婚約者を親友だったオンナに取られ婚約破棄までされヤケになったあるアメリカ人女子大学生が自分を大事に想ってくれていた幼馴染と関係を持った結果子供が出来たら母娘共々知らない世界でざまぁ(?)展開だったわ
ようつべの恋愛漫画っぽい語り口調を意識してみました。
なかなか伏線回収とか大変でした(一部伏線は続編とかで回収したいので敢えて回収してませんけど)がまだ不足な部分があるかもしれません。
その箇所を見つけてくださったら
オブラートに包んだ上で教えてくださると嬉しいです。
そして本作は紫煙伝と同じ世界の物語です。
一応、五十八服目におけるオーレンさんの『かつての失敗』について書いてあります。
「……うっ……ぐ……ぅ……ふっ……ぅぇぇぇぇぇ……ッ」
「?? この声……ミリア?」
俺の名前はアントニオ。
メキシコ生まれアメリカ育ちの大学一年生。
ちなみに大学はマンハッタンにある国立大学。
そこで俺は、受ける予定の講義が行われる教室に向かってたのだが……その途中にある誰もいないハズの教室の前で、聞き覚えのある声を聞いた。
入学式の時に久しぶりに顔を見合わせた、幼馴染……と言っていいのだろうか。
小さい時から、親の仕事の関係でいろんな国を転々としてきたから、ほんの数回しかこの国のこの地区に戻ってこられず、そのせいで、正直幼馴染としての実感が湧かなかったけど……とにかく、久しぶりに再会した幼馴染であるミリアの声だ。
そんなミリアがなぜ、誰もいない教室で……聞いているだけで悲しくなってくるような泣き声を上げているのか。
気になった俺は、すぐにその教室の出入口の前に立った。
だけど、ここに来て俺は……さすがに冷静になった。
泣いている方からすれば、その泣き顔を見られたくないから、誰もいない教室に隠れて泣いているワケだから、そこに誰かが入るのはデリカシーがないのではないかと……遅れて気付く。
しかし一方で、泣いている幼馴染を放っておく事はできない。
もしも俺にできる事があるのならば、彼女の力になってあげたい。
だから、余計に怒らせてしまう可能性があるものの、ミリアがいる教室のドアを俺は開けようとして……。
その瞬間、そのドアが内側から開けられた。
同時に虚を突かれて呆然とする俺と、さっきまで泣いていたせいで目が充血しているミリアと目が合った。
気まずい沈黙が流れる。
だがそれはミリアによって先に破られた。
「あ、アントニオ!? ここで何をしてるのよ!?」
俺に見られるや、反射的に目元を隠す動作をしながら、顔を赤くし、眉間に皺を寄せるミリア。もしもこれが、日本のラブコメディ的なシチュエーションであればどれだけ可愛いだろうかと心中で思う。
「何って、お前の声が聞こえて……」
しかし状況はそれとは真逆。
微笑ましい光景ではなくシリアスな状況。
だから俺は、すぐさま思った事を口にするのだが、
「ま、まさか……聞いてたのッ?」
ミリアは俺のその言葉だけで、すぐに俺が何をしていたかを察し予想通り怒る。
「信っっっっじらんない! 立ち聞きしてるだなんて! サイッテー!」
でもそれは、俺には悲しみを誤魔化すために、わざと怒っているように見えて。見ていられなくて、俺はすぐに言い返す。
「さ、最低とは何だよ! 人がせっかく心配してるっていうのに!」
でも俺は、そこまで聖人君主ではない。
心配してあげたのに怒られてはさすがに怒る。
するとミリアは、なぜか一瞬呆けた顔をしたが、すぐにまた眉間に皺を寄せた。
「ッッッッ!? と、とにかく……ここであった事は忘れてよね!」
そしてそう言うなり、すぐに俺のそばから離れた。
すぐに俺は呼び止めようとするが、その前に彼女は走り去った。
俺は一人、その場に残される。
幼馴染の力になってあげられず。
やるせない思いだけが残った俺が。
そして、やるせない思いを味わってたせいで……俺は講義に遅刻し。
ミリアが会う事を避けているのか……その日はもう、彼女に会う事はなかった。
ミリアが泣いていたワケは、翌日分かった。
俺と同じ講義を受けている、学内の噂と日本のアニメが好きな男友達であるロイのおかげで。
彼が言うにはなんと、ミリアは学内に何人かいると噂されている社長令息の一人と本命として付き合い婚約までしていたらしい。でも昨日、それを突然破棄され、さらにはその破棄された理由というのが……。
「なんでもその社長令息、ミリアさんと付き合っている途中から……どうもミリアさんの友人とも付き合ってたらしいので候」
「おい、それって浮気じゃねぇか!」
この国は自由の国だ。
男女の付き合いも、本命を見つけるまでの間はある程度自由だ。なんなら同時期に複数の異性と付き合う事もできる。
しかし本命と定めた人と本格的に付き合ってた時に、別の女性と付き合ってたというのはさすがにアウトだ。
それを堂々とやるなんて……しかも、俺の幼馴染を相手に……?
