16・ありふれた話
「あの夜会にいたということは、ティサリアも婚約者を探していたんだよね」
「形式的にはそうなります。私は人違いにあうことが多くて、人前へ出ることに苦手意識があるんです。それを知っている親戚が、『知り合いの多い場所なら慣れる練習もしやすいから』と。そう気を利かせてくれて、招待を受けることができたんです。おかげで参加することは出来ましたが、ダンスをするお相手に会うより早く、第一王子に人違いをされることになりまして、そのまま退場という……」
「今の俺はどう思う?」
「? 今のクレイ?」
(って、呼び方!)
ティサリアはうっかり出た言葉を慌てて直そうとする。
しかしふと出た親しげな響きに、不意打ちを食らったのか。
気恥ずかしそうな笑みを浮かべているクレイルドを前にすると、何も言えなくなった。
「ティサリアにとってあの時の俺は、警備兵のふりをした見知らぬ男で、馴れ馴れしく寄って来て、付きまとってきて、予想外の相談までしてきて、本物の警備兵を呼んだ方がいいくらい怪しい奴だったと自覚してるよ」
「王子、そこまで自虐なさらないでください」
「でも今は?」
「それは……もちろん、私のためを思っての形で再会をしてくれて、家族のことも考えてくれて、事情も説明してくださって。とても感謝しています」
「だけどティサリアはまだ、俺が人違いをしていると思ってるね」
(バレてる)
「それは直感?」
(そうだ、直感を信じないなんて言っておいて、私の言い分だって証拠もない直感のような……そっか、証拠だ! ささいなことでも証拠になれば、それがきっかけになって事実がわかるかもしれない)
「あの! 王子はなぜ私のことを知っていたのですか?」
クレイルドはさっと視線を逸らすと、一言も発さずにカップをテーブルに置いた。
不自然な沈黙が流れる。
(あれ、無言でここまで拒否するなんて。そこまでキツい過去の思い出があるのなら、相手の人だって覚えている気がするけれど……私は何も思い当たらないな)
「言いたくないのなら、構いませんが。私、あなたと会った記憶がないので、やっぱり別の誰かと間違えているのだと思っています」
「それなら『相談』はひとまず置いておいて、今の君に『婚約』を考えてもらうことはできる?」
「……あまり変わらないような気もしますが」
「そう? 先日の『相談』は俺が今まで探していた人に向けて。今日の『婚約』はあの夜に会ってからのティサリアに向けて。婚約の申し込みを検討して欲しいと言ったら、ティサリアはどう思う?」
このように家同士のやりとりから王族や貴族が婚姻関係を結ぶのは、ごくごくありふれた話といえる。
しかも声をかけてきた相手は、温暖な国土面積が広く交易拠点としても栄える、豊かなアルノリスタ王国の第二王子だ。
彼のたぐいまれな容姿は見た通り、身分の高い者特有の気取った様子や傲慢さもなく博識で、目的のためには努力を惜しまず、人への思いやりも心得ている。
二度ほど会っただけでも伝わる一途さからは、伴侶に求めたい安心感もあった。
先ほどの様子だと、家族も喜んでくれる。
内気で地味で平凡な自分に舞い込んでくるには、もったいない話にしか思えない。