勝負の行方【Aパート】
この作品は自分に与えられた遺伝子に不満を持たれている全ての方へ捧げます。
「あれ? なんでマウンドに金子くんが?」
鉄弥をベンチに座らせてグラウンドに戻ってきた利治が金子に尋ねた。
「水城のヤツに押し付けられたんだよ。
あいつ、頑なにピッチャーやんのを拒絶してたからさぁ」
そう言うと金子は右手親指で一塁ベースに就いている隼一を指した。
そんな隼一をやれやれという表情とポーズで見つめる利治。
「ふう、しょうがないなぁ、まったく。
――金子くん、ピッチャー経験はあるの?」
「んー、仲間内での遊び程度なら」
「今日はボークを取られなければそれでいいから。気楽に投げてよ」
「ああ、わかった」
金子は静かに頷いた。
十球の投球練習、金子は無難な投球を見せた。
球速は鉄弥と同等、コントロールはまあまあストライクが入る程度。
しかし、野球遺伝子を持つ集団は彼を攻略する糸口を早くも見つけ出していた。
● ● ●
「ボール、フォア!
よっしラッキー、これで同点!」
ストライクに来た球は悉くカットし、四球で出塁を繰り返した。
ストライクを入れ続けられる鉄弥との違いが露呈された。
「タイム!」
たまらず利治はタイムを要求しマウンドに駆け寄ると、隼一を呼び寄せた。
「これ以上、点をやる訳にはいかないんだ。
水城くん、ピッチャーやってくれるよね」
言葉尻に疑問符が無い。要は強権発動だ。
状況は一死満塁、打球次第ではサードゴロでも失点する可能性がある。
「‥‥わかった」
さしもの隼一も覚悟を決めるしかなかった。
投球練習はキャッチボール程度の球速だった。
「何、手を抜いてんの?
あの時のボール、そんな遅くはなかったよ」
利治がマウンドに立つサウスポーに発破を掛ける。
(ええい、ままよ!)
隼一は投球練習のラスト一球を全力で投げた。
その球速は百五十キロを優に超えていた。
が、それはキャッチャーから大きく逸れ、
ガシャ――ン!
バックネットの金網に突き刺さった。
「水城さんは左じゃノーコンなんだよ。
だから、皇大附属から捨てられたんだ」
矢口が再び眼鏡のブリッジを右手の人差し指で上げて説明した。
(やっぱ、全力じゃあ‥‥)
恨めしそうに左手を見つめる隼一。
「どうしたの、イチョウの幹に当てたあのコントロールは?」
その背後から利治が小首を傾げて尋ねた。
「‥‥実は、あの時、俺は時計台のポールを狙って投げてたんだ」
「時計台って、全然別の方向じゃないか!」
「‥‥悪い、今まで黙っていて。
だけど、キャッチボール程度の球ならボールになる事はないと思う」
「じゃあ、三振は狙わないで確実に仕留めていこう」
「ああ」
利治は軽く隼一の背中をグローブで叩くと、描かれた円の中に戻って行った。
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