「フザけやがって! どこの社長令息だ!?」
「最近業績が伸びてる『ウェストリバー・コーポレーション』の社長令息である、ケイン・ウェストリバーで候」
ロイは淡々と告げる。
「にしても、まさか彼女の友人と浮気して婚約破棄するとか……頭おかしいとしか思えぬ。よほど親に甘やかされて育ったのであろう」
同感だ。
そして同時に……許せないッ!!
俺の中で、沸々と怒りが湧き上がる。
そのケインとかいうヤツを、一発ぶん殴りたいとさえ思う!!
「まぁ落ち着くでござる」
すると俺のその思いを察したのか、ロイはポンと、俺の肩に手を置いて言った。「さすがに物理的手段を使ってはダメで候。というか、お前にはそれをしなくてもいい手段があるからそれを使えばいいでござろう。それよりも、お前はそのミリアさんが気になるなら彼女をどうにかした方が――」
「分かってる!!」
俺は次の講義の事など頭の中から追い出し、ロイとの会話もぶった切りそのまま走り出した。
けれど、走り出してしばらくした後に気付く。
そういえば……ミリアはどこにいるんだ、と。
講義中であればその邪魔をしてはマズいし、実家にいるのであればいいのだが、一人暮らしをしているとするならば、その住所を俺は知らない。
なぜならば俺は……ミリアと大学の入学の時に再会したものの、話しかけた事は全然なかったからだ。会わない期間がとても長かったから、改めて話すと気まずい空気になる気がしたし。それに彼女は友人といて幸せそうだったから。
今さら幼馴染がしゃしゃり出て、その空気を壊すなんて……できなかったから。
するとその時だった。
俺の携帯電話にロイからのメールが届く。
どうやら失礼にも話をぶった切った俺を、心配してくれていたらしい。
すぐ開いたそのメールには、ミリアを裏切った友人とはまた別の友人から聞いたという、ミリアが一人暮らししているらしい、アパートの住所が記載されていた。
ありがたい!
俺は良い友人を持ったぜ!
※
私の名前はミリア・ホワイト。
アメリカ生まれアメリカ育ちの大学一年生。
私には変わった幼馴染・アントニオがいる。
いや、正確にはアントニオ……ではなく彼の家族が変わっている。
なんと彼の家族は、両親に聞いたところによると怪しい仕事をしているという。
なんでも、受ければ必ず人生が成功する……とかいう噂がある、謎のセラピストだとか。
今思い返せば、詐欺まがいの事をしていたのかもしれない。
そしてそれ故に当時、私は両親に常々『アントニオに近付くな』と言われてきたが、まだ子供だった私達だ。
家が近所という事もあり、それなりに仲が良かった。
ケガをした時、その場で治してくれた姿を見て……好感を抱いていた時もある。
でも、彼はすぐに引っ越し……時々は私が生まれた町に帰ってくるけれど。私と彼が会う機会は減った。
それから時は経ち、大学の入学式。
私はアントニオと同じ大学で数年ぶりに再会した。
でも、親の忠告の意味を知り。
そしてアントニオがいない間に出来た友人達とそれなりに楽しいスクールライフを送っていた私は、彼との会話もそこそこに、友人達と一緒に彼と距離をとった。
今さら帰ってきたところで、なんとも思わない。
というか詐欺まがいの事をしてるヤツと知り合いだなんて、友人達に思われたくなかったから。
そして改めて、大学での生活を楽しもうと思った……数日後。
――私は運命と出会った。
同じサークルにいた青年ことケイン・ウェストリバー。名前からしてもしや、と思ったけど、それ以前に、その姿を見た瞬間……私は恋に落ちた。
それくらい彼はイケメンだった。
しいて言うならハリウッドスター並みのイケメンだ。
そして出会うなり私は、彼とお近付きになろうといろいろとアプローチした。
けれど彼がイケメンであった事、そして彼が、私の予想通り『ウェストリバー・コーポレーション』の社長令息であった事で、他にも多くの女性が彼にアプローチを仕掛けてきた。
あまりにも倍率が高い、イケメン争奪戦だった。
そしてそれは思った以上に苛烈で、途中で挫けそうになったりもした。でも友人達のフォローとかもあって、なんとか彼に見初められ、結婚を前提に付き合う事になった。
――でも、その夢のような時間は……長く続かなかった。
「ミリア・ホワイト! 俺はお前との婚約を破棄する!」
ある日、彼に呼び出されて行った場所で……彼に突然そう言われた。
