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第9話 そして混沌は踊る

 嵐のような慌ただしさで、玄関から大原さんが出て行くのが聞こえてきます。


 それを、追いかけるでもなく、見送るのでもなく、私は椅子に座ったまま思考に浸ります。


 やがて嵐のあとに静寂が訪れ。


 今日も一人。


 先週、大原さんが家中を掃除してくれたお陰で、部屋にはまだちりやほこりは積もっていません。


 ですが、それは、まるで人の生活感がぬぐいさられた、見知らぬがらんとした場所のようで孤独感に息が詰まりそうです。


 大原さんがよくしてくれるのはありがたいのですが、彼女が知っている私は柿崎冬彦。


 柿崎春樹ではありません。


 そして、柿崎冬彦は10月の3年生の引退と同時に、大原さんの前から姿を消すのです。


 おそらくは永遠に。


 それでも、大原さんと過ごす時間を大切にしたい。私には妻が、大原さんにはご主人がいるのだとしても。


 人気ひとけのない部屋は、もう初夏だというのに、薄ら寒く、大原さんが訪れるようになってからというもの、その寒さ、寂しさを身にしみて感じます。


 去った後の、帰ってしまった後の残り香のような、うつつか幻かわからないぬくもりをいつまでも探しているのです。


 妻がこのことを知ったら悲しい思いをするとわかっているのに。


 いや、知るはずがないとわかっていても、罪の意識が私を捉えて離すことはないでしょう。


 そんなとりとめのないことばかりが頭の中をめぐり、気がつけば、いつの間にか夜中になっている日々を過ごしています。


 ここ数日は特にひどく、眠れないまま朝を迎えて仕事に出ることも増えました。


 私が欲しいのは妻とのつながりなのに、別の女性のぬくもりを求めてしまう。


 これが男のさがだとすれば、なんと情けないことでしょう。


 結局、今夜も眠れず、次の火曜日になるのを指折り数えてしまうのです。


 待ち焦がれるのが、いつしか妻と会える土曜日でなくなったことにかすかな痛みを覚えつつ。


 ❑❑❑❑❑


 玄関の灯りが輝いて見えます。今夜はいつもより早く帰ったからでしょうか。わたしにとって何よりも大切なもの。わたしの家庭。


 けれど、玄関を開けると、見慣れない靴が一足。啓太の友達が来てるのかしら?


 でも、人の気配がするのは、玄関脇の娘の部屋からです。


 わたしは、そっと、部屋の前に立って中の様子に聞き耳を立てました。聞こえてきたのは。


 ……抱くよ。……どこがいいのか、言えよ。……こんなにして。お前、これ、舐めるの好きだよな。


 ……恥ずかしいよぉ。ちゃんと、これ、入れて、お願い。


 男の声と娘の声がとぎれとぎれに聞こえてきました。


 不純異性交遊の現場です!


 わたし、どうしたらいいの? よりによってうちの娘が! まだ中学生なのに! 夜、男を連れ込んで何やってんのよぉ!


 それもこれもお父さんがいないから、単身赴任なんかするからいけないのよぉ。娘が不良になっちゃったぁ。どうしよう。


 でも、親として見過ごすわけには……


 わたしは意を決してノックしました。さりげなく、さりげなくね。


 トントン。


「いずみ、入ってもいい?」


「お母さん?」


 ドアを少しだけ開けてくれました。


 中を覗かれないように、隙間から片目がこちらを覗いています。


 なんか怖い。


 昔の人の言葉、深淵を覗く者は……いえ、思い出したのは、ホラー映画。


 あんた、テレビの画面から出てきたんじゃないわよね? 四つんばいになって。


 セックスしている瞬間を親に気づかれていたことを知ったとき、どれほど気まずいかはよくわかります。


 わたしの実家に夫が泊まった翌朝の食卓、誰も一言も話すことなく過ぎたあの地獄の時間。


 わたし、聞こえちゃうからイヤだって、そう言ったのに……


 だけど、そんなふうに睨まなくてもいいじゃない。悪いのは、いずみ、あんたなのよ。


 震える心を抑えつけ、「お友達?」とたずねます。


 ドアの隙間から娘が着ているのが学校の制服だとわかりました。


 裸でないことにほっとします。


 いえ、まだ安心はできません。まさかとは思いますが、今、ブレザーを羽織ったとか?


