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1・夜会での婚約破棄、追放付きですが全て人違いのようです

(どうしよう……)


 慎ましくも平穏を望むティサリアは今、会場中の注目を集めていた。


 その原因──いかにも高級そうな夜会服を身にまとった青年が彼女を指差し、高らかに言い放つ。


「貴様が婚約者である僕を侮辱し、メアリー嬢に陰湿な嫌がらせを繰り返したこと、忘れたとは言わせない!」


「あ、あの」


「今告げた数々の悪行、見過ごされると思うな! 僕は今、貴様との婚約破棄を宣言する!」


 予想外の出来事に、ティサリアはしばし言葉を失った。


 どうだ、といわんばかりに指さしてくる青年は成人を過ぎているようだが、整いながらもどこか幼さの残る顔をしていて、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。


 そんな彼から、ティサリアは何か嫌なものを感じる。


 しかしそれは自分が今、居心地が悪いほど目立っているせいだろうと、この時は思った。


 ティサリアは少しためらった後、やはり正直に答える。


「覚えがありません」


 淡々とした言葉が、静まり返っていた会場に妙に響いた。


 想像していない返事だったらしく、青年は声を詰まらせる。


「な……」


「驚きのあまりお伝えすることが遅れてしまい、申し訳ありません。私には身に覚えのないお話です」


 静かに告げるティサリアに対し、青年はぽかんとしていたが、すぐ侮辱されているかのような勢いで顔を赤らめた。


「な、なんだとっ! 僕を批難し、メアリー嬢に陰湿な嫌がらせを繰り返したこと! 知らぬ存ぜぬでとぼけて、恥ずかしくないのか!」


 引っ込みがつかないのか大声で言い張っているが、どう足掻いてもこれは彼の人生の黒歴史になることに間違いない。


 気の毒に思ったが、ティサリアに伝えられることはこれしかなかった。


「人違いではないでしょうか」


「なんだと! 僕が婚約者を間違えるなんてひどい侮辱だぞ! エリザベート・ディナ・ライズベル!」


(やっぱり……)


 どうしよう、とティサリアは豪華なシャンデリアの輝く会場を見回す。


 周囲の視線は今、好奇の色で青年と自分に向けられているが、自分がそのエリザベートだと思われているのかまではわからない。


 くすくすと周囲から失笑が湧く中、囁き声もちらほら飛び交った。


「つまり、殿下は不埒な考えを正当化しているように聞こえるのだけれど」


「最近、もともと浮ついた殿下の行動が、さらに拍車をかけているとは思っていたが……」


「あの男爵令嬢に憑りつかれたかのように夢中という話は、本当だったのね」


 青年のことらしき妙な噂話に、ティサリアは先ほどから彼がまとっている違和感の正体に思い当たる。


(あっ、もしかして)


 ティサリアが目を細めると、一瞬、青年から煙のような嫌なものが立ち昇っているのが見えた。


 その時、この夜会で久々に会えた従兄のカルゼがティサリアの元へ駆けつけようとする姿を、視界の端にちらりと捉える。


「ティサ……!」


(待って)


 ティサリアは声を上げようとする従兄へ向けて身振りでそれとなく制すると、少々変わった呼吸法で息を整えて意識を青年に移した。


 次第に、煙のような異様な揺らぎが青年から立ち昇っているように見え始める。


(珍しい、それもなかなか厄介なものに絡めとられている……魅了の呪い)


「エリザベート、僕の話を聞いているのか!?」


 青年は声を荒げ、なおも自ら黒歴史を強化するつもりらしいが、ティサリアの意識はすでに外の気配を遮断している。


 小さく、しかし腹に念を込めながら、不思議な抑揚のある詠唱を紡ぎ出した。


『……リ・エド……マ』


「何!? なんだその、ぶつぶつと妙な言葉を話し始めて……っ! まさか貴様、僕の学生時代の外国語成績を知っていることをいいことに、わからない言語で陰口でも言っているのだな!? 少し成績が良いからといって卑劣な女め!」


『ドゥ、ル、イグノ……』


「僕は貴様の無礼な振る舞いや陰険さには飽き飽きしていた! 他にも罪状はある。もう二度とこの国の地を踏めると思うな! 貴様に国外追放を言い渡す!」


 高らかな宣言と共に、一筋の風が青年の額を突き抜けた。


「はぶっ!!!」


 青年は白目をむいたまま、仰向けに倒れる。


「で、殿下!?」


「自らやってしまった引っ込みの付かない事態に耐えられず、気を失われたのか?」


「だけど声も動きもお間抜け過ぎますわ」


 周囲の動揺の中、ティサリアは解呪を終えて少し上がった息を整える。


(人違いとはいえ、国外追放って……隣国にある家に帰れってことかな? それならもちろん、言われなくても)


 ティサリアはくるりと踵を返す。


(疲れた……あのカステラ食べたいな)


 気が緩んだせいか、懐かしの味を思い出しながら歩いていると、先ほど身振りで制止を伝えた従兄が慌てて駆け寄り、ティサリアに歩調を合わせて並んだ。



お試ししてくださって、ありがとうございます!

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