51・親友との出会い
ティサリアはリンにも果物を渡してから、慣れた様子で彼女の竜房に入った。
しまわれていた騎乗用の竜具を取り出し、その黄金色に艶めく竜の身に装備させていくと、リンは嬉しそうにじっとしている。
『ティサリアが来てくれて嬉しいわ。このごろ魔力追跡の仕事がこないから、ずいぶん退屈だったの。このままだと体がなまってしまうくらいにね。だから今日は、あなたが散歩に誘ってくれたと聞いて、本当に待ち遠しかったのよ』
「私もだよ、今日は付き合ってくれてありがとう。確かめたいことがあって」
『なんだか、初めて会ったときのことを思い出すわ』
「初めて……。リンがケリスと間違えて私を連れ去ったあの時だね。だけど今も不思議だよ。私とケリス、見た目なんて全然違うから、間違えるのも難しそうなのに。竜の感性は変わってるんだね」
『ふふ、私だってもう間違えないわ。だけどあの時はそれで正解だったのよ。ティサリアに会えたから、ケリスは竜騎士を諦めなかったんだもの』
ケリスは騎竜の育成に特に力を入れている、ガルハルト領の侯爵令嬢として生まれた。
幼い頃から兄たちに混ざって竜と過ごす生活は、竜騎士としての才能を引き出すのに恵まれた環境でもあった。
しかしそれ以上に、ケリスのしなやかながらも豪胆な騎乗ぶりは、代々竜を扱ってきた家族や周囲の者ですら一目置くほどの頭角を現し始める。
そんな妹のたぐいまれな才能を間近で見ていた長兄は「自分を試してみたらどうだ」と、次兄は「一緒に竜騎士になろう」と好意的だったが、両親は「女性が竜騎士になることを世間がどう考えているのか。それと向き合う覚悟を持てなければ、ただの令嬢として過ごした方がいい」と告げた。
ケリスが言わなくても、両親は娘が「竜騎士を志す令息たちの活躍を奪っている」と陰口を叩かれたり、実際に嫌がらせに近いことを受けていると、知らずともわかっているための言葉だった。
実際、少年たちと交ざって竜騎士になるための訓練に励むかたわら、淑女としての教養やマナーを学ぶ生活は思った以上に目まぐるしかった。
しかし自分が令嬢としての最低限の活動すら辞めるとなれば、周囲の反感が今まで以上に強まるだけでなく、ガルハルト領の立場に影を落とす懸念がいくつもあると、子ども心にもわかっている。
同世代の中でも孤立しはじめていることを感じてケリスは迷った。
しかし選ぶことが出来なければ、その先に竜騎士の道がないことも明らかだった。
ケリスは「竜騎士候補生の試験を一緒に受けよう」と毎日のように語りかけていたリンの元をぴたりと訪れなくなり、兄たちが誘っても訓練に顔を出すことを止める。
ひとりで草原に寝転がり昼寝をしてばかりになった、そんなある日のこと。
しばらく会いに来ないケリスを探しに、リンが厩舎から脱走してやってきた。
ケリスと間違えて連れ去った、しかし彼女とは全く似ていないように見える、おとなしそうな少女を背にのせて。
「ティサリアは私の恩人だよ。あの頃の私は竜騎士と令嬢どちらにも希望が持てなかったんだ。君と会えたことで、今の私がいるのは間違いない」
「私は近くで見ていて、ケリスの目指していることがすごく大変なことなんだって実感したよ。諦めないで竜騎士になったのはケリスなんだから、もっと自信を持っていいのに」
「いや。今の私がいるのは、ティサリアが自分のことのように親身になってくれたからだ。途方に暮れていた私に、しばらくの間協力したいと、共に過ごすことまで選んでくれて……。本当に色々な面で助けられたんだ」
ティサリアはガルハルト領での日々を思い出し、子どもの頃に戻ったような気持ちで竜房を見回した。
「竜のお世話は大変だったけど、毎日楽しかったよね! ガルハルト領で過ごしている間、ケリスのご家族も、身の回りのことをしてくれる人たちもみんな親切で、何よりケリスやかわいい竜たちと一緒に過ごせたし!」
ケリスは竜騎士として活動する現在、気のいい仲間にも恵まれ、充実した毎日を送っている。
女性の竜騎士に憧れたり応援してくれる人も増え続け、そのための努力も重ねてきた。
しかしここまでに至る道のりが、ティサリアとのかけがえのない日々に支えられていることに間違いないと、ケリスは目の前で笑っている親友との思い出を懐かしむように目を細める。