その男、牡羊座につき【Aパート】
この作品は自分に与えられた遺伝子に不満を持たれている全ての方へ捧げます。
「ねえ、キャッチボールやろうよ!」
昼休みの麗らかな日差しの中、うとついた水城隼一の目に小柄な少年の姿が映った。
「‥‥誰、お前?」
気を許せば落ちてくる瞼を右手で擦りながら隼一が尋ねた。
スマートフォンに表示されたカレンダーは黎和五年四月十二日十二時四十分、まだまだ休める時間だ。
「僕は隣りの三組の仁敷利治。よろしく!」
太陽のような笑顔がそこにあった。
だが、隼一には少し茶色掛かった短めのウルフカットの少年の自己紹介の1センテンスに引っ掛かりを覚えた。
「にしき‥‥?」
その響きが隼一の海馬を検索ワードとして駆け巡る。
しばし沈黙の後、それは1件ヒットした。タイムスタンプは昨日、隼一が曲川市立扶士宮中学に転入してきた日の放課後だった。
● ● ●
「お前、国立の野球部にいたんだって?」
クラスメイトの男子が、自己紹介で敢えて公表しなかった情報を持ち出してきた。
「!? どっからそれを!?」
「いや、どこっつーか‥‥もう、みんな知ってんだけど」
その答えに隼一はうんざりした表情を浮かべると軽く舌打ちを一回。
「――で、それが?」
「三組の仁敷には気をつけろよ」
「にしき? 気をつけるって何を?」
「とにかくあいつ、ヤベぇからさ、話し掛けられても絶対にスルーすんだぞ」
● ● ●
とんと忘れていた情報に、隼一の表情は苦虫を潰したかのようなものへと変わる。
「やろうよ、キャッチボール!
君、国立の野球部クラスから転校してきたんだろ?
やっぱりすごいんだろうなぁ」
小動物系の愛嬌のある目をキラつかせる利治を見る限り、そんなヤバ気なものは特に感じない。
「あー、あのさ、三組に『にしき』って奴、お前の他にいるか?」
「えっ、僕の他に?」
疑問色の表情で小首を傾げる利治に、隼一は言葉を続ける。
「なんつーか、ナイフをチラつかせるような学校一のワルとか、二メートル超えるケンカの達人とか‥‥」
隼一の思い描くヤバい奴像に、思わず利治の顔が崩れた。
「そんな奴、この中学にはいないって。それに、ここじゃ仁敷は僕だけだよ」
(‥‥だとすると、こいつか、ヤバい奴って?
よくわからないが関わらない方がいいな)
隼一の心はお断りモードに突入した。
「ええっと、悪りぃ、俺、マジ眠いんだわ。
公立って午後もずっと授業だし、脳ミソの体力を温存してぇんだよ」
「えっ? 君の通ってた学校には午後の授業、なかったの?」
「いやいや、ないのはスポーツクラスだけだ。午後っから夜まで運動漬けだからな」
「そうなんだ。やっぱりスポーツ選手を育てる学校は違うね」
「――なあ、もういいだろ? 俺、寝てぇんだけど」
「ああ、ごめんね、水城くん。
じゃあ、キャッチボールは放課後、グラウンドでって事で!」
一方的に約束を取り付けるや否や、利治はダッシュで二年二組の教室を飛び出した。
「お、おいっ! 俺はそんな約束しねーぞ! ‥‥って、なんなんだよ、あいつ」
隼一はしばし呆然と利治が出て行った引き戸を見つめていたが、眠気には勝てず、時間を確認してから再びうたた寝モードに突入した。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。