72・こんにちは!
*
矢を放ち続けた空を見上げ、弓騎士たちは息をのんだ。
竜の背から人影が落ちる。
「……っ!」
皆それを直視できずに、悲痛な面持ちで顔を背けた。
しかしフォスタリアは喜びも悲しみも感じなかったらしく、ひたすら続きを促す。
「何をしているのです、早く邪竜も射落としなさい!!」
フォスタリアの声が途切れると、甲板に無気味な静けさが漂った。
誰も何も言わない。
そのただならぬ様子に気づけず、フォスタリアは声を張り上げた。
「聞こえないのですか! この飛空船での『最終決定権』は私にあるのです! そしてあなた達の家族の命運は私が握っているのです!!」
「……」
弓騎士たちが一斉に、足元に弓を放り出す。
そしてようやく、フォスタリアは自分に向けられている殺意にも似た感情に気づいた。
そのとき、彼らの視界にまばゆい光がさっと差し込む。
気づけば弓騎士たちの側に、大きな扉ほどの光の柱が立ち昇っていた。
異変に驚き、皆が視線をそちらへ向けて目を疑う。
光る柱は空気へ溶け消えていくと、そこにあの竜騎士が立っていた。
「こんにちは!」
弓騎士とフォスタリアの一触即発にも思えた緊迫中、場違いとも思えるほど明るい「こんにちは!」が空にこだます。
ティサリアは見知らぬ人々を前にして緊張したが、胸の辺りで温かく力を与えてくれるアミュレットを意識すると、大きく息を吸った。
「あの! 私は怪しい者ではありません! 竜と空の散歩をしていたら、ガーゴイルが飛行船を襲っているように見えたので、追い払おうとしていたただの通りすがりで……」
(あれ?)
ティサリアは自分以上に、周囲の者たちが緊張してした顔でこちらを見ていることに気づいた。
(私、何か失礼なことを言ってしまったのかな)
ティサリアが戸惑っていると、弓騎士の一人がためらいがちに質問する。
「あなたは先ほど、落竜された竜騎士様では……ご無事だったのですか?」
「は、はい! 竜騎士の資格は取っていませんが、それは私のことだと……ご心配をおかけしてすみません。実は甲板に転移石を置かせてもらっていて、それを利用してお願いをしにやって来ました!」
ティサリアが空を見上げると、ヴァルドラは今も果敢にガーゴイルの群れをいなしている。
「私と一緒にいたあの竜は、以前に矢で怪我をしたことがあります。口にはしませんが、本当は矢を向けられることが苦手なんです。でもみなさんを助けたい一心で、今もガーゴイルを追い払おうとしてくれています。どうか、あの子に向かって、矢を射ることは止めてもらえませんか?」
ティサリアは弓騎士たちを見回した。
そして彼らの暗い表情と、すでに弓を床に置いている事情に思い当たる。
「も、もしかして……私の結界の精度が落ちたせいで、すでに弓を持てないほど凍えさせてしまいましたか!? すみません! 私が未熟なばかりに、みなさんにそこまで寒い思いをさせていたとは……!」
兜をまとって表情は見えないが、明らかにおろおろしているティサリアを前に、弓騎士の一人が戸惑いがちに聞いた。
「あなたは……竜とあなたに向けて矢を射た私たちのことを、心配してくれるのですか?」
「? はい! もちろん心配ですが、ヴァルドラが悪い竜だと誤解を受けていると思って、それを解きにやってきました! しかし先ほどまで使っていた弓を置いているということは、何か困っていることがあったのでしょうか。やはり寒すぎましたか?」
「……」
彼らは自分のしたことを思い、重々しく沈黙する。
そうとは知らないティサリアは、ひたすら気づかわしげに見回した。
「みなさん、どうされたのですか? 私にお手伝いできることはありませんか?」
弓騎士たちは後悔に顔を歪めると膝をつき、ティサリアへ向かって勢いよく頭を下げる。
「あっ……あの、みなさん?」