63・噛み合わない会話
「俺にはティサリアがいるからね」
「「ああ、なるほど」」
クレイルドの笑顔に護衛たちも納得したようで、深々と頷いた。
「殿下はティサリア様と会ってから、困難なことすら楽しくこなすようになりましたもんね」
「確かに。以前よりずっと、自分のことも大切にされていますし。後は多忙すぎるスケジュールを少し見直していただければ、なお良いのですが」
小言の予感に、クレイルドは何か言いかけた口を閉じると、優雅な所作で振り返る。
今日の主催者であるフォスタリア公爵が、堂々とした足取りで近づいて来た。
クレイルドは護衛たちと共に一礼をする。
「フォスタリア公爵閣下、今日はお招きくださりありがとうございます。おかげで貴重な時間を過ごすことができています」
「ええ。最新の魔法技術を結集したこの飛空船は素晴らしいでしょう? 騎竜隊を編制しようなんて古臭いことを考えているどなたかの目も、これで覚めるのではないでしょうか」
フォスタリアは横柄な態度で、長身のクレイルドを見上げる。
「今日の来客者も、飛空船を仰いでいる我が領民も、危険な竜を国内で利用する価値など全くないと感じている事でしょうね。ところで殿下、この飛空船について気になるのなら、私がなんでも答えますよ」
フォスタリアは飛空船を自慢したいらしく、何か聞いて欲しそうに視線を投げかけてきたので、クレイルドは先ほどのザックの疑問を口にする。
「ラウンジのモニターを、今日は映したりしないのですか?」
「……モニター?」
「ええ、正面のモニターです。あれは見たことのないような、迫力のある大きさですね」
クレイルドがラウンジの先を示すと、フォスタリアはいまいちわかっていない顔をした。
「まぁ……素晴らしいものであることは確かですが、そういうのは下々の者が覚えればいいことです。上に立つ者は時間が足りないのです。何事も分担が必要ですから」
「なるほど」
(この様子だと、飛空船の購入を決めた閣下自身は、設備や機能について詳しく把握していないのかもしれないな)
クレイルドがモニターの付かない理由に納得していると、フォスタリアはやれやれと言った様子で首を振った。
「国がフォスタリア領をないがしろにするので、私は大変なのです。特に金銭面で苦労しています」
「そうでしたか。しかしフォスタリア領は国にとっても重要な拠点です。我が国の文官は優秀だと国外の視察の方からも讃辞をいただけるほどですし、彼らは必要なことへの投資を惜しみません。事情の説明をしてみてはいかがでしょうか」
「彼らに申請しても、ケチばかりつけてちっとも話が通じませんよ。それでも私は寛大ですから、自分で手に入れたこの飛空船で自領を守ると決めました。その覚悟の現れた総額が一体どれほどなのか、のんきな殿下にわかっているとは思えませんが」
「どのくらいかかるのですか?」
「たくさんですよ! 費用はたくさんかかっているのです!」
「たくさん? それは、数字にすると……」
「大きな額、とだけお伝えしておきましょう」
「……そこに維持費は含まれているのですか?」
「お暇な殿下には想像もつかないかもしれませんが、私は常日頃、公爵としての責務に追われていますので。そのようなことは下々の者に任せています」
「……そうですか」
(立派な飛空船が手に入って嬉しいのだろうけれど……設備も費用も把握していないのに、なぜ聞いて欲しそうにするのだろう)
クレイルドは護衛の二人がフォスタリアの珍回答に耐えられず、失笑を吹き出すのではないかとひやひやする。
(そうか、これはゲームのようなものか。俺が間違った選択肢を選ぶと、護衛の爆笑メーターが上がって失礼を働いてしまうかもしれないという……。閣下からの挑戦状だと思って、これからは罠を避けておくべきだな)
クレイルドの納得したような様子を見て、フォスタリアは満足したのか得意げに身を翻す。
「そうでした。殿下には特別にお見せしたいものがあるのです。どうぞ、こちらへ」