格下オーラに中てられて【Cパート】
「――行けるか?」
問い掛ける監督の顔をまじまじと見た鉄弥は、
「は、はい!」
と答えると、素振り用のバットからベンチに置いてあった試合用の金属バットに持ち替え、右の打席へと向かった。
その様子をマウンド上で見ている皇大バッテリーは、
「おいおい、あんなチビスケがラストバッターかよ」
呆れ気味に嘲笑する銀縁眼鏡のイケメン投手に対し、がっちり体型の大型捕手はミットを口元に当て、
「なぁに、ただの想い出作りってヤツだろ。
――容赦するなよ、格下相手でもパーフェクト達成とありゃ、中等部の監督の目にも留まる。
そうなりゃ、俺たちの野球部クラス入りは確実だ。お前の針の穴を通すコントロールと七色の変化球、存分に使え」
「フン、いらねえよ。あんなヤツ、ストレート三球で終わりだ」
「――だな」
この投手は決して自信家ではない。むしろ臆病なくらいだ。
だからこそ、制球力と変化球に磨きを掛けてきたのだ。天が与えた才能とたゆまぬ努力で、初等部の三番手まで上ってきた経緯を熟知している相方は、この試合で得た貴重な自信に水を差したくないと思った。
「ストライク! ツー!」
外角低め、ギリギリを突くストレート。この投手にはストライクゾーンの狭さなど関係なかった。
加えて、鉄弥の完全な振り遅れ。バットも天と地ほど離れている。
沸き立つ皇大側の応援団は、あと一人コールをあと一球コールへと切り替えた。
(へへっ、ちょろいな)
銀縁眼鏡のイケメン投手の口端が上がる。
(来い! 最後の締めはここで決めろ!)
ミットが固定されると、抜群のコントロールがそこを目掛けて百三十五キロで直進する。その位置、ど真ん中! が、ストレートがホームベース上に来たその瞬間だった。
カキ――――ン!
鋭い金属音と共に白球は投手の股間を抜ける。
ジャストミートされた打球に女子の二遊間は追いつけず、無情にもセンター前へと転がっていった。
完全試合を打ち砕かれ、呆然とする投手であったが、悔しさという感情が脳へと伝わると、一塁ベース上の鉄弥に向かってキッと睨みつけた。
「何で打てる!?
七割のスピードに振り遅れていたお前が、何で俺の全力ストレートを打てんだよっ!?」
「‥‥く、来る事、わかってた、から‥‥」
「――なにぃっ?」
「‥‥き、君は、なんで‥‥あのコース、投げた、の?」
この問い掛けで聡明な捕手は理解した。
自分がど真ん中を投げさせたのではなく、投げさせられた事を。
このおどおどした小男は貧弱なスイングを二つ献上する事で、最もヒットが出易いコースに配球を上書きさせたのだ。
(気付くべきだった。
あいつはこの試合中、ずっとど真ん中の全力ストレートにだけ照準を合わせて素振りを繰り返していたんだ)
格下オーラに中てられた捕手は、その両膝をガクリと地につけた。
● ● ●
「‥‥わ、忘れるわけ、ないよ。
‥‥ヒット、打った時の、あの、感触‥‥さ、最高に、気持ちよかった。
‥‥で、でもね、それ以上に、僕に、チャンスをくれた、ニッキーの事、忘れない。
き、君への、恩、返したいんだ。‥‥その為なら、何だってする、から!」
鉄弥の決意に胸が締め付けられたが、牡羊座の意志は引く事を知らない。
「――でも、あいつらは許せない!
僕は知っていたんだ、君があいつらのいじめの標的になってた事!
僕に力があったなら、ぶっ飛ばしていたのに!」
そして権田一派をキッと一瞥し、
「今回だって、どうせ何か見返りを要求したんだろ!?」
「ギクッ!」
(今、『ギクッ』つった!)
心の中で権田にツッコミを入れる隼一。
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