 そのブレザーの下、裸ってことはないよね? あんたのお父さんはそういうのが大好きなんだけど。


「なんで? ねぇ、なんでこんな早くに帰ってきたの!」


 完全に逆切れです。


 交尾の最中に引き離された犬のようにギャンギャンわめいています。


 それでも、親として言うべきことは言わなければなりません。相手のことも知っておかないと。


「打ち合わせが終わったから。ねぇ、開けてくれない?」


「いやっ!」


「誰か来てるんでしょ? ご挨拶しなきゃ」


 あせる娘に、ますます説教タイムの必要を感じます。


 けれど。


「何言ってるの! いつもは遅くまで帰ってこないくせに。今日に限ってなんでよっ!」


 泣き叫びながら、わたしの痛いところをついてきました。


 わたしにだって言い分はあります。でも、それはこの子には関係のないこと。


 人さまの家庭の事情を、娘とはいえ、必要がないのにぺらぺらと喋るつもりはありません。


 さて、どうしようか。


 娘の対応に思案し始めたとき、ドアがゆっくりと開きました。開けたのはまだ十代の男の子。


 高校生? でも……


 ドアの向こうから聞こえた女慣れした言葉とはかけ離れた印象に驚きます。


「はじめまして。柿崎洋一郎といいます」


 こちらから問いただす前に挨拶を始めました。


 きちんとした態度に親の教育が行き届いていることがわかります。うちの息子にはけしてできないことです。


 でも、そんなことより、柿崎?


「いずみさんとは同じ中学なんです。中間試験が近いので二人で勉強していました。夜遅くまでお邪魔してしまいましたが、もう帰るところでした。心配させて申し訳ありませんでした。こういうことは二度とないように気をつけます」


 この子、いずみと同じ中学で、同じ学年なの? そして柿崎君なんだ。つまり……


 自然と口がほころびます。


 このところ抱いていた疑惑が一気に解消できそうな状況に。


 いや、でも、今はそれどころじゃない。


 わたしは制服姿の娘を下から上までじっくり見回し、シャツやネクタイリボン、スカート、髪の毛に乱れがないことを確認します。


 ついでに口許も。あと、さりげなく男の子の股間のあたりも。


 どうやら、早とちりだったようです。


 わたしの想像どおりのことをしていたら、シャツの首元くらいは緩めているはず。


 締めたままじゃ苦しいもんね。あれ。それに、柿崎君の股間も波うってないし。


「その目、やめてよっ!」


 娘が冷たい瞳を向けています。


 こんな間近でこの子の顔を見るのは久しぶりのような気がしました。


「あたし達はやましいことなんかしてない! 自分がそうだからって人も同じだと思わないでっ! この人はね。あたしとあんたがいけないことしてると思ってこの部屋に来たの」


 男の子の腕に自分の両腕を絡ませながらわたしを睨みつけています。


 ですが、ドアの向こうから聞こえてきた言葉や男にすがろうとする態度は、身体からだを何度も重ねて快楽を覚え、男に溺れきった女のものです。


「見て。あの顔!」と叫んでいる姿も、あんたこそ鏡を見てごらん、その情婦おんなにしか見えないわよと、無視します。


「自分は今まで男と会っていたくせに! お父さんがいないのをいいことに浮気していたくせに!」


「なんてこと言うの!」


 我慢して聞いていたら、ありもしないことを他人の前でぺらぺらと。


「図星でしょ。火曜日はいつも12時過ぎまで帰ってこないじゃない! それなのに、今日に限ってなんで早く帰ってきたのよ!」


「いずみ、やめろよ」


 いずみ? 親の前で呼び捨てにするくらいの仲なの?


「今日は彼の誕生日だから一生懸命考えたのに。なのに、こんなのひどいよ」


 わたしがひどいような言いぶりですが、どうやら、娘が怪しげなことを企んでいたことは間違いありません。この取り乱し方、あの悔しそうな目が証明しています。


 でも、止めに入るのは親として当然のこと。娘はまだ中学生。節度あるつきあいってものがあるはずです。


 ドア越しに聞こえた言葉と、やましいことはしてないと言う娘の言葉。さて、どうするか?


