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キャプテンは牡羊座  作者: 鳩野高嗣
第一章 その男、牡羊座につき
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その男、牡羊座につき【Bパート】

(来ちまったけど‥‥あいつはどこだよ?)


 その日の放課後、閑散としたグラウンドに隼一(しゅんいち)は立っていた。

 約束を破るというのはどういう形であれ気分が悪いというのが理由の大半だが、もしかしたら公立でも野球が出来るかもしれないという淡い期待もあった。

 だが、スポーツのスの字も感じられない現実を前にしては、ただただ呆然とするしかなかった。


 中二にして一八二㎝の高身長で均整の取れた体躯(たいく)、黒い短髪でワイルド系の顔立ちが仁王立ちする姿は一種異様な光景で、下校する生徒たちは皆、それを見て見ぬふりをする。


「ごめんね、水城(みずき)くん。帰りの掃除が手間取っちゃって」


 背後からの利治(としはる)の声に振り向く事なく隼一は、


「公立に部活がないって、マジだったんだな‥‥」


 開口一番、感想を伝えた。


「まあ、国立(こくりつ)と一部の私立以外、禁止されてるからね」


 隼一は握った拳を固めると、振り向きざま、


「なんで禁止されてるか、お前、わかってんのか!?」


 やり場のない苛立ちだった。

 隼一は、市販のものと思われる練習用ユニフォーム姿で困惑の表情を浮かべる利治に言葉を続ける。


「無駄だからだ! 遺伝子検査で才能がないって結果が出たヤツらが何をやったって無駄なんだよ!」


 浴びせる怒声。

 しかし、利治は微塵も動じない。


「ねえ、それって、君の言葉なの?」


 表情を和らげて問い掛ける利治。瞬間、隼一は返答に詰まった。


「――俺の言葉っつうか、常識だろ、そんなの!

 お前だって、先生や親からさんざん言われてきたんじゃないのか!?」


「そんな事よりさ、キャッチボール始めようよ!」


 自分の問いを華麗にスルーしてくれた相手から放り投げたグローブを反射的に受け取ってしまう隼一。

 利治は肩に掛けていた黒いバットケースをその場に置くと、程よい距離までダッシュで離れる。


「じゃあ、最初っから飛ばしていくよーっ!」


「あ、おい、俺は‥‥!」


 向かってくる軟球。

 隼一は慌てて右利き用のグローブを右手にはめる。


 パスッ。


 グローブに収まったボールは何とも間の抜けた音を立てた。

 隼一の通っていた国立(こくりつ)(すめらぎ)大附属東日本校中等部の野球部クラスなら初等部中学年レベルといったところか。


(やっぱ、こんなもんか、公立のレベルは‥‥)


 諦めはついていた。

 公立に通う事になった時点で、自分にはフィールドに立つ機会が二度と訪れないという事はわかっていた。

 だからこそ野球から遠ざかっていたかった。

 ――なのに!


「‥‥仁敷(にしき)、お前は一体何がしたいんだ!?」


「何って、九人集めて野球がしたいんだよ。

 でさ、野球部を復活させて、全国大会に出て優勝するんだ」


 のほほんと夢物語を語る利治に、隼一の怒りゲージが一瞬で満タンになる。


「出来るもんか!!」


 隼一はむんずとグローブからボールを抜き取ると、左腕を思い切りしならせ、グラウンドの対角線上に向かって投げ捨てた。


 ビシュ――ン!


 唸りを上げた白球は一直線に飛んで行き、その線上に位置していた太いイチョウの幹に


 スタ――――――ン!


 いい音を響かせた。その距離、優に百二十メートル。


「お前にこんな真似、出来ないだろ!? 与えられたモンが違うんだよ!」


「すごいね、水城くん! ますます君と野球がしたくなったよ!」


「なっ‥‥!? 俺はお前となんか、やりたくないっつーの!」


 のれんに腕押し、糠に釘、激流には静水、あくまでもマイペースな利治に調子を崩されつつも、胸の中の炎は更に怒り狂う。そんな隼一に利治は、


「じゃあさ、僕と勝負しない?」


 突拍子もない事を言ってきた。


「はぁっ? 勝負?」


「君が勝ったら二度と近付かない。僕が勝ったら僕たちのチームに入る」


「――たち?」


 見渡してみると、いつの間にやら他校のブカブカなジャージ姿の小柄な少年が一人、グラウンドの隅で素振りを繰り返していた。


「‥‥お前の知り合いか?」


「うん、彼は大俵(おおたわら)中の地波(ちなみ)くん。今のところ、たった一人のチームメイトだよ」


 二人のやり取りに気付いたのか、他校ジャージは素振りをやめて一拍、ぎこちない会釈の後、とてとてと走り寄ってくる。


 間近で見ると利治よりも更に小柄な体躯(たいく)である事がはっきりする。


「‥‥お、大俵中、二年の、地波(ちなみ)鉄弥(てつや)‥‥です」


 格下オーラ全開の自己紹介だった。

 両目は漆黒の前髪がすっぽり隠しているので見えないが、左手でファスナーのスライダーをいじっている様子などから、隼一に対してかなり緊張している事が(うかが)い知れた。


「――ん、ああ。俺はここに転校してきた二年の水城(みずき)だ」


 状況を考えれば挨拶する場面ではない。だが、体育系の教育が骨の髄までしみ込んでいる隼一にとってそれは脊髄反射のようなもの。


「よ、よろしく‥‥」


 変声期前のおどおどした声が、その格下オーラを増幅させているように隼一には思えた。

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