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46・励ましてくれる人

 若い男が護衛を伴い、いかつい足取りで近づいてきた。


 体格は男性のわりに細身で小柄だが、他者に威圧感を与えたいかのように、貴族というよりは武人が好む素材で作られた外套や装飾品を身にまとっている。


 クレイルドは護衛の二人と揃って、しなやかな一礼をした。


「お久しぶりです。フォスタリア公爵閣下」


 フォスタリアと呼ばれた男はクレイルドの前で歩みを止めると、日差しを浴び続けた浅黒い顔を向ける。


 鋭く濁った眼光が不快感を隠さず細められた。


「おや。これはクレイルド第二王子殿下」


 声には横柄な響きが混ざっている。


「相変わらずお暇なようで」


「ええ。今さら言うまでもないことですが、閣下を始め、この国を守る騎士によって栄えた我が国は平和ですから」


「本当にわかりきったことですね。しかし……」


 フォスタリアは自分の見目に多少の自信があるのか、クレイルドの容姿にケチでもつけようとするかのようにじろじろと眺めまわしたが、あいにくその全身は隙など見当たらないほど整っていた。


「……全く、かつては少女のように女々しい容姿をしながら、邪竜に魅入られて我が領で暴れた当人がよく言えたものですね。まぁ呪われた王子はもとより、他にも軟弱、陰気と、現王の御子はどれもこれも愚息だと私のところにも相談が来て、ほとほと困っているのですよ」


「そうでしたか。様々な意見を私たちも真摯に受け止めなければなりませんね。しかしアレイクスの人柄はご存じの通り、才女の婚約者を惹きつける天性の魅力がありますし、レルークは博識で洞察にも優れています。それぞれが国をより良い方向へ導くために尽力することと思いますので、どうぞご安心ください」


 全く動じることなく、つらつらと薄い笑顔で応対するクレイルドに、フォスタリアは面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「ふん、つまりクレイルド殿下自身が一番の問題だということですか。なにせ舞い込む婚約者の話をことごとく遠ざけているという醜聞、私も聞き及んでいます。邪竜に魅入られていている殿下は、人の娘に興味がないのだろうと、皆が恐れておりますから」


「ご心配をおかけしております。恥ずかしながら私のような朴念仁には、なかなか女性も近づきがたいようで……ご容赦ください」


「口先だけは立派なことを……。尻尾を出したら、あの邪竜の尾のように二股に裂いてやるというのに」


 最後の言葉を聞いた途端、クレイルドの脳裏に幼い竜が尾を裂かれ、血まみれのまま飛び去る哀れな姿が蘇った。


 何度も繰り返し見た悪夢の光景に、胸を掻きむしるような怒りが突き上げてきて、普段は穏やかな彼の瞳にさっと激情の色が宿る。


 その瞬間、記憶の端から思いもよらぬ影がぱっと現れた。


──お願いです! これからは、なんでも私に相談してください!


 クレイルドの記憶の中にひょいと飛び込んできたティサリアが、きらきらと目を輝かせて満面の笑顔を向けてくる。


──人を笑わせるような話ではなくてもいいんです。私はあなたのことなら、どんな話でも聞きたいです!!


 クレイルドは我を忘れかけたときに自分の腕を取ってくれたあの感触と、ティサリアの自分を守ろうとする眼差しをありありと思い出して、その強さに一瞬で心を奪われた。


「──……」


 クレイルドが無反応だったため、嫌味が空振りとなったフォスタリアはつまらなさそうに一瞥する。


「ふん」


 そして蹄の音と共にやって来た馬車に乗り込み、去って行った。


(別れたばかりなのに、もう励ましに来てくれたんだな)


 クレイルドは改めて、ティサリアのしてくれたこと、かけてくれた言葉ひとつひとつが、すでに自分を支える存在として根付いているのだと実感する。


 ヴァルドラとの別れの痛みを癒したいとは思わなかったが、今日ティサリアと過ごした自分は、それまでとは全くの別人のような気がした。


(俺は何を言われても構わないけれど。もしティサリアが俺といることを選んでくれたら。一緒にいて、先ほどと同じような言葉を浴びせられたら……。俺がまた怒りのままに誤解を受けるようなことをすれば、彼女まで巻き込むんだ。俺がティサリアにしたいことは、そんなことだったのか?)


 クレイルドはふと、いつもと同じことを考えているはずなのに、何か違うものを掴みかけていると直感した。


(そうだ。俺はティサリアを目で追っていた頃から、ずっと……)



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