彼を巡った争奪戦に立ち向かわんとする私を、今までずっとフォローしてくれていた友人の一人である、ハンナ・ダーレスが……恍惚とした顔でしなだれかかった彼に。
意味が、分からなかった。
なぜ突然……婚約破棄をされたのか。
そしてなぜ、私の味方だったハンナが……彼のそばにいるのか。
「ハンナから聞いたぞ! お前も結局は俺の財産目当ての卑しい女だとな!」
「な、い、いったい何を言ってるのケイン!? わ、私は別に財産目当てであなたと付き合っているワケじゃ……ハンナ、あなたも何か言ってよ!」
「えぇー? ミリアちゃん、前『母子家庭だから家計が厳しい』とか言ってませんでしたっけぇー?」
しかし、その友人からの援護は見込めなかった。
というか、彼女がケインのそばにいる時点で察するべきだったのだ。
ハンナは、私がケインにアプローチをする傍らで、虎視眈々とケインを狙ってて……そしていつからか私に隠れてケインと関係を深め……今日この瞬間、私を引き合いに出す事で、ケインを私から奪おうとしてるんだって。
なのに、私は未練がましくも……その友人に助けを求めてしまった。
未練がましくも、ケインに、誤解だと分かってもらえると……信じていた。
「フン。その事情に関しては同情の余地がある。だが俺の会社に入ろうとするならともかく、社長令息である俺にわざわざアプローチを仕掛けてきたんだ。俺の財産以外に目的があるとは思えないな!!」
確かに、私の家は貧しい。
父が病死して以来、母は家で滅多に会えないくらい無理をして……そして私を、より良い仕事に就けるよう大学にまで入れてくれて。
それで、ちょっと借金とかあったりする人生だけど……でも、私はあなたの財産に惹かれてあなたに近付いたワケじゃない!!
「俺は俺の財産目当てで近寄ってくる女が大嫌いなんだよ!! だからそんなお前とは婚約を破棄して、お前の友達だというハンナと、改めて婚約する!! 彼女はお前とは違って、今まで俺をちゃんと見てくれたからな!!」
でも、それを分かってくれないケインを見ていて……私の熱は冷めて。彼への、深い失望と……そんな彼を一時でも好きになった自分への嫌気。そして、その彼の寵愛を得るため……今まで私に力を貸してくれていた友人、と思っていた女が私を裏切った事への怒りを覚え、私の中でそれらが混ざり合って……私は思わずその場から逃げ出していた。
もう、嫌だった。
誰にも会いたくなかった。
こんな思いをするくらいなら、もう誰とも……関わり合いたくなかった……。
※
ミリアのアパートまで駆け付けた俺は、すぐにインターホンを押した。
しかしミリアは、なかなか出てきてくれない。ケインとかいうヤツに婚約破棄をされたショックで、本格的に引き籠っているのか。
「おいミリア!! いい加減出てこい!!」
俺はミリアの部屋のドアを大声を出しながら叩く。と言っても、そこは建て付けが悪いボロアパートだ。下手に叩けばドアが開かなくなるかもしれない。なので手加減して叩く。
近所迷惑など知った事か。
というか、こんなボロアパートに住んでいるところからして……ミリア、もしかして生活が苦しいのか。だからケインとかいうヤツに近付いたのか?
くそっ! こんな事になるならもっと早く――。
「あぁもううるさい!!」
――するとその時だった。
俺の願いが通じたのか、ミリアがドアを開けてくれた。
昨日会った時と同じく、泣き腫らした顔で俺を睨み付けてくる。
「何の用よ!? もう私に関わんないで!!」
「そういうワケにいくか!!」
俺はすぐに反論した。
「今まで疎遠だったけれど、それでもお前が、俺の幼馴染である事に変わりはないんだよ!! そんなお前が泣いてて黙ってられるワケがねぇだろ!!」
「…………何よ……」
するとミリアは、声を震わせながら俺に言う。
「今さら、都合良く幼馴染ぶって……そういうアンタも最後は、私の前からいなくなるんでしょ!?」
「なんでそんな話になるんだよ!?」
そうは訊きつつも、俺にはさすがに心当たりがあった。
恋人と、友人に裏切られたのだ。人間不信になってもおかしくは――。
「ずっと一緒だって言ったクセに……アンタは私の前から突然去ってった」
――次の瞬間、俺の頭にハンマーで殴られたかの如き衝撃が走った。
昔の事だから、あまり詳しくは思い出せない。
でも、昔そんな約束をした……その事実だけは思い出せる。
「親の仕事の都合だって、分かってる。
でも、それでも私……アンタがいなくなって寂しかった」
まさか、俺が……俺が、ミリアの人間不信の始まりなのか?
