24・隣国の事情
「もしかして、クレイルド王子も竜と意思疎通ができるのかな? 彼なら竜騎士になるのも似合いそうだね」
「それがアルノリスタ王国はこの国と違って、竜は凶悪害獣の認識なんだ。特に五十年ほど前の、巨竜に乗ったならず者が国内で酷い略奪と破壊をくり返した過去の印象が強くてね。竜と聞くだけで毛嫌いする人もいるよ」
「そうなの? 個体差はあっても、特に幼竜だったら人がお世話すれば懐くのに」
隣の国だというのに、事情が違うらしい。
「じゃあ……王子の見つけた幼竜はどうなったの?」
「やはり危険だと討伐対象になったようだね。しかし竜の尾を二股に裂く怪我を負わせただけで、北の方角に飛び去ったらしい」
ティサリアはまだ幼かったはずのクレイルドの気持ちを思うといたたまれなくなり、胸の前で自分の手をぎゅっと握りしめた。
「王子はどうしていたの?」
「どうしても竜を助けたかったのだろうね。少年らしく元気すぎるほど……いや、少年とは思えないほど派手に暴れて、謹慎処分を受けたそうだよ。でもそれがきっかけになって、クレイルド王子は危険な竜に魅了されたせいで狂暴化しているとか、反逆の呪いを受けて邪悪だとか、色々言われるようになってしまってね。反竜派の人間たちがクレイルド王子暗殺を企てる噂まで出てきたところに、突然静養という建前で行方をくらませたんだ」
(クレイはきっと、その竜を探しに行ったんだ……心配で)
「それでお父様は、私が王子と会った可能性があるかもしれない、と言ったのね。ひいお爺様の住まれていた領内周辺が、彼の『静養』していたところだと予想して」
ティサリアは手を伸ばし、そばの棚から一冊の本を取り出すと、父に表紙を向けた。
「あの領の北にそびえる『偉大なる巨大山脈ノウズディーム』は、竜が身を隠す巣をつくるのにいい場所だから」
ティサリアは手に持った本をぱらぱらめくる。
表題の通り、時折現れる挿絵には険しくも壮麗な山脈と、雄々しく飛び立つ竜が描かれていた。
クレイルドは探していた幼竜と再会できたのか。
今も、クレイルドと竜は関わりを持っているのか。
それとも、負った怪我やその後の討伐により、竜は命を落としてしまったのか。
ティサリアの中で様々な疑問が渦巻き、心を揺さぶった。
「ティサ」
父が急に鋭い声になったので、ティサリアははっとして顔を上げる。
「何、お父様?」
「君がマルエズ王国の者らしく、竜に親しみを感じているのはわかっているよ。しかしアルノリスタでは、竜との因縁が深い地域もあることを聞いたね。君がクレイルド王子に起こった出来事を聞いて、胸を痛めるのは当然だと思う。だけど人の心の傷が絡んでいる事柄に触れるのは、慎重になる必要があるよ」
父の真剣な瞳が、まっすぐにティサリアを案じている。
「それに人と竜の関係を安易に判断してはいけない……僕より君の方がわかっているね」
「もちろん、畏敬の念を忘れてはいません」
姿勢を正して答え、付け加える。
「お父様、いつも心配をかけてごめんなさい」
父はひるんだように口をつぐみ、それから苦笑した。
「参ったな。娘に気をつかわせてしまうなんて。情けない父親だね」
「そんなこと絶対にないよ。お父様は私にとって、いつだって自慢のお父様だから」
父はひとつ息をつくと、一人用の円卓の前に立ち、置かれていた瓶とグラスを取る。
そしてゆったりとした手つきで透明な液体をグラスに注ぎ始めた。
「ティサが僕たちの所へやって来てくれた時のことを、今でも覚えているよ。こんなに愛しい君が望むことなら、余計な心配は必要ない。どんなことだって一緒に喜べると信じていたはずなのに……。それがどれほど困難なことか、今ならよくわかるんだ。マイリーを見習わないとね」
「お父様……私も同じだよ。私だってお父様のことが大切だから、心配だもの」
娘の言葉に、父の目元が和らぐ。
「ありがとう。さぁ、お互いそろそろ休もうか」
ティサリアは頷くと、父が自然と手にしたグラスを見つめて、いつも思っていたことを口にしてみた。
「だからお父様。休むと言いながらお酒を飲む癖は、ほどほどにね」




