家族になる
『イラナイイラナイイラナイイラナイ!!!!!!!』
俺たちの家族になるはずだった美来が、悲しい『悲鳴』をあげ続けている。
美来が恋焦がれている美来の母親は、美来のことを「要らないから捨てた」と言い放った。
美来が母親と同じくらい恋焦がれている灯里は、今の病院の規定上NICUどころか院内にすら入らせてもらえないかもしれない。
「美来ちゃん!」
「美来!」
俺の声も、翠先生の声も、美来の耳には届かない。
俺たちは、本当の家族じゃないから、ダメなのか?
そう思った時だった。
『勝手に決めるなよ!』
力強い『声』を上げたのは、まさかのきよしだった。
いつもあんなに弱弱しいくせにどうした?きよし?
親子の絆的なアレで、俺が考えていることが分かったのか?
『勝手にイラナイなんて決めるなよ!』
あ、全然俺が考えていることが分かったとかじゃなかった。
『美来が生まれた日、僕も、灯里姉ちゃんも、ママも、こーけつも、凜ちゃんも、隊長も、クロちゃんも、みんな、あ、あとパパも、みんな、みんな、美来に生きてほしいって願ってたのに!勝手に死ぬとか決めるなよ!』
ん?パパ、ものすごくおまけみたいになってないか?
『イラナイイラナイ……』
心なしか、『悲鳴』が弱くなった気がする。
これは、きよしの『声』が届いたからなのか、美来が弱っているのか……。
『美来が生まれるまでの時間は、ママが一番だったかもしれないし、生まれる前の美来と一緒にいたのが一番長いのは、美来のママだけど、生まれてからの未来は、僕たちの方が、美来のママよりもずっと美来と一緒にいるんだ!』
きよしは『話し』続けている。
こんなにきよしが『話し』ているのを聞くのは俺ですら初めてだ。
『僕も、ママも、灯里姉ちゃんも、とっしーも、ソレガシも、けんちゃんも、愛斗も、梛子ちゃんも、クロちゃんも、凜ちゃんも、こーけつも、まきのも、ゆずちゃんも、隊長も、冴木のおばちゃんもみんな、みんな、美来のことイラナイなんて思ったことない!だれも美来のことイラナイなんて言ってないのに!』
パパ、忘れてないか?冴木主任まで出てきたのに、パパ忘れてないか?
『美来が生まれてから一緒にいる、みんな、みんな、美来と一緒にいてうれしいのに、美来に生きててほしいって願ってるのに、皆の想いを無視するなよ!勝手にイラナイなんて