75・声は聞こえなくても
ティサリアはクレイルドに駆け寄る。
「クレイ、ごめんなさい。勝手に来てしまって」
「飛空船まで会いに来てくれたの?」
「ううん。ヴァルドラと一緒に、クレイの姿をこそこそ覗くはずだったんだけど、色々予定が狂って……」
「ヴァルドラと一緒に?」
頭上から冷たい風が流れ込んだ。
クレイルドが空を仰ぐと、ヴァルドラはガーゴイルたちに強い冷気を浴びせている。
そうして敵をしばらくの間は動けないようにしてから、飛空船めがけて下降してきた。
『ティサリア、遅いぞ! お前がなかなか帰ってこないから、俺は心配で心配で……っ! クレイ!?』
ヴァルドラはクレイルドに目を留めると、驚きのあまり少し離れた空中で静止する。
それに対し、クレイルドは甲板を囲う手すりへ歩み寄ると、いつものことのような自然さで手招きした。
「おいで」
『……』
しかしヴァルドラは瞬きもせず、じっとしている。
クレイルドはわずかに笑みを浮かべると、何気ない動きで手すりを乗り越え、身軽に空へ飛び込んだ。
「クレイ!?」
「「「殿下!!」」」
人々の悲鳴より早く、ヴァルドラの動きは俊敏だった。
滑らせるように下降した身は、もはやその背でクレイルドを受け止めている。
『なっ、なんてことをするんだ! 俺が時計塔でした練習のことを忘れていたら、どうなると思っているんだ!!』
思念のような竜の声はクレイルドに聞こえなかったが、彼のすることに関係はなかった。
クレイルドは両腕でヴァルドラの背を抱きしめる。
「おかえり、ヴァルドラ。大きくなったな」
『!』
「最近、魔獣を追い払って町の人を守ってくれているんだろ? ありがとう」
『……』
クレイルドは手を伸ばし、いつになく緊張しているヴァルドラのたてがみを撫でた。
「お。ずいぶん乙女なリボンをつけるようになって」
『で、デザインにだまされるな。それは結界石を取り付けるための装備で……』
聞こえない思念で言い訳するヴァルドラの背を、クレイルドは幸せそうにぽんぽんと撫でる。
「よし、行こうか」
『何?』
「お前の魔獣を追い払う姿、俺にも見せてくれよ」
『……』
ヴァルドラは未だ戸惑い、助けを求めるようにティサリアへと視線を向ける。
ティサリアは笑顔でヴァルドラに手を振った。
「ヴァルドラ、飛空船は私の結界でしっかり守るから、クレイをよろしくね!」
『しかし俺といるとクレイが』
「大丈夫! ヴァルドラと一緒にいても、クレイをひどい目に遭わせる人はここにいないよ。ヴァルドラに弓を向ける人もいないよ!」
ティサリアの言葉に、弓騎士たちは足元の弓を手に取る。
「アルノリスタの守護竜、飛空船をお守りくださって、ありがとうございます!」
「そんなあなたたちに弓を向けたこと、大変悔やんでおります。申し訳ありませんでした!」
「もうあのような不義理は二度と致しません! 必要であれば援護させてください!」
『……』
「ヴァルドラ、迷ってる時間はなさそうだよ!」
ティサリアは頭上に手を広げ、飛空船の周囲に結界を張ると、それは再び近づいて来たガーゴイルたちの起こした風を弾いた。
クレイルドはさっと姿勢を整え、槍を構える。
「よし、行くぞ。ヴァルドラ!」
それからはあっという間だった。




