その男、牡羊座につき【Cパート】
「でね、勝負方法なんだけどさ」
そんな中、利治の割り込み。この男、どこまでもマイペースだ。
「まさか、ジャンケンとかじゃないよな?」
「当然だろ? 勝負は野球でだよ」
大胆不敵にも程がある。遺伝子レベルで『野球の申し子』の称号を与えられた隼一に対して野球で挑もうというのだ。言わばこれは神に対して喧嘩を吹っ掛けるようなもの。
(俺に野球でだと? なめやがって!)
何か裏があるのかもしれないという疑念はある。
あるが逃げられない。自分の聖域に土足で踏み込まれたのだ、逃げる事は出来ない、絶対に!
「よしわかった、相手になってやる。――で、ルールは?」
「僕がサードに就くから、君はノックして」
不透明過ぎる提案が生み出す一瞬の間。隼一はその決着方法を模索する。
「それって、十球中、一球でもエラーしたら俺の勝ちとか、か?」
「残念、ハズレだよ。
僕に『水城君とは野球したくない』と言わせたら君の勝ち。
逆に君が『僕と野球をしたい』と思わせたら僕の勝ち。――どう?」
笑顔で提案する利治。
よほど守備に自信があるのか、それとも単に馬鹿なだけなのか、隼一は理解に苦しみながらも、
「要は、お前に国立のレベルには太刀打ち出来ないって思い知らせればいいって訳だな」
自分なりに要点をまとめた。
「違うよ、君が一緒に野球をしたいって思えばいいんだよ」
(こいつ‥‥)
強気なのか、天然なのか、はたまた本当に馬鹿なのか、隼一は半ば呆れながら利治のバットケースの中から金属バットを抜き出した。
● ● ●
勝負は開始された。グローブにバンバンと拳を叩き込みながら嬉しそうに利治が吼える。
「さあ、ドンドン来て!」
(まずはテストだ)
隼一は利治の立ち位置ギリギリでショートバウンドする打球を思い切り打つ。
パシ――ン!
電光石火の一撃はグローブに吸い込まれた瞬間、小気味良い音を轟かせた。
「ひゃあ~っ、やっぱり生きた打球は違うねぇ!」
楽しそうにボールを捕手の鉄弥に投げ返す利治。
(正面のは捌ける、か。――なら、次は!)
次の痛烈な一打は守備範囲ギリギリを突く左方向のゴロ。
逆シングルで、しかも飛びつかなければ捕れない高難度の打球。
だが、次の瞬間、隼一は驚愕する。
パシ――ン!
「うん、いい球っ!」
真正面で捕球した利治が笑う。対照的に隼一の肌が粟立つ。
(――バカな!)
その結果は俊敏性がもたらしたものではなく、ボールがバットとぶつかった瞬間、目を切って全力で打球の飛び先まで走るというヤマ勘ダッシュによるものだった。
(マグレに決まっている)
額ににじみ出た嫌な汗を右袖で拭う隼一に、
「‥‥マ、マグレじゃ、ないよ」
「えっ?」
心を見透かされたかのような鉄弥の言葉に、思わず振り向く隼一。
「‥‥ニ、ニッキーは、どんな球も‥‥捕る、から」
おどおどした口調ながらも強い言葉だった。
(ヤマ勘ダッシュなんてもんは博打だ。そうそう通じるかよ!)
次は意図して打球のコースを変えてみる。
パシ――ン!
だが、結果は同じ。またも打球を待ち伏せしている利治のグラブに吸い込まれる。
(あいつ、本当に打球の飛ぶ所が‥‥)
ボールとバットの当たった位置、スイングスピードや手首の返し、ボールの回転や風、様々な情報を一瞬のうちに解読し、視覚反応時間を極限まで高めなければそれは成立しない。神業とまでは行かないまでも、かなりの荒業。
(――いや、ムリだ! 有り得ない!)
「‥‥せ、『刹那の見切り』、って‥‥ニッキーは、呼んでる」
隼一の鼓膜に飛び込む鉄弥の解説に、肌は再び粟立った。
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