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31・移動販売の屋台

 *


 広場にある移動販売の屋台へ向かったティサリアとクレイルドは、それぞれ手にカップと紙袋を持っていた。


 紙袋の中身は、焼き目と表面の光沢が美しいクロワッサン。


 カップの方からは熱を帯びた蒸気が立ち昇り、中にかぼちゃの鮮やかな黄色と、細かく刻まれたハーブが緑を添えている。


 ティサリアは「今日は楽しかったので、ささやかながらみなさんにお礼をしたいです!」と意気込んで買いに行ったのだが、今は恥ずかしさに染まった顔でうつむていた。


(お財布忘れてた……)


 品物を受け取った直後、財布がないという人生三度目の過ちに気づく。


 すると後ろから片腕が伸び、クレイルドが当然のように支払いを済ませてくれた。


 ティサリアは恥ずかしいやら情けないやらだったが、この失態をきっかけに、クレイルドの様子が戻りつつあることは、せめてもの救いといえる。


「ティサリアはいつも、自分で財布を持ち歩いているの?」


「はい……。私は人違いから自分だけで行動することもあるので、財布は割と自分で持ちます。でも今日は侍女に預けたままだとすっかり忘れて、その。帰ったらすぐにお金は、」


「その必要はないよ。忘れてくれていてよかったくらいなんだ。今日連れまわしたお礼をしたかったからね」


 クレイルドはずっと見守ってくれている二人の護衛騎士に、「ティサリアからの気持ちだよ」自分たちと同じものを渡したので、ティサリアも「準備して下さったのはクレイルド王子ですが」と前置きして警護の感謝を伝えた。


 護衛の二人はずいぶん我慢していたらしい。


 ティサリアに深々と礼を告げてから、クレイルドに向かって思いやり溢れる小言を浴びせまくる。


 クレイルドはそれを慣れた様子で笑ってかわし、ティサリアと並んでそばのベンチに座った。


「驚いた。二人とも素直に受け取ったね。よっぽど君に懐いているんだ」


「懐く? 護衛の方がですか?」


「うん。こんなに平和な場所でも、普段の二人は『仕事中だから』の一点張りで食べ物を口にしないんだ。来客を連れている時はなおさらね。それなのに俺が許可を出す時より素直に受け取ったくらいだし、君に気を許して感謝している証拠だよ」


「なぜかはわかりませんが、喜んでもらえているのでしょうか?」


「そうだよ。こんな調子の俺にめげず、散歩に付き合ってくれているんだから。さっきは特に、君は俺の立場のことを考えて、ずっと庇ってくれたからね。ありがとう。おかげで同じ過ちを繰り返さずにすんだ」


(同じ過ち?)


 引っかかるような言い回しだったが、ティサリアはそれよりも、重々しく黙り込んだクレイルドが気にかかる。


 少しでも元気になってもらいたくて、そこには触れず、くだけた口調で言った。


「そうですよ。クレイルド王子がまた、危険な人だと誤解を受けると思って……私、本当に怖かったんですから」


「ティサリア……」


「だけどわかりました。今日の私が知らない人の前でも落ち着いていられたのは、あなたがそうやって隣で守ってくれていたからだって」


 ポタージュの入ったカップは、持っている手を温めてくれる。


 あつあつなので気をつけて飲むと、カボチャとミルクの自然な甘みとまろやかさに、先ほどの緊張でこわばった心までほっこりするようだった。


「だけどもう、私のことであんなに怒ったりしないでくださいね。私は──」


 言いかけたことをとっさに飲み込み、その思いに納得する。




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