6・それは相談なのか
クレイに心底嬉しそうな笑顔を向けられて、ティサリアはひるんだかのように視線を逸らす。
(お、落ち着け私)
例え人違いだとしても、片思いすらしたことのないティサリアは、見知らぬ異性にここまで好意を向けられることに慣れていない。
(だけどこんなに喜んでいるのに。事実を知ったら、すごくがっかりするだろうな……)
気分は重いが、どうにかぎこちない声をひねり出した。
「つ、つまり……私があなたの探している人物だという証拠はないんですよね?」
「証拠? 君は直感を信じないの?」
「はい、全く」
これまでの経験から、直感でやってくる人はことごとく自分を別人に思い込んでいたことを、ティサリアはよく知っている。
(それにこの人は「自分のことを覚えていなくて良かった」みたいなことを言っていたけれど、さすがにこんな美丈夫の知り合いがいたら、私だって忘れるはずないし。どうすれば人違いだってわかってもらえるのか……あっ)
ティサリアは慌てて居住まいを正すと、丁寧に淑女の礼で挨拶をした。
「もっ、申し遅れました! 私はティサリア。マルエズ王国のエイルベイズ伯爵令嬢、ティサリア・フィーナ・エイルベイズと申します! もちろん、あなたがお探しの女性のお名前とは違いますよね!?」
「いい名だね。ティサリア」
「はい?」
クレイはうーんと唸りながら頷いている。
「そうか、君は隣国に住んでいたのか。アルノリスタ王国内で探しても、どうりで見つけられなかったわけだ……。早速だけど、俺はティサリアに相談したいことがあってね」
「えっ、相談? いきなり過ぎませんか?」
「確かに急だし、悪いとは思っているよ。でも俺も困っていて……。とりあえず、内容だけでも聞いてもらえると助かるんだけれど」
「そんなに困っているのでしたら、聞くことは出来ますが……って、あっ! だけどそれって、大切な相談なんですよね。私で大丈夫ですか? もしかして探している本人の方が良いのでは?」
「うん、わかってるよ」
クレイはにっこりと頷く。
そしてティサリアの前に跪くと、彼女の手を取った。
「ティサリア、ずっと君のことを想っていました。俺の妻になって下さい」
(んん?)
聞き間違いかと、ティサリアは瞬きをして考え直す。
(……あれっ、れっ?)
考え直しても、結果は同じだった。
(それ……相談?)
唖然としているティサリアの脳裏をかすめたのは、これが彼にとって、先ほどの勘違い青年に匹敵する黒歴史となるかもしれない、ということだった。
(あわわわ……だけど内容が内容だけに、誤解も解けていないし、どうやって説明すれば……)
考えもまとまらず、非常事態となっているティサリアがおろおろしていると、真摯な瞳がまっすぐに自分を見つめている。
そこから彼の一途な思いが流れ込んでくるような気がして、つきりと胸が痛んだ。
(私がもらっていい言葉じゃないのに)
ティサリアは夢から覚めようとするかのように、彼に取られていた手を慌てて引いた。
「ごめんなさい! 今のことは誰にも言いませんから気づいて下さい! 本当に人違いなんです!!」
今まで経験したことのない混乱の中、ティサリアはその場を逃げ出そうとしたが、「あっ」と声を上げて、一瞬振り返る。
「さっきの、相談とか気軽なものじゃないですから! それは探している本人以外に言ったらダメですよ!!」
どうか同じ失敗を繰り返さないで欲しいと願いながら、ティサリアは再び駆け出す。
こうして夜会で起こった人違いは、思いもしない早さと意味を持って動き始めた。
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