45・二人の護衛騎士
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「なるほどなぁ」
ティサリアの乗る馬車を見送った夕刻、クレイルドの護衛騎士の一人、燃えるような赤毛を持つザックはその短髪を片手でかきあげながら、あっけらかんと呟いた。
「今まで殿下が絶えずやって来る縁談話を蹴りまくっていた理由が、ようやくわかりましたよ」
クレイルドは王城の城壁に背を預けると、閑散とした馬車置き場を背景に立つ二人の護衛騎士と向き合う。
「蹴った覚えはないよ。国益をよく考えている臣下に本当にそれでいいのか確認した結果、彼らの方が話を流すと決めたんだから」
「そりゃ候補者と婚約する上で国に起こりうるデメリットをあれだけ丁寧に並べ連ねられたら、誰も推せなくなりますって」
ザックの言葉に続き、もう一人の護衛騎士、長い金髪を一つに束ねたラウドがクレイルドに一礼する。
「それで殿下。私たちを時計塔の一階に残して歓談されていたあの時、国内の無暗な竜討伐を防ぐために婚約だけでも急ぎたいという話は、ティサリア様へお伝えになられたのですか?」
「ああ。家族に相談しておいてと頼んだよ」
赤髪のザックと金髪のラウドは顔を見合わせ、それからクレイルドへ顔を向けると、慣れた様子で交互に言い募った。
「殿下ぁ。悠長なこと言ってないで、思い出してくださいよ。あなたが婚約者候補を次々に退けていることに付け込もうと、『竜に魅入られている反逆者は伴侶を求めない』なんて迷信を持ち出す奴が出てきて、また竜に対する嫌悪が強まることを、殿下も危惧されていたでしょう?」
「私たちは殿下の身に襲いかかる火の粉は全て払い落とす覚悟ですが、それより先に炎が沈静できるのなら、なによりなのです」
「そうそう。ティサリア様をさっさと迎えられた方がいいですって。見た感じ、最高じゃないですか」
「私も彼女は信頼に値する人物だと考えます。ティサリア様に事情を明かして出来る限り早急に、婚約者という形をとるべきです」
熱心に訴える二人の言い分はその通りだが、しかし彼らが守るべき最優先の相手は自分であって、ティサリアではない。
それをわかっているクレイルドは、めげずに小言をくり返す二人に感謝しつつも、いつものようになだめた。
「ザックもラウドも、がっつきすぎだよ。二人だって、ティサリアにとって最善の判断をして欲しいだろ? それなら訳も分からないうちに巻き込んだり、弱みを見せて落とすようなことはしない方がいい」
全く別物の顔立ちをしたザックとラウドから表情が失われると、同じような真顔となってクレイルドを見た。
「殿下、不器用なの自覚した方がいいですよ。彼女を逃がさないことが、殿下にとっては最優先ですって」
「そうです。ティサリア様は殿下の不器用にもめげずに尽くしてくれる健気な方でした。彼女を離すのは得策ではありません」
「俺、結構器用だよ。小さい頃から木剣とか作ったし、馬具を竜用に改造したり、料理もするし」
「知ってます」
肩をすくめるザックの隣で、ラウドが深々と頷く。
「気づかれていないようですが、殿下は好意を持った相手に対して、大切にしすぎる傾向が見受けられます」
「それそれ。好きすぎるんですよ。加減したらどうですか?」
「私も物事にはバランスが重要かと──」
クレイルドの眼差しがふと力を帯び、ラウドは小言を切った。
彼らの間に言葉はなかったが、二人の護衛騎士は息を合わせたかのように姿勢を正したところで、城壁の門から人影が出てくる。