「でもってその数年後、パパが死んだ。私が大人になるまでは、絶対に死なないと言ってたパパが」
ッ!? 親父さん……亡くなっていたのかッ?
「だけど、それでも私は頑張った。ママと……パパが死んで悲しいのに、それでも私を支えてくれたママと、幸せになるために。そして私は、ずっと幸せでいられるように……私とママとずっと一緒にいてくれる、素敵な人を見つけようとして……でも、私がバカだった。ずっと、考えてて……分かったの」
そこでミリアは一息つき、改めて……口を開いた。
「求めるばかりで、私……ケインの言う通り、彼の事を……自分の友達の事を見てなかった。良い人そうだと、勝手に見た目だけで判断して、それだけの理由で一緒にいて……だから私は、こうして裏切られて…………そんな、私には……もう誰かと一緒になる権利なんて――」
「バカを言うな!!」
俺にも原因がある事は分かった。
でもだからって、全てに肯定的な事を言うと思ったら大間違いだぞ。
「たとえ離れてても、お前の事をずっと想っているヤツもいるんだぞ!? そいつの想いを無視して、そんな悲しい事を言うな!!」
「…………ママの事? ママをそいつ呼ばわりされる覚えなんかないわよ!!」
ッ!? まさかそう誤解されるとは思わなかった。
いやでも、俺の言い方も悪かったかもしれない……こうなったらハッキリ言った方がいいかもな。
「お母さんじゃねぇよ!! いやお母さんもお前を想っているだろうが……俺も、お前の事をずっと想ってたよ!!」
「……うそ……?」
「嘘じゃねぇよ!!」
俺の告白に呆然とするミリアに、さらに言ってやる。
「俺だって寂しかった。何度も会いたいと思った。だから俺は一人暮らしをしたいと、親父に無理を言ってこの地区の大学にまでやってきた。お前を改めて捜すために……まぁ、同じ大学で会えるとは思わなかったが。とにかく!! 俺はお前に、また会いたいから帰ってきた!! でも、お前が友達と一緒にいて幸せそうで……余計な干渉は控えた方がいいかもしれないと思って、今まで疎遠だったけど。でもこうなった以上はハッキリ言わせてもらう。俺はお前をずっと想ってた!!」
「…………そこまで、言うなら……」
俺の告白を聞くと、ミリアは顔を赤くしながら呟くように言う。
おそらく俺も、同じような顔をしているんだろうなと思いながら、俺はミリアの返事を聞き逃すまいと……耳に意識を集中した。
「…………それを、証明しなさいよ」
……………………ん? 証明?
告白の返事が来ると思っていたら、証明。
まさかここまで来て、まだ俺の気持ちを疑っているのかミリアは。
「そこまで言うなら……わ、私を……慰めてよ。こんな、友人に裏切られるような私に、一緒になる価値があるって……私と、一緒になる覚悟が、アンタにあるって…………証明してよ!!」
ッ!? み、ミリア……まさか、そこまで追い詰められていたのか!?
そんな、涙目で……自分の身を盾にしてでも、誰かを拒絶したいと思うほど……精神的に追い詰められていたのか!?
