勝負の行方【Bパート】
「だけど、水城さんが捨てられた理由はそれだけじゃない」
矢口はそう告げると、ふっと笑った。
打席には四番の棚橋が入る。
「来いっ!」
気合を入れる棚橋。
と、次の瞬間、隼一の様子が一変した。そして――
「うぷっ」
隼一はマウンド上で嘔吐した。
「うげっ、きったねー」
気合を削がれる棚橋。
「どーゆー事だよ、矢口?」
初等部の野球部クラスの一人が尋ねてきた。
「水城さんにはトラウマがあるんだよ。
初等部の時にチームメイトをデッドボールで死なしているんだ、あの人は。
それ以来、バッターが経つとマウンドで吐くようになってしまったらしい」
「それじゃ、ピッチャーとしちゃあ終わりじゃんか」
「だからセンターに回されたって訳」
得意満面に説明する矢口。
「地波くーん! エチケット袋は持ってる!?」
利治の問い掛けに、首を大きく横に振る鉄弥。
「水城、大丈夫か?」
一塁手の金子が心配そうに声を掛ける。
「‥‥ダメだ、ゲロが‥‥止まらな‥‥うっぷ!」
「水城くん、もしかしたら皇大の子なら持っているかも!
行ってみよう!」
利治の提案により、三塁側ベンチまで連れて行かれる隼一。
一方の皇大附属の面々として、それは迷惑行為以外の何物でもなかった。
「ちょっと誰か、エチケット袋を持って――」
と利治が言った所で隼一の胃液が吐き散らされた。
その直撃を受けたスポーツバッグの持ち主はベソをかく。
「ゲロ爆弾くらう前に逃げろーっ!」
一人が退散すると、我も我もと気が付けば全員が逃げ失せていた。
あまりの出来事に呆然とする利治たち。
「‥‥渡先生、これって僕たちの不戦勝ですよね?」
利治がロボット教師に尋ねた。
「ルール上ではな」
「じゃあ、僕たちの顧問になってくれますね」
「この勝利はお前たちの望む形のものなのか?
俺から見れば実にくだらないゲームだった。悪いが、俺は約束を反故にする」
「‥‥満足なんかしてない。
でも、約束を破んのは教育者としてどうなんですか、先生?」
嘔吐の波がようやく鎮まった隼一が六號を問い詰めた。
「ふっ、質問か。
――ならば、敢えて質問を質問で返してやろう。
お前たちのやった事は何だ?
人数を集められなかった上にルールを改竄、不戦勝を盾にした試合の強要。
挙句の果てに胃液による嫌がらせで相手を退散させるという外道極まりない勝利。
それは人間としてどうなんだ?」
六號の逆質問は隼一たちに精神的グラビトンを浴びせた。
「ぐはぁっ!」
たちまち膝を地に着ける四人。
だが、精神的グラビトンからよろよろと立ち上がる男がいた。
利治だ。
「僕たちは野球を続けたい!
それには先生が必要なんです!
マッチメイカーとしての手腕がどうしても欲しい!」
利治は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「ほう、それ程までに望むのなら最後のチャンスをやろう」
六號は極めて冷徹に提示した。
「さ、最後の‥‥チャン、ス‥‥?」
鉄弥が痛む足を押して立ち上がる。
「先生、何ですか、それは?」
隼一が立ち上がりつつ尋ねた。
「このグラウンドを全裸で十周走れたら顧問になってやろう」
その条件に、四人は絶句した。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




