27・クレイの日常
クレイルドは手を振って子どもたちを見送った。
「ティサリア、悪かったね。戻ろうか?」
普段はひとりで歩いている王子が珍しく女性を連れていれば、恋人だと思われてもおかしくはないことを気にしているらしい。
ティサリアは大丈夫だと首を振る。
普段なら人に注目されると落ち着かないのだが、今は自分でも意外なことに、少しわくわくしているくらいだった。
「もしよろしければもう少し、一緒に散歩を楽しんでもいいですか?」
「それは、もちろん。ティサリアがいいのなら」
「ありがとうございます。実は私、気になることがあるんです」
「へぇ……なんだろう?」
「散歩が終わるまでには、わかると思います」
ふたりは再び歩き始める。
(クレイが筋金入りの不器用さんだってことは、前回の面会の時にわかっているし。周囲に恋人だと思わせて、私が否定できなくなるようなやり方では、婚約の事実を作ろうなんて考えない)
クレイルドの性格上、ティサリアが望まない誤解を受けるのは良しとしないはずだ。
そこまでして自分を連れ出した理由は、一体何なのか。
それにティサリアが初めて知るクレイルドの日常は、彼らしく思えるのに意外な驚きもあり、興味を引かれた。
なにより散歩中の彼の隣は気楽で穏やかで、不思議と居心地がいい。
二人で歩くと、その後も道行く様々な人から声をかけられ続けた。
挨拶だけではない。
クレイルドは子連れの女性が袋から果物を落としたことに気づけば、自然と駆け寄って楽しそうに拾い始めるので、女性の子も一緒になって真似をした。
さらにクレイルド自身の似たような失敗談を披露して、疲れ顔の女性の笑いを取ることも忘れない。
すれ違った老夫がいつもと違う帽子をかぶっていれば、「妻からプレゼントされた」と照れくさそうに話す笑顔を引き出し、道に迷っている観光客を案内すれば、わずかな会話から好みの傾向を察して、穴場の名所と店まで教えることも難なくこなした。
ティサリアも一緒に付き添い、時には加わりながらも、気軽なのに心のこもった対応をするクレイルドに改めて思う。
(クレイと話している人は、みんな楽しそうだな)
前回ティサリアの家へやって来た時の家族と、今回の町の人の笑顔が重なった。
「クレイルド王子は、どんな相手にも気さくに応じるのですね」
「そう?」
「そうですよ。気づいていないんですか?」
人だけにとどまらず、屋根を歩く猫はのんびり鳴いて声をかけてくるし、散歩中の犬も嬉しそうにしっぽを振ってくれる。
「そんな風に見えるのなら、みんなが俺に対してそう接してくれているおかげかもね」