3・避暑とカステラ
「ああ。聞き飽きているだろうと思って黙っていたけれど、会った時どきりとしたよ……驚くほどそっくりだったから」
ティサリアは久々の再会を果たした従兄の、唖然とした顔を思い出す。
(あれって、大きくなった妹分に対してというよりも、あまり親しくない相手から妙な態度で声をかけられてぎょっとしていたのか……なぁんだ)
「残念。いつも通りの薄いメイクだとまた人違いにあうかなって思ったんだけど、作戦は失敗だったみたい」
(まぁ、薄くしたらしたで、また別の人と誤解された気もするけれど)
そう思いながらも、さほど気にした様子のないティサリアとは対照的に、カルゼの表情は暗かった。
「すまないティサ。こんなことになるのなら会ってすぐ、似すぎていると伝えておけば良かった……」
「またカル兄が後悔してる。めそめそしてたら、ひいお爺様が怒りに来るよ」
従兄を幼い頃のように呼ぶと、彼の沈んでいた顔にわずかな笑みが浮かんだ。
「会いたいな」
「ね」
そんな思い出話は次回会う時の楽しみにする。
ティサリアは騒ぎの後始末に戻ったカルゼと別れて、会場を出た。
(だけど久々に会えて、懐かしかったな)
もう他界してしまった曾祖父が健在な頃、「避暑においで」と呼ばれた隣国で夏を過ごした。
カルゼを含めた親戚と遊んだことは、ティサリアの大切な思い出になっている。
楽しいこともたくさんあったが、大きな邸館は常に人が出入りしていたため、ティサリアは連日のように人違いにあい、それはちょっとした笑いを生んだものや、誘拐や窃盗など事件性の高い誤解もあった。
両親は小さな娘を傷つけないようにと、憔悴しながら何度も説明してくれたが、その疲れた横顔は幼いティサリアの胸の中にいつまでも残っていた。
そのため両親が大切な娘を心配すればするほど、ティサリアは明るく振舞い、本人すら静かな異変に気づけなかった。
ある日、無意識に人目を避けて木陰でうずくまったティサリアは、涙が止まらなくなる。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)
張り裂けてしまいそうな気持ちで泣きじゃくり、どのくらい経ったのか。
ふわりと甘い香りが漂ってきて、涙もぬぐわず振り返る。
そこには曾祖父の屋敷で働いているらしい、ティサリアと同じくらいの年頃の、フリフリのエプロンを身に着けた綺麗なメイドの子が立っていた。
誰かに指示されてやってきたのか、無表情、無言で、手に持っていた盆を差し出してくる。
そこには黄色くまるい形をした、どこかかわいらしい雰囲気のカステラがのっていた。
(おなかすいた……)
気づいてしまうと単純だった。
食欲をそそるかぐわしい匂いにつられたティサリアは泣くことを忘れ、自分にとって世界で一番おいしい食べ物に出会うこととなる。