31・移動販売の屋台
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広場にある移動販売の屋台へ向かったティサリアとクレイルドは、それぞれ手にカップと紙袋を持っていた。
紙袋の中身は、焼き目と表面の光沢が美しいクロワッサン。
カップの方からは熱を帯びた蒸気が立ち昇り、中にかぼちゃの鮮やかな黄色と、細かく刻まれたハーブが緑を添えている。
ティサリアは「今日は楽しかったので、ささやかながらみなさんにお礼をしたいです!」と意気込んで買いに行ったのだが、今は恥ずかしさに染まった顔でうつむていた。
(お財布忘れてた……)
品物を受け取った直後、財布がないという人生三度目の過ちに気づく。
すると後ろから片腕が伸び、クレイルドが当然のように支払いを済ませてくれた。
ティサリアは恥ずかしいやら情けないやらだったが、この失態をきっかけに、クレイルドの様子が戻りつつあることは、せめてもの救いといえる。
「ティサリアはいつも、自分で財布を持ち歩いているの?」
「はい……。私は人違いから自分だけで行動することもあるので、財布は割と自分で持ちます。でも今日は侍女に預けたままだとすっかり忘れて、その。帰ったらすぐにお金は、」
「その必要はないよ。忘れてくれていてよかったくらいなんだ。今日連れまわしたお礼をしたかったからね」
クレイルドはずっと見守ってくれている二人の護衛騎士に、「ティサリアからの気持ちだよ」自分たちと同じものを渡したので、ティサリアも「準備して下さったのはクレイルド王子ですが」と前置きして警護の感謝を伝えた。
護衛の二人はずいぶん我慢していたらしい。
ティサリアに深々と礼を告げてから、クレイルドに向かって思いやり溢れる小言を浴びせまくる。
クレイルドはそれを慣れた様子で笑ってかわし、ティサリアと並んでそばのベンチに座った。
「驚いた。二人とも素直に受け取ったね。よっぽど君に懐いているんだ」
「懐く? 護衛の方がですか?」
「うん。こんなに平和な場所でも、普段の二人は『仕事中だから』の一点張りで食べ物を口にしないんだ。来客を連れている時はなおさらね。それなのに俺が許可を出す時より素直に受け取ったくらいだし、君に気を許して感謝している証拠だよ」
「なぜかはわかりませんが、喜んでもらえているのでしょうか?」
「そうだよ。こんな調子の俺にめげず、散歩に付き合ってくれているんだから。さっきは特に、君は俺の立場のことを考えて、ずっと庇ってくれたからね。ありがとう。おかげで同じ過ちを繰り返さずにすんだ」
(同じ過ち?)
引っかかるような言い回しだったが、ティサリアはそれよりも、重々しく黙り込んだクレイルドが気にかかる。
少しでも元気になってもらいたくて、そこには触れず、くだけた口調で言った。
「そうですよ。クレイルド王子がまた、危険な人だと誤解を受けると思って……私、本当に怖かったんですから」
「ティサリア……」
「だけどわかりました。今日の私が知らない人の前でも落ち着いていられたのは、あなたがそうやって隣で守ってくれていたからだって」
ポタージュの入ったカップは、持っている手を温めてくれる。
あつあつなので気をつけて飲むと、カボチャとミルクの自然な甘みとまろやかさに、先ほどの緊張でこわばった心までほっこりするようだった。
「だけどもう、私のことであんなに怒ったりしないでくださいね。私は──」
言いかけたことをとっさに飲み込み、その思いに納得する。