だけど、そうと知った以上は。
ここで引き返すワケにはいかない。
ミリアに寂しい思いを、もうさせたくない想いもあったかもしれない。
でもそれ以上に……俺は彼女だけを愛している。だからもう、そこまで言われたら……遠慮なんかできねぇぞ。
「…………この部屋、壁薄いか?」
けど、大切な女の声を周りに聞かせたくないから……一応さすがに訊いておく。
※
最初は、苦しかった。
でも途中から、苦しくなくなって。
それから、お互いのリズムが……徐々に合ってきて。
そして、唇を塞がれたまま……彼に抱き締められて。
それで、何度か頭の中が真っ白になった……その時。
私の中から、元カレと友人に裏切られた怒りや悲しみが消えて。
代わりに、アントニオが私を、どれだけ想っているかが伝わってきて……もう、私は一人じゃないって……実感して……ふと、思い出す。
公園で私がケガをして、それでアントニオが、お父さんから貰ったっていう薬草を使って、慌てる事なく私を治してくれて……その時から彼は、私の英雄だった。
困った事があったら、すぐに駆け付けてくれる……私だけの英雄だと思ってた。
でも、突然彼はいなくなって。
私の中で悲しみが溢れ出した。
それから私は、ずいぶんと寄り道しちゃったけど……彼と、また会えて。
でもって、再会した彼は。
離れていても……ずっと私の英雄でいてくれた。
その事が、とても嬉しくて。
こんな形で、彼と一つになった事が……申し訳なくて。
私は……頭の中が……もう何度目になるか分からないほど、真っ白になってから……改めて、耳元で「ありがとう」を言った。
※
「…………もう、夕方か」
あれから俺は、ミリアと一緒に近くのホテルに入った。
さすがにあのボロアパートは、壁が薄いと聞いたからだ。
そして俺は、そこでミリアと半日近く、共に過ごしたらしい。
ミリアが苦しくなくなってから。いや、ミリアが俺に、耳元で感謝を告げてからだっただろうか。とにかくそれから俺は、無我夢中でミリアを求め……時間の感覚が分からなくなったので、自覚はないが。
我ながらよく体力が持ったと思う。
小さい頃から、親父と一緒に鍛えたおかげか。
まぁ今はそんな事どうでもいい。
現在、服を着てない状態で、俺の隣で、毛布にくるまって眠っている俺のミリアを見てるだけで……時間などどうでもよくなってくる。
彼女は、玄関先で会った時と比べて……余裕のある顔をしていた。
おそらくミリアは、婚約破棄された時に負った心の傷を克服したのだ……と個人的には思いたい。
それから俺は、ミリアと頻繁にデートするようになった。
ついでに言えば何回目かのデートの後、建て付け的により安全な、俺が住んでるアパートにミリアは転がり込んできた。俺達はホテルでの行為の後、結婚を前提に本格的に付き合う事になったのである。
だけど俺達の結婚には、まだ関門があった。
それは何を隠そう、俺の両親はともかく、ミリアのお母さんへの顔見せである。
なぜそれが関門かと言えば……俺の親父の仕事が、常人には理解できないような分野の仕事だからだ。
というか、俺も詳しく教わっていないから……正直俺もあまり理解できてない。
とにかくそのせいで、ミリアの両親を始めとする人達に理解されず……俺の両親は肩身が狭い思いをしたそうな。それなりに健全な仕事ではあるらしいけど。
そんなミリアのお母さんに、俺の親父の仕事をどう理解してもらうべきか。
下手をすると本格的に、俺自身もよく分かってない、俺達家族の問題にホワイト家を巻き込まないといけないかもなぁ……と、そんな事を思いながら俺達は日々を楽しく過ごしていた。
ちなみに時々、ミリアの元カレであるケインと、元トモであるハンナと遭遇する事もあったが……連中は俺達を一瞬見ただけで、何も言ってこなかった。
もしかすると心の中で……婚約破棄後にミリアと俺が付き合い始めた時期的に、ずいぶんと気持ちの切り替えが早いなと思っていたりするかもしれないが……その心の内を口に出した瞬間、あいつらに相応の報いを受けさせる準備はできている。
けど、そんな事を考えている暇は……約半年後に無くなった。
俺が借り、そしてミリアが転がり込んできたアパートの洗面台に、ミリアが嘔吐しているのを見たからだ。
※
私の名前はジェイミー・ホワイト。
夫が死んで以来、今は亡き両親の力を借りたりして……なんとかミリアを、大学まで行かせた彼女の母である。
ちなみに仕事は、アメリカ国内の自動車製造系の会社の検品の仕事。
現在はそれなりに実績を積み、検品の仕事の責任者にまで登り詰めている。
ミリアを大学まで行かせた上で、人並みの生活ができる奇跡を起こせたのは……ミリアがもぎ取った奨学金や、ミリアがバイトしてくれてた事も、もちろんだが、この出世もそれなりに大きいのではないだろうか。
しかしそんな私達の努力は、ミリアの今の彼氏にして、私も一度だけ会った事があるミリアの幼馴染であるアントニオ君によって無駄にされた。
なんと、ヤツは…………私のたった一人の大切な娘を妊娠させたのだ。
私が手塩にかけて育て上げた、ミリアをだ!!
電話でミリアにそう告げられた途端、私の中で怒りが湧いた!!
いや孫が出来た事については嬉しいけど……私は、まだ年齢的におばあちゃんと呼ばれたくない!!
というかミリア、彼氏ってのは事前に親に紹介するモノではないの!!?
しかし、電話口で怒ってもしょうがない。
とりあえずお互いの家の人を呼んで、これからどうするのかを話し合わなければいけないだろう。というかミリアは、そのために電話をかけてきたのかもしれないではないか。
『そ、それでね、ママ……アントニオの両親がね、ママに会いたいって』
まぁ、当然よね。
そもそもミリアに何があってそんな事になったのかは知らないけれど、それでも妊娠させたという事はマトモな避妊をした事が……いや、確か……昔聞いたところによると、アントニオ君はメキシコ生まれ。
もしかすると宗教上の理由から避妊をしてなかった可能性もあるけど……それでもね、安全日にするなどの方法があるんじゃないのって言いたい!! いや、それでも避妊失敗する可能性あるけど!!
