23・クレイと幼竜
「彼は僕の意図を全て理解して、それを失礼にならない建前で全て回避したんだ。久々に楽しかったよ」
どうやら、クレイルドは父の目に適ったらしい。
(というか、他に適う人いるのか疑わしいくらいだけど)
「趣味もいい。彼ならまた気の利いた酒を持ってきてくれるだろうね」
(それが本音のようにも聞こえるな……)
「それで、ティサから人払いをお願いしてまで、彼と二人きりになって何を話していたんだい?」
「あの……ええと。知らない人に個人情報を明かす危険性とか、王族と呪いの因果関係について少し……」
「なるほどね。ティサもそろそろ親に秘密を持つような年頃か」
父の想像していそうな色気のある語らいではなかった気もするが、ごまかしていることはバレているので、弁解するのも気が引けた。
「つまりティサは僕に、彼を逃すつもりはないという話をしにきたんだね?」
「えっ」
「あれ、違うのかい? それなら何の話かな」
父の書斎に招かれる。
さほど広くはないが、四面をみっちり書架に囲まれているその空間には、古びた紙とインクの染みた独特の香りがなじんでいた。
ティサリアは高い位置の本を取るためにかけられた、はしごの段に腰を落とす。
人に聞かれたくないことを話したい時、父はいつもここへ呼んでくれた。
「あのねお父様。クレイ……ルド王子は小さい頃、色々な所へ出歩いたという噂を聞いたの。もしかしたらひいお爺様の邸館で避暑に行っていた時、私と会ったりしている可能性とか、あるのかなと思って」
「ああ。確かにあるかもね」
「あるの!?」
「ずいぶん驚くね。何か思い当たることでもあるのかい?」
「……ううん、何もないから驚いてたの。お父様はどうしてそう思うの?」
「君のひいお爺様……ギルバルト様の邸館で過ごした頃はちょうど、クレイルド王子が体調を崩して静養されていたという時期に重なっているからね。実際のところ、王子は静養していたのではなく、どこかに身を隠していたのではないか、という話は有名なんだよ」
(そういえば、お母様もクレイが行方不明になっていたという噂を話していた気がする)
「おおやけには『静養』されていることになっていたけれどね。王子が消息を絶っている間、反逆の呪いを受けた彼は略奪を働いていたとか、暗殺から逃れるために匿われていたとか、竜を捕らえていたとか。色々な憶測がされている」
(なんだか物騒な話ばかりだけど)
「そういえば、王子が凶悪竜を捕まえたって噂を聞いたような……」
「ああ。彼は以前に、王城の近くで怪我をした幼竜を見つけて、こっそり育てていたそうだよ」
「へぇ、野生の幼竜を見つけるなんて珍しいね」
ティサリアの住むマルエズ王国では、騎乗用に改良されている品種の竜も多く、竜騎士は男の子のなりたい職業ランキングの上位に並ぶ憧れだった。
ティサリアも厩舎で育てている幼竜を何度も見ている。
近づくと餌がもらえるとわかっているのか、大きな口を開けて無邪気に餌をねだる様子を思い出すと、懐かしさと愛らしさに自然と顔が緩む。
(クレイはきっと、怪我をした竜を放っておけなくて、大切にお世話していたんだろうな)