 ……まあ、いいか。


 いまさらどうしようもないこと。バージンじゃなくなってもわたしの大切な子供に変わりはないし。それにいつかは経験することだもんね。


 焦らない。焦らない。人生はまだ長いんだから。


 きちんと避妊することを教えて、準備を怠らなければ、人生が大きく変わることはないはず。はずだよね?


 それなら、今するべきことは。


 ……そう。柿崎君。キミだね。


 わたしはこの男の子にターゲットを絞り、情報収集をもくろみます。


 先ほど娘が漏らした今日が誕生日だという情報と、柿崎さんの甥っ子の誕生日が近いという情報が、かちりと音を立てて噛み合いました。


 ならば。


「ねえ、柿崎君。夕飯、まだだったら食べていかない? それならいずみもいいでしょ」


「でも、ご迷惑じゃ……」


 じゃないのよ。柿崎君。


 多分、あなたはわたしの知りたいことを教えてくれるんじゃないの?


 わたしは今悪い顔をしています。


 娘はそれと知ってか不安な顔でわたしと柿崎君を交互に見ていました。


 ❑❑❑❑


「そうなの? 柿崎君も剣道部なんだ。啓太もそうなのよ」


 突然の夕食会なので、ありあわせの食材でカレーを作りました。


 娘は不満そうに一口でやめましたが、お客さまはおかわりをして満足そうです。


「柿崎君、今日が誕生日なんだってね。おめでとう」


「ありがとうございます」


「ご家族もお喜びでしょう」


「はい。両親は仕事で忙しくしているので、次の土曜日に家族で食事に行くことになってます」


「まあ、ご両親ともお仕事で忙しいの? 剣道部のほうは大丈夫? 着替えとか、洗濯とか」


「その程度のこと、自分でできますよ」


「あら、あら。自分でできるなんてすごいわね」


「夕飯とか、弁当も自分で作ります」


「なんでもできるのねぇ。立派だわぁ。でも、ご両親が遅いと、夕飯のとき、一人でさみしくはないの?」


「もう慣れました。それに、近くに叔父が住んでいるので、困ったときはそちらに行ってます」


「剣道部の後援会は叔父さまが?」


「そうなんです。本当は親がしなきゃいけないんですが、うちは事情がありまして」


「あら? ごめんなさいね。どこのご家庭にも事情はあるものね。言いたくないことだって。これ以上聞いちゃうと柿崎君も困るかしら」


「いえ、そんなことは。本当に大した理由じゃないんです。実は」


 そうやって聞き出したのは、柿崎君の叔父さんの話。


 事故が原因で意識不明になった恋人がいること。毎週土曜日にはお見舞いに行っているものの、その身内の人が心配して、面会時間には誰かが病室に待機していること。そんな叔父さんの行動に不安を感じた柿崎君のご両親が、新たな生きがいにならないかと、叔父さんを後援会の役員になるよう手を回したこと。


 そして、最近、叔父さんにまわりに女性の影が見えること。


「うちの親は相手の女の人のことを気にしてるんですが、僕は、叔父が新しい人生を歩くきっかけになればいいと思ってるんです。叔父は優しくて、僕にとってはとてもいい叔父さんなんです。


 色々と面倒も見てくれるし、知らないことを一杯教えてくれました。周りとか、環境が合わなくて思いどおりの人生になっていませんが、このまま一人で生きていくのは心配ですから」