とにかく責任がそっちにある事はまず間違いない。
少なくともミリアを、避妊をよしとしない子に育てた覚えは――。
――と思っていた時期が私にはありました。
いやまさか、私の娘を前の彼氏が裏切るとは!!
ミリアに会ってすぐに、そんな事情を説明されたけれど、これは……さすがの私も、ちょっと考えちゃうわ。
逆の立場だったら、確かに幼馴染に救いを求めるのも……いやでも、それはそれこれはこれ。ミリアを妊娠させ、ミリアが努力の結果もぎ取った大学生活を無駄にした罪は重いわ!!
情状酌量の余地はあるけど、相応の責任を取ってもらいたいものだわ!!
と心の中で思ってはいたんだけど。
ミリアに事情を説明されつつ、案内されてやってきた、アントニオ君と……そのご両親が来るという、高級レストラン……それを見つけた途端に、私は驚愕した。
こ、こんな店……私の給料でも連れていけないわ。
そしてそんな店に予約を取るだなんて……アントニオ君の父親って、いったい、どんな仕事をしているの!?
ま、まさか……噂の胡散臭いセラピストの仕事が軌道に乗ったとでも!?
「ま、ママ……と、とりあえず入ろ?」
私が驚愕のあまり呆然としていると、ミリアが話しかけてきた。
おずおずと、ミリアの方へと目を向ける。
ミリアもミリアで、驚愕のあまり顔を強張らせている。
まさか、ミリアも予想していなかった展開だとは。
ホント、アントニオ君の父親はいったいどんな仕事に就いているというのか。
しかし怖がっていちゃ何も始まらない。
そう思い直し、私達はおずおずと、そのレストランへと入り――。
――そこでまさかの出会いが、私達を待ち受けていたのだった。
※
私の名前はオーレン・クロード。
ミリアちゃんを妊娠させたバカ野郎の父親である。
今日はその責任云々について話し合うため、お詫びも兼ねて、ホワイトさん達を私が仕事仲間との密談のために時々利用する、高級レストランにご招待した。
彼女達は最初おずおずとしていたが、すぐに慣れてくれた。
と言ってもさすがに怒鳴り散らすような事はしない。高級レストランである事が少しは影響しているのか。部屋で焚かれている御香の効果なのか。とにかく冷静になってくれた。
「申し遅れました。改めまして、私、こういう者です」
そしてまず最初に、社会人らしく名刺交換をした。
これまでほとんど、両家に交流がなかったのだ。私がしている仕事も多少は関係しているだろうか。とにかくそのせいで私の正体が掴めず、怪しまれると思っての名刺交換だ。
「…………『国際煙術師 兼 国際霊媒師協会会員 兼 煙草製造会社「トラン」筆頭株主 オーレン・クロード』?」
案の定、訝しげな視線が突き刺さった。
確かに怪しい肩書である。私だってそう思う。
しかし、どうしても信じてもらわなければいけない。
なぜなら私の先祖の霊が……そして直感が、告げているからだ。
ミリアちゃんの中に在る新しい命は……将来、私達の世界を変えるかもしれないほどの力を持つと。
「まずはウチのバカ息子の無責任な行いを詫びたい。大変申し訳ない」
「申し訳ありませんでした……ほら、アンタも頭下げなさい!」
「い、痛い! 親父がぶったところ押さえないでぇ!?」
しかし、その前に……妻子と一緒に、ちゃんと詫びねば。
孫のために……後腐れなく良好な関係を築くためにもな。
「い、いえ……娘からも事情は聞きました。方法はさすがに、もうちょっと考えていただきたかったですが」
ミリアちゃんの母親、ジェイミーさんが苦笑を返した。
だけど内心、怒っているだろう。彼女から感じるわずかな霊力の揺れが、それを物語っている。
「本当にその通りです。それで、一つ、お互いのためにもなる提案がありまして、今回お二人をここにお呼びしました」
「…………私達の、ためになる?」
「はい。というワケでジェイミーさん……ちょっとばかり、私達の話に耳を傾けていただきたいのですが」
そう言うなり私は、相変わらず訝しげな表情を私達に向けるジェイミーさんの前で指を鳴らした。
※
これは、夢なのだろうか。
ママと一緒に入ったレストランで、アントニオとそのご両親と会って……そしてアントニオのパパさんが指パッチンをした直後に……私は不思議な体験をした。
なんと、見た事もない記憶映像が……私の中で展開されたのだ。
「な、何これ!?」
隣でママが驚きの声を上げた。
まさか、ママもこの現象を体験しているの?
