変則ルール【Aパート】
この作品は自分に与えられた遺伝子に不満を持たれている全ての方へ捧げます。
「一人でも助かるよ。ありがとう、水城くん。
――ええと、君は二組の金子くんだよね?」
翌日の放課後、グラウンド。いつもの三人に長身の少年が加わった。
タレ目で愛嬌のある顔、短めの黒髪といった風貌の金子久伍は体育祭や球技大会などで目立つ存在だった。
「ああ、水城のヤツにくどき落とされたっつーか‥‥。
まあ、次の土曜までだったら‥‥」
久伍は以前に一度、利治に野球部に誘われた事があったが、断った経緯があった。
その為か、少し気まずそうに頬を人差し指でポリポリと掻いていた。
「協力してくれてありがとう!」
利治は久伍の右手を両手で取り、礼を言った。
「あ、あと五人、だね」
鉄弥が微笑む。
「まぁだ五人も集めなきゃならないのか‥‥」
隼一は不安に苛立ち、頭を掻いた。
「なあに、たったの五人じゃないか。集まる集まる。
さあ、練習だよ!」
メンタルモンスターの牡羊座は陽気に語った。
● ● ●
だが、メンバーは集まらなかった!
土曜日の河川敷の野球場、渡が用意したのは皇大附属初等部三年生の野球部クラスの補欠からなるチームだった。
「どうした? 俺の目には四人しかいないように見えるが?
不戦勝は九対ゼロで彼らの勝ちという事になるが、それでいいな?」
六號がキャプテンの利治に問い掛ける。
「試合はやるよ、先生」
自信たっぷりに宣言する利治に、ぎょっとする隼一と久伍。
「ほう? それはどんなルールだ?」
「気付かない? このグラウンドに丸が描いてある事に」
三塁手の守備範囲から逸脱した大きな丸がライン引きによって描かれてあった。
「何だ、あの丸は?」
「この中にワンバウンドさせられなかったフェアゾーンの打球は強制的に1アウト。
塁に出るにはサードの僕を抜くか、ゴロを打って送球よりも早くファーストベースを駆け抜けたらヒット。
どう? やる? やらなきゃこっちが不戦勝になるけど?」
「バカバカしい」
六號が吐き捨てた。
――が、
「いいじゃん、やろうぜ、せっかく曲川くんだりまで来たんだし!」
皇大附属側のキャプテンを務める沢田が試合に乗っかってきた。
にっこり笑う利治は更にルールを告げる。
「それから、攻撃は七回表までずっとそっち側の攻撃でいいよ。
僕らは最終回、七回の裏だけでいい。
その代わり、こっちには最初から三点入っている状態でスタート。
――ああ、それから、キャッチャーはそちらの誰かがやって。
こちらはサード、ピッチャー、ファーストとレフトしかいないからね」
「んじゃあ、盗塁は?」
「盗塁は禁止。
キャッチャーがそっち側なんだからズルしちゃうだろ?」
「なら、こっちからもルールの追加させてもらうよ」
「うん、何でも受けてやるよ」
「ボールは硬球を使わせてもらうから。
いいよね、それくらい?」
普段から使い慣れているボールで優位に進めようとする小学生。
「仁敷、それには乗るな。
お前の刹那の見切りは軟式に特化した技術だ」
隼一が慌てて止めに入った。
「あれれぇ、もしかして怖いんスかぁ?」
対戦相手の初等部三年生の投手、棚橋敦士が手にした硬球を見せつけ挑発してきた。
(たしかに野球の試合だけどよ‥‥)
隼一は軟式と硬式が別の球技である事を熟知していた。
野球部クラスの生徒は初等部の頃から硬球で練習をしていた。
『軟球は手が腐る』と叩き込まれ、特定の試合と直前の練習以外は使用が禁止されていた。
「どうした? 不戦敗か?」
試合の立会人という立場の六號が利治に問いかける。
「いいよ、乗ってやろうじゃん。
あっちの条件も呑んでらないと不公平だからね」
「ちょっと待て、仁敷! オレたちゃ硬球でなんか一度も!」
慌てて金子も詰め寄る。
「僕たちは弱者だよ。
でも弱虫じゃない。――違うかい、金子くん?」
人懐こい笑み笑顔で問う利治に、ぐうの音も出なくなる金子。
「それに、硬球も軟球もボールはボールだよ」
利治の言葉に、隼一は一抹の不安を覚えた。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




