11・再会の日
部屋の外から一部始終を見守っていた母が、そっと入って来た。
「ティサ、家族のことを心配しているのなら、無理をしなくてもいいと思うわ。お父様は大切な娘のためなら、こういうことは上手に断れるような頼もしい人だもの。みんなで協力すれば、乗り越えられることだってあるしね。だけどあなたがどう考えているのか、それを聞かせてくれないかしら」
古代の大聖女を起源とする系譜に名を連ねる母は、控えめながらも不思議な雰囲気のある眼差しで、娘の真意を知ろうとするかのようにじっと見つめる。
家族のことを一番案じている母だが、当人の意思を一番尊重してくれるのもまた彼女で、ティサリアは勇気づけられるような気持ちになった。
「無理をしているわけじゃないの。実は私、解呪を施した彼の予後に問題がないのか、気になっていて」
「予後というのは……先ほど話していた、呪いが解けた王子の体調のことね?」
「そう。だから私、彼の体調の変化や様子を確認したかったの。どんなお話かはわからないけれど、あちらから声がかかって会えるのなら、ちょうどいいなと思っていて。呪いは『解くだけなら三流』だからね」
師匠の言葉を忘れないティサリアに、マイリーンは感動したのか頬を染める。
「お姉様……素敵すぎるわ」
その言葉に父と母が笑い出し、先ほどの雰囲気から一転、家族はいつものほのぼのした感じになった。
***
こうして隣国、アルノリスタ王国の第二王子とティサリアの再会は決まった。
しかしティサリアの父は格上の王家に大人しく従い、娘を彼らの命じる所へ出す気などさらさらなかったらしい。
手紙から読み取れるのは、王子側がティサリアに一刻も早く会いたがっていて、しかし理由の明言を避けていることだった。
父は警戒を深めながらも限られたやりとりの中で周到な流れを作り、「ぜひ我が家で」と話をまとめることに成功した。
それからのエイルベイズ邸は清掃やら手配やら。
家族も使用人も怒涛の日々を乗り越え、あっという間に王家側の待てる限界だというと五日後となる。
やはり朝からも大忙しで、前回に夜会のメイクを施した侍女は、あの婚約破棄事件のようなことを引き起こしたくないと願うあまり、ティサリアを前回の華やかさとは全く違う、とても清楚な感じに仕上げた。
若葉色のドレスに自然な感じでまとめた金髪、小ぶりな装飾品やコロンの香りもさりげなくて、良く似合っている。
似合っているが。
(……誰?)
ティサリアは鏡台に映った自分の容姿に唖然とする。
(この姿で会ったら、夜会の私と同一人物だって絶対わからないよね。だけど直してもらっても、結局他の誰かになるのは過去で何度も証明されているし。ここまでくると、私自身ですら間違えそう……ん?)
別人に変貌したティサリアは、斜め後ろから視線を感じて振り返る。
マイリーンは姉とかぶらないように、ラベンダー色のしとやかなドレスに身を包み、しかし幼い頃から変わない様子で姉に憧れの眼差しを投げかけていた。
「お姉様……可憐すぎるわ」
「ありがとう。マイリーもすごく似合ってるよ。もともと華やかな美人だから、遠くから見てもマイリーだってわかる存在感があるし、とっても素敵だね」
「そ、そんな。まさかお姉様から、そんな光栄な言葉をかけていただけるなんて……」
ティサリアに褒められると、マイリーンはいつものようにもじもじし始めて、緊張した心も少し和んだ。
いよいよ待ち合わせの時刻になる。
盾とグリフィンが品位を醸し出す、アルノリスタ王家の紋章が入った馬車は、エイルベイズ邸に到着した。