「こ、この記憶……親父、まさかミリア達を巻き込む気か!?」
「仕方ないだろう。私が全てを伝授する前に、お前は子供を作ったんだぞ。本来であれば、生涯を共にしたいと思う相手に、私達と宿命を共にする覚悟があるかどうかを、知った全てを教えた上で問うのが掟なのにお前は……こうなった以上、無理やりにでも巻き込まなければ大変な事になるぞ、お前の子供は」
そ、それどころか……アントニオも同じ体験を……というか、掟? いったい、何の事を……もしかして、アントニオのパパさんの肩書と、関係が……?
いろんな疑問が、頭に浮かぶ。
しかし、それらは……現在進行形で展開されている謎の現象……頭の中にて展開されている……誰かの記憶映像…………異形の存在に立ち向かい、救わんとする、戦士と思しき誰かの……妙にリアルな映像に上書きされた。
「それは、煙術師である私が代々継承してきた記憶の……ダイジェスト版です」
混乱する私とママに、アントニオのパパさんは告げた。
「本当は、完全版を見せてさしあげたかったのですが……さすがに精神崩壊などのリスクがあるため、ダイジェスト版である事をお許しください」
「き、記憶って……まさかこれ、本当に起こった事なの……?」
「はい。信じられないでしょうが……それが私達の戦場なのです」
半信半疑のママに、アントニオのパパさんが説明する。
私も、正直信じられない。まさかアントニオのパパさんは……名刺に書いてある通り、本当に霊媒師なの?
でも、今起こっているこの謎の現象。
他者の記憶と思しきモノが私達の脳内で展開されるだなんて……霊能力の類じゃなければ、こんなの説明がつかないッ。
「そして、このような宿命を持つ我々と関わってしまった以上、ジェイミーさんとミリアちゃんには、我々の側に付いてもらいたい。魑魅魍魎の類から身を守る方法を……親子のみならず、孫のためにも、学んでもらうために」
「そ、そんな……」
ママが、顔を青くしながら私に向き直った。
「ミリア、あんたなんて男と関係を持ってしまったのよッ」
ママはすっかり怯えていた。
私も、正直怖い。でもだからって……ママ、アントニオと私の出会いを否定するような事を言わないで。
「ママ……私ね、怖いけど……とても幸せよ」
私の台詞に、ママは驚いた顔をする。
けどそれに構わずに、私はさらに言った。
「確かに、私達と、私とアントニオの子供を待ち受けている運命は……アントニオのパパさんの記憶の通りに、なるかもしれない。でもね、アントニオがいなかったら……私は救われなかったのよ?」
ケインとハンナに裏切られた私は……全てを、拒絶していた。
あのまま誰とも会わなければ、最終的には死んでいるか……死んだような生活をしていたかもしれない。でもそれを、アントニオは救ってくれたんだ。
「確かに彼のバックにある物語は怖いけど。そしてその危険が、私とアントニオの子供にも及ぶかもしれないけど……でも、アントニオのパパさんの記憶の中に在るような異形が、本当に存在しているとするなら……この世界には最初から、逃げ道なんて無いわ」
「み、ミリア……」
「だったらどっちみち……進むしかないわ。そして、もしママや、私とアントニオの子供を護る道があるのなら……私はアントニオのいる世界に、足を踏み込むわ」
もしかしたら、この想いは。
一度、婚約破棄というどん底を味わって……精神的なタガが外れて起こした自棄に近いモノなのかもしれない。
それか、母親になって…………考え方が変わったりしたのかな?
でもね、幸せである事には変わりないよ。
この変な現象で知った、アントニオと、彼のパパさんとママさんの思いによれば……三人は私達を、全力で護ろうと考えてくれているみたいだし。
大学には、さすがに通えなくなっちゃうけど……それでも、私は本当の幸せを。
お互いの事をちゃんと解り合える……ちょっと、オカルトな手段のおかげもあるけど……とにかくそんな、理想の相手に出会えた幸せを掴めたんだよ。
「…………そう、ね。どっちみち、逃げ道は無いわね」
すると、私の言葉を……ママは顔を強張らせつつも理解してくれた。
「オーレンさん、さすがに全ては……すぐに納得できかねますが、娘や、孫のためにも……ご教授願えないでしょうか。あなたが見せている、異形に対抗するための手段というのを」
※
ミリアの母親――お義母さんとの会食の後。
そのお義母さんは親父にヘッドハンティングされた。
俺はまだその全容を知らされていないけれど……なんでも、俺も一応株を持っている、煙草製造会社『トラン』は、まだまだ人手が足りないらしい。
それで、自動車の検品部門の責任者にまで登り詰めたお義母さんの事を、会食の際に聞いて……是非ともヘッドハンティングをしたくなったそうな。
お義母さんは、困惑してたけど……ヘッドハンティングされてまんざらでもなさそうだった。会食の時に返事はなかったけど、近い内に良い返事をくれるかもしれない。
それから、親父は俺にもこう言ってきた。
――ミリアちゃんの元友人の、ハンナって娘だけど……絶対、近付かないようにしておけ。
いったいどういう事なのか。
謎だらけな発言だったけど。
その後、俺はそのハンナって娘を。
ミリアが大学を辞める前くらいから、ケイン共々大学で見かけなくなり……親父と違って霊媒能力とかないけど。それでも生物として、とても嫌な予感を覚えた。
※
息子であるアントニオがミリアちゃんと結婚して、約三年後。
二人の間に産まれた私の孫・カノアちゃんは元気に成長していた。
…………いや、ちょっと元気過ぎるかもしれない。
最近、カノアちゃんの霊的な教育のため、そして彼女に護身術を身に付けさせるために、私の生まれ故郷であるメキシコに、クロード家全員とジェイミーさんは、一緒に引っ越したのだが……その後カノアちゃんは、家の近所の子供達と、三歳児とは思えない行動力で走り回り、ついでに暴れ回っているとか。
警察沙汰にはまだなっていないが、いずれ事故とか……霊的事件絡みとは、また違う事故が起きそうで怖い。近い将来、私も習得しているルチャ・リブレの教室にでも通わせるべきだな。力を発散させるために。
ジェイミーさん……今や煙草製造会社『トラン』の工場長にまで登り詰めた彼女は、反対はしないかもしれないが、凄く怒るかもしれない。
でも、力ある者が厄介事を引き寄せるのは世の摂理。
私とほぼ同等の霊媒能力を潜在的に秘めるカノアちゃんを狙う悪霊や、霊的事件を起こさんとする犯罪組織とこれから先、渡り合う宿命を考えれば……ついでに、我が愛しの妻であるサニアが淹れたオルチャータと、お茶菓子ならぬジュース菓子であるブニュエロスを前にすれば、少しは機嫌を直してくれるかもしれない。
「あぶえろー! ごはんだってー!」
それはそうと、私をそのカノアちゃんが呼んでいる。
「おーう。今行くからねー」
私はすぐに席を立ち、点けていたTVを消そうとリモコンを握った。
そして、電源ボタンに指を伸ばしたその瞬間。
まさかのタイミングで、三年前からずっと気になっていた事件の詳細が、ついにTVで判明した。
「うわぁ。ミリアちゃんとアントニオの記憶の中で視たあの娘……やはりアブナイ娘であったか」
アントニオは、もしもって時は、株主仲間のそのまた知り合いの中にいるという『ウェストリバー・コーポレーション』の株主に接触し、次の『ウェストリバー・コーポレーション』の株主総会の中で、くだらない嘘を信じて婚約破棄するようなケインを、次期社長の座から叩き落とす事を議題にするよう、お願いしようとしていたらしいが……まさか、このような結末が待っているとはな。
たとえ霊媒師でも、人生何があるか分からんもんだな。
「あぶえろー!」
「おーう。今行くー」
しかし今は、ジェイミーさんも含めた家族団欒の時だ。
事件は気になるものの、私はすぐに、電源ボタンに添えた親指に力を入れた。
『臨時ニュースをお伝えいたします。三年前に起こった「ウェストリバー・コーポレーション社長令息失踪事件」に進展がありました。この事件は、当時まだ大学生であった社長令息のケイン・ウェストリバーさんが、えー恋人であるハンナ・ダーレスさんと行方不明になった事件で、当時は誘拐事件とされたものの、手掛かりは何一つ見つからず、そのまま迷宮入りしたのですが、昨日未明、■■州で、二人は発見されました。そしてその直後、この事件が二人が誘拐された事件でなく、当初被害者と思われていたハンナさんがケインさんを誘拐・監禁していた事件であったのが発覚。ケインさんが監禁されていたのは■■州のとある別荘地にある別荘で、そしてそこから脱出しようと、ハンナさんがいない時に、えー、大きな音を立てた事で近隣住民が気付いて、そのおかげで無事に救助されたようです。なお、ハンナさんはその後、警察により逮捕。彼女の部屋からはケインさんを隠し撮りしていたと思われる写真が複数枚、発見されておr――』
「憧れは、理解から最も遠い感情であると、漫画では言うけれど……その憧れを、極限まで追求するとね……一方的ではあるけど、ちゃんと相手を隅々まで理解する事は可能なんですよ? ケ・イ・ン♡」




