20・姉妹の思い出
扉越しのマイリーンから返ってきた反応は、どことなく張りがなかった。
(あれ、元気がない? 夕食の時はあんなにはしゃいでいたのに。やっぱり珍味を食べた後に大量の水を飲んだせいで、具合が悪くなったとか?)
気になって部屋に通してもらうと、マイリーンは拒否することもなかったが、やはり沈んでいるように見えた。
「気分でも悪いの?」
「逆よ。今日の出来事を一人で考えながら、幸せをかみしめていたの。お姉様、クレイルド王子と出会えてよかったわね」
(具合が悪くないのは、よかったけれど……)
言葉にそぐわず、なぜか意気消沈している。
「マイリー、どうしたの? 幸せをかみしめていたという割に、深い悲しみに囚われている気がするんだけど」
「それは違うわ。ただ、お姉様がどんな困難な恋をすることがあっても、誰が敵に回っても。私だけは絶対に応援しようって決めていたのよ」
「? ありがとう」
「だけど今日お会いしたクレイルド王子って、全く問題がないというか……非常識なところといえば、あの素晴らしい容姿とセンスと知識量と行動力くらいでしょう?」
「結構あるね」
「誰も反対しないと思うの」
「う、うん。平和だね」
ティサリアにとってそれは何よりだが、マイリーンは違うのか、ぽつりと漏らす。
「私が応援しなくても、みんな味方よ。誰もお姉様を傷つけないわ」
その言葉に、ティサリアは今よりずっと気弱な子ども時代、ショックを受けて動けなくなった自分の前に、いつだって飛び出してくる小さな影を思い出した。
──おねえしゃまをいじめる、ゆるしゃない!
曾祖父の邸館でたくさんの人と過ごした夏、ティサリアがへまをして一緒にいた男の子に責められた時や、いたずらをした子と間違われて大人に怒鳴られたりすることもあった。
そんな時、いつも後をついてくる幼いマイリーンは必ず姉の前に立った。
そしてあの舌足らずながらも果敢な言葉と共に、どんな時もティサリアを守ろうとしてくれた。
(私はお姉さんなのに……いつもマイリーに助けてもらってばかりで、恥ずかしくて、呆れられているのかもしれないって、心のどこかで怖かったけれど。マイリーはそんな私との思い出まで大切にしてくれているんだ。きっと今も)
ティサリアは妹の白くて綺麗な手を取った。
それは小さい頃のふっくらとした手ではなく、細くしなやかに伸びて、すでに幼女のものではない。
しかし手を繋げばいつだって、あの頃と変わらない気持ちが込み上げてきた。
「マイリー……私はね、あなたが妹として生まれてきてくれて、いつも助けてくれて、悲しいことだって嬉しいことに変わっていったの。今まで本当にありがとう」
包んだ手に少し力を込めると、マイリーンはうろたえた。
「お、お姉様、どうなさったの!? まるでクレイルド王子との挙式が明日に迫ってのセリフに聞こえるのだけれど! それはちょっと早急というか、今までのようにお姉様を追いかけられなくなるなんて私、まだ心の準備が……」
「その準備はいらなさそうだけど。ただマイリーに誤解されたくないから伝えたかったの。みんなが私を応援してくれるのなら、その先頭にはマイリーがいてくれているんだって気づいて、嬉しくなったから」
ティサリアの言葉に、先ほどまでしょんぼりとしていたマイリーンの表情が輝いた。