない?
多賀碕はわかんないから、キミが野球が出来る場所に案内してよ。
――まあ、曲川まで来るんなら僕がセッティングするけど」
利治の言葉で玄夢の心が揺れる。
(断って逃げたと思われるのはイヤだ。
だが、多賀碕で学校をサボって野球をしてるところを誰かに見られたら厄介な事になっちまう)
「ねえ、どうする、紫電くん?」
「‥‥仕方ねぇ、曲川で勝負してやろうじゃねぇか」
元とは言え、玄夢の国立皇大附属東日本校中等部の野球部クラスにいたというプライドは計り知れない程に高かった。
● ● ●
「水城‥‥!?」
荒川の河川敷のグラウンドに立っている隼一を見た玄夢は思わず声を上げた。
「呼び出しちゃってゴメンね、水城くん」
「LINEを見た時は驚いたぞ。
――ったく、俺を早退させやがって」
隼一の隣りには軟球の詰まった篭やらライン引きに使う道具、バットにグローブが置かれていた。
「まさか、本当にいたとはな‥‥」
実際に見るまでは半信半疑だった玄夢は左手で後頭部を掻いた。
「久し振りだな、紫電。‥‥つーか、ずいぶん変わったな」
「変わりもするさ、好きな野球を取り上げられて半年以上経つんだからな。
それより水城、お前、あのチビに野球対決で負けたってのは本当なのか?」
「え‥‥ん‥‥ああ、まあ、そうなる、かな‥‥」
顔を引きつらせながら隼一が答えた。
「納得がいかねぇ!」
「ンな事、言われてもなぁ‥‥」
食い入るように睨みつける玄夢から目を逸らす隼一。
と、そんな状況の中へ――
「僕のは出来たよ」
利治が自分の守備範囲をライン引きで描き終えていた。
「何だ、その丸は?」
「僕の守備範囲だよ」
その言葉を耳にした玄夢はギョッとした。
(バカな! あんなにでけぇ丸が守備範囲だと!?)
「今度はキミが自分の守備範囲を描いてよ。
そして水城くんのノックで先に三回捕れなかった方が負け。
これが今回の勝負方法だけど、いい?」
にこやかに伝える利治に、玄夢は言い知れぬ戦慄を覚えた。
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