82・少しずつ変わっていく
「みなさんに会って、お礼が言いたいな」
ティサリアは幸せな気持ちで、甘くみずみずしいコンポートの最後のひと口を食べる。
飛空船での出来事がつい先ほどのようにも、ずっと前のようにも思えるのが不思議だった。
「だけどあの領地を下賜する候補はたくさんいるってお父様も言っていたのに、カル兄が選ばれるなんて……すごいことだよね」
「カルゼ殿は堅実な方だから、パフォーマンスめいたことで人気取りや注目を得ようとはしないけれど、すでにアルノリスタ王国の魔導技師ギルドの会頭として、国から信頼に足る人材だと認められていたんだ。それとティサリアは知らなかったと思うけれど、あのとき甲板とラウンジを繋げるモニターの調整をしたのは、彼なんだよ」
「えっ!」
「飛空船のモニターは欠陥品だったらしいけれど、カルゼ殿が船内にある道具で臨機応変に修理してくれたんだ。他にもフォスタリア殿が魔導砲を使おうとしたことで起こった、飛空船の機能の問題にもいち早く気づいて、正常に保つため尽力してくれたりね。今回の対応力と活躍を目の当たりにした招待客に改めて注目されて、一気に評判が高まったんだ」
(そういえばひいお爺様の邸館で遊んでいたとき、カル兄は壊れた魔導具のランプを楽しそうに修理していたな)
「カル兄ならきっと、素敵な領主になってくれるね」
「そうだね。新領主について知った領民たちは、謙虚なカルゼ殿をフォスタリア殿とは違う気質を持っていると、とても期待しているようだよ」
「うん。カル兄は領民の方とも……それに竜やマルエズ王国とも、仲良くしてくれると思うな」
「もちろん。騎竜隊編制やティサリアを俺の妻として迎えることもあって、マルエズ王国との関係はこれからのアルノリスタ王国にとって重要だからね。そこで『カルゼ殿はティサリアの従兄で、マルエズ王国で竜騎士団長をしていたギルバルト殿のひ孫でもあるから、マルエズの国民にも受けがいい』と、誰かが文官たちに入れ知恵していたみたいだよ」
「誰かが?」
ティサリアの脳裏にふと、フォスタリアから自分の身辺を嗅ぎ回られていると噂があったときも、にこにこと笑顔を絶やさない父が浮かんだ。
「その方は自分の娘が近い将来住む国の事情を考えて、フォスタリア公爵領がいずれこうなると予想……いや。予定していたのだろうね」
「なるほど……」
最近の父は「今年のエイルベイズ領内の増産は、アルノリスタの取引に主軸を置いてるよ」「新しい事業の話がいくつか持ち上がっているんだ」と、領地経営に奔走していたが、それはアルノリスタ王都だけでなく、新たにカルゼが管轄する地域を含めての忙しさだったらしい。
(確かにお父様は、昔から大人しくて優秀さが目立ちにくいカル兄のことを、周囲の人よりずっと高く評価していたし、きっと他にもいろいろ……ありえる)
「それと現在、王領では騎竜隊の準備を進めているんだ。その間ヴァルドラは人と暮らす練習もかねて、カルゼ殿の新領で時々お世話になっているよ」
「ヴァルドラが!」
「俺もこないだ会いに行ったよ。少しずつヴァルドラの言葉がわかるようになってきて、『黄リンゴのパウンドケーキが食べたい』『ティサリアに持ってくるよう催促の手紙を送ってくれ』『妥協して他のスイーツでもいいから欲しい』とせがまれているよ」
その様子が思い浮かんで、ティサリアも笑ってしまう。