「でも、恋人が目を覚ましとき、叔父さまの隣に別の女性がいたら悲しむんじゃない? 叔父さまは恋人の目が覚めるのを待つと思うわ。いつまでも」


「実は、もう長くないらしいんです。入院中に不治の病気が発症して、意識不明なので治療もできなくて」


「癌とか?」


「そう、それ。癌だったかも」


「腫瘍、手術で取れないの?」


「あちこちに転移して、もう無理みたいです」


「そうなの。お気の毒ね」


 こんなにすらすら話してくれるなんて。柿崎君、あなたの叔父さまというか、家族の秘密がだだ漏れになってるわよ。他人様の事情も併せてね。


 この子、大丈夫かしら。少しおだてたり、誘導したり、かまをかけただけなのに、こんなに口が軽いなんて。


 しかも、都合が悪いことは嘘でごまかそうとするのね。なら、勉強していたというのは本当のことかも。


 いずみ、あんたがしっかりしないと、柿崎君、あんたとの関係を友達に洗いざらいしゃべっちゃうわよ。


 武勇伝に似た尾ひれもくっつけてね。


 知らん顔でとぼけたり、適当にあしらったり、話をはぐらかすのは不得手というか、まだできないみたい。


 おつきあいは慎重に。変な写真は撮らせないこと。


 あと、余計なことは言わないようきちんとしつけておきなさい。できれば弱味を握っておくといいかも。


 後で忘れずに言わなきゃと娘を見ると、半眼で柿崎君を睨んでいます。


 あらあら、柿崎君がわたしと話してばかりいるので面白くないのかしら? まだまだ子供ね。


 でも、半眼は怖いからやめたほうがいいわよ。好きな男の子の前で見せちゃだめ。


 夜、彼氏が一人でトイレにいけなくなっちゃうから。


 ❑❑❑❑


「ごちそうさまでした」


 柿崎君が玄関から出ていくのを見送る娘を見ていると、昔の自分の行動を思い出します。こんなふうに娘も一歩ずつ大人になっていくのかと思い、嬉しくなります。


 けれど、何があったのか、急に自分の部屋に入ったかと思うと、すぐに出てきて、柿崎君を追いかけるようにして出ていきました。


「いずみ、どこいくの?」


 娘に声をかけて、初めてわたしはまだ息子が帰ってきていないことに気づきました。


 あの子、こんな時間まで何してるの? まさか、いずみが帰ってこないように何か言ったんじゃないでしょうね。柿崎君と何かするつもりで。


 もちろん勉強じゃなくAとかBとかCとか。


 窓の外に息子の姿を探します。


 まだ帰ってこないのかしらね。うちのポチ、じゃなかった啓太。


 ……いやだ。街灯の下でキスしてるカップルがいるじゃない。やめてよね。町の風紀が乱れるわ!


 ……って、あれ、うちの娘だよ。


 相手は柿崎君? しかいないか。でも、あんなところで? まるでスポットライトみたいになってるわよ。


 やめてよぉ。ご近所で変な噂が立ったらどうするのよぉ。まる見えだってわかってるのっ? このばか娘っ!


 あの様子では初めてのキスではなさそうです。


 突然、娘達が、わたしが家に帰るまで何をしていたのかが気になりました。


 どこまで進んでるの? あんた達は。


 娘の部屋のドアを開け、目を凝らしてチェックします。ベッドの乱れは……ないわね。


 ベッドの下はどうかしら?


 ……見つけてしまいました。


 何? これ? 紐? いえ、Tバック? 違うわ。だって、前も紐だもの。


 紐だけでできてるショーツ!


 これで何を隠すつもりなの? 何も隠せないわよ。


 これ、おしゃれとか、そんなレベルじゃないわ。どこで買ったのよ。ていうか、どこで売ってるの? どうやって知ったのよ。こんなもの。


 恥ずかしくてわたしには買えないわよぉ!


 だから、これは没収ね。


 他にもありそうよね。この際、徹底的に調べておかなくちゃ。


 わたしは四つんばいになって、ごそごそと物色を続けます。


「何を、してる、の?」


 地の底から響く声に振り返りました。


 いつの間にか娘が戸口に立っていました。


 体を震わせて怒っています。これはやばい。


 そして、私が持っている紐パンに気づくと、カッと目を見開きました。


 目で人を殺せたなら、わたしは死んでいたかも。


 レーザーとか出したりしないわよね。あんたの目。


 そんなふうに産んだ覚えはないんですけど?


「返してよ。それ!」


「だめ!」


「あたしが買ったのに」


「どうやって買ったの? こんなもの」


「……ネットで」


 ふうん。スマホを使ったってわけね。


 こういうのって、購入履歴に加えて住所と名前、年齢が相手に記録として残るからいやなんだけど。


 まあ、しかたないか。やっちゃったことは。でも、今後、あんた宛てのダイレクトメールは、悪いけど、全部開封して検閲させてもらいますからね。


「こういうの買うの、恥ずかしくなかった? あきれたわ、あんたには」


「だって、お母さんの名前で買ったから」


 ぶちぃ!


「なんですってぇ! このばか娘っ!」


「ごめんなさい。どうしてもほしくて」


「何に使うつもりなの。こんなもの」


 言ったと同時に気づきました。こんなもの、使い道なんて他にあるわけないじゃない! やっぱり! してたのねっ!


「まさか、あんた、柿崎君とセックスしたの?」


「してないわよっ! 何言ってるの!」


「じゃあ、なんでこんなもの」


「今日は彼の誕生日だから、……その、……あたしの……」


 ははん。そういうこと?


 うちの娘は彼氏の誕生日にバージンをプレゼントしようとしたんですね。親の留守を狙って。


 この紐パンはさしずめプレゼントにかけるリボンってところかしら。


 そういえばリボンに見えないことも……見えないわね。……無理!


「わかった。もういいわ。でもこれは没収よ。もう二度と買わないで。あんたはまだ中学生なんだから。いいわね」


 不服は認めません。娘も私の剣幕にたじろいだのか、もう何も言いません。うつむいて立ちつくしています。


 わたしは紐パンを片手にドアに向かおうとして、ふと気になり、振り返って娘に聞きました。


「ねえ、あんた、今、何履いてるの?」


 娘の顔がこわばり、一瞬で真っ赤に染まりました。


 両手がスカートを抑えつけ、嫌でも察しがつきました。


 そこが罪のありかだと自白しているのですから。履いているのは、おそらく紐パン2号。


 この、あばずれがっ!


 スカートを抑えつけようとする娘の手を払いのけ、更に手を伸ばそうとすると、逃げようと後ろにさがります。


 逃さないっ!


 更に手を伸ばします。さらにもう一歩さがった娘の膝の裏がベッドの端に当たり、逃げ場をなくしてお尻から仰向けにベッドに倒れていきました。


 お尻は、ベッドに沈んだ反動で浮き上がり、それでもなお、スカートの端をつかんでいたその両手を、おへそが見えるまでめくりあげさせる結果に。


 そして、見えたのは。


 いえ、履いていたのは、真っ赤なショーツ。


 ただし。


 股間をざっくりと切り取ったデザインに全体的にレースというシロモノ。


 紐パンではなかったけれど、仰向けで脚を開いた娘の股間がぱっくりと開いて、局部まるだしのそれは、履いていないも同然。


 ううん。紐パンも隠すつもりがないという点では一緒だけれど、赤いレースのヒダが艶めかしく誘っている破壊力ときたら、母親のわたしでさえドキッとするありさまです。


 あまりの驚きに声が出ません。


 体中から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまいそうです。


 あんた、こんなものを身につけたまま柿崎君を部屋に入れたの?


 食卓で椅子に座って話を聞いてたの? 柿崎君を追いかけて外に出たの? 街灯の下でキスをしてたの?


 そして、わたしに食ってかかったわけ?


 情けない。情けなさすぎるわ。


 そんな絶望的な気持ちから我に返ったのは、娘が半泣きになって露出した局部を隠そうと身をよじり、往生際の悪さを見せはじめたからでした。


 わたしも気を取り直して「脱ぎなさい。それも没収」と罰を宣告します。


「えぇっ!」という不満は許しません。


「だめ。絶対に」という言葉で一刀両断に斬り捨てました。


 ❑❑❑❑


 友達の家で勉強会をしていたという息子にカレーの残りを食べさせると、主婦の仕事は終わりです。


 あとは、自分の時間。


 お化粧を落とし、ゆったりとお風呂につかって今日一日の疲れをお湯で溶かしていきます。


 お風呂からあがったとき、ふと思いついてバスタオルのまま自分の部屋に戻りました。


 さっき手に入れたばかりの最強の武器を身につけて鏡台の前に立ちます。


 腰をくねらせたり、お尻を突き出したりして、鏡の中から赤いショーツの女がみだらなポーズで挑発しています。


「これなら、いちころね」


 ……今、誰のことを考えた?


 心の声にわたしは正気に戻りました。


 この姿を見せたいのが夫なのか、別の誰かなのか、もうわたしにはわからなくなっていました。


 ❑❑❑❑


 翌日、わたしは、パソコンで作成したカレンダーを柿崎さんの家の郵便受けに放り込みました。


 昨日のようなことがあって、柿崎さんと会ってる場合ではないと思ったからです。今は、自分の気持ちを偽ってでも家庭を立て直さなければ。


 大切にしてきたものが崩れ、すべてを失ってしまう。


 そんな恐れが胸の中で渦巻いていました。


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