44・相談と『相談』
(私がクレイって呼ぶか呼ばないかなんて、クレイの人生に関わってくるとは思えないんだけど……)
しかしクレイルドは言葉の通り大真面目な様子のため、ティサリアも相談をして欲しいと頼んだ手前、否定するのも気が引ける。
「……ですが、こう。もっと人生観を揺るがすような出来事や、深い葛藤に苦悩したりとか、そのような話はないのかと思いまして」
「? 今話したことがそうだよ。こんな悩みを打ち明けるなんて、誰にもできないし」
「た、確かに他の人には相談しないで欲しい気もしますが……」
戸惑いながらも、ティサリアはあるひとつの事実に思い当たる。
(もしかしてクレイって、今まで誰にも相談をしないで生きてきたから、とんでもなく相談下手なのかも……)
ティアリア自身も相談することが苦手なため、その気持ちもわかる気がして、励ますように明るく言う。
「大丈夫です。こういうことは焦らなくてもいいんです。慣れが必要ですから!」
相談に答えることはすっかり忘れたまま、相談下手の先輩風を吹かせて、ためになるのかわからないアドバイスをした。
(そういえば、初めて会った時のクレイの『相談』も、なかなかの変わり種だったし……。あっ、そうだ)
「あの、以前の『相談』のことですが……」
「覚えてくれていたんだね。急がなくていいから、君の家族に相談しながら、ゆっくり考えて欲しい」
「は、はい。そうですね」
(あれ? 確か会った時は、「困っているから、内容だけでも聞いて欲しい」って、急いでいたような感じだったと思うけれど……。私を焦らせないように気づかってくれているのかな)
にこやかなクレイルドにティサリアは拍子抜けしながらも、確かに簡単に決められる話ではないと納得する。
「ありがとうございます。家族には一度あなたのことを紹介しているので、話も切り出しやすい気がします」
「うん。俺も、ヴァルドラにティサリアを紹介したかったな」
時計塔の頭上で、魔力の込められた鐘がどこか懐かしい重みを持って鳴り響いた。
別れを告げるその音を聞きながら、西に傾き出した夕日を受けるクレイルドの横顔は、どこか名残惜しそうに見える。
(クレイにとってヴァルドラは、私を一番に紹介したい相手なんだ。これからもずっと……)
ティサリアは別れのさびしさを胸に押し込め、ひとつの想いを胸に秘めて訴えた。
「また、会えますよね?」
「会ってくれるの?」
「もちろんです! 私もたくさん楽しい話を用意しようと思います! 一番はやっぱり……あっ」
ティサリアが慌てて口をつぐむと、クレイルドは何かを確信したかのような笑顔を浮かべている。
「ティサリア。おもしろいことを企んでいるとしても、寝不足には気をつけてね」
「わかっています。次回はたくさん寝て、普段の私では手の届かないような美人な方と間違えられるくらい、つやつやの状態で会いに来ます!」
ティサリアにしては珍しく人違いに前向きだったが、クレイルドは自信ありげに首を傾げた。
「その例えはおかしいな。俺は君よりきれいだと思う人に、今まで会ったことがないよ。第一俺は、ティサリアと他の誰かを間違えることなんてできそうにないからね」