42・ずっと見ていた
クレイルドの問いに、ティサリアは返事ができなかった。
期待と不安が入り混じり、喉がからからに乾いている。
身体の中心では早鐘のように脈拍が打ち付けてきた。
「俺はその子のことが気になって仕方なかった。何を話しているのか、どんなことを考えているのかが知りたくて、こっそり部屋から出るようになったよ。彼女は自分から話すことが苦手だったみたいだけれど、周りをよく見ていて、誰かが困っていたら、一番に気付いて助けてあげるような子だった。誤解を受けることがあって落ち込んでいる時は、あの広い庭を散策しながら花を見たり、空を見上げたり、木陰で泣いていたり……。その人を見ていて、自分とは違うと思った。俺だけじゃない、今までに会った誰とも違う。部屋に戻っても、彼女のことをずっと考えていた」
ティサリアの手を、クレイルドの大きなてのひらが包み直してくれる。
そうしてようやく、ティサリアは先ほどとは違う意味で、自分が震えていたことに気づいた。
「それからは周りが驚くくらい、俺の体調も精神面も回復していった。静養が明けて、俺はあの城に帰ることすら前向きになっていた。隠れていては、そばにいても君に会うことが叶わなかったからね。すでにギルバルト殿の邸館を去っていた君を探すと決めたよ」
(……もしかして、本当に?)
「本当に、私のことを探してくれていたんですか……?」
「今でも信じられない?」
「だって私、見た目は地味だし、中身も内気で、本当に平凡なんです。だからいつも誰かと間違えられて……」
「平凡? 俺は今まで、魅了の呪いを一瞬で解呪できて、あんなに竜に詳しくて、二階から飛び降りる身体能力を持った令嬢なんて聞いたこともない」
「私の友達は、三階でもいけます」
「じゃあ二階は君だけだ。それに俺のために王女との話を割って入る度胸のある人と、どこかの誰かを、俺は間違えたりしないよ」
そのことを言われると、反論の余地はなかった。
「あれは……そうですね。他のご令嬢ではありえないと思います」
その時は必死だったが、思い出すと自堕落な自分の生活を叫び続けていたような気がしてきて、恥ずかしさに顔が熱くなる。
一瞬の沈黙のあと、ティサリアはクレイルドと息を合わせたかのように笑った。
「思い出してよ。俺が一度だって君を見間違えたことなんてあった?」
「それは……」
ティサリアは夜会の帰りに出会ったときも、エイルベイズ邸に来てくれたときも、自分のことを見つめていたクレイルドの澄んだ瞳を思い出す。
(そうだ。今日のひどい寝不足の顔で会ったときも、クレイは視線を迷わせなかった。私のことを見てくれていた……)
今もクレイルドは、会ったときからそうしてくれたように、まっすぐに眼差しを投げかけてくる。
その真剣な顔つきに、ふと笑みが浮かんだ。
「間違えるはずないだろう? ずっと君から目が離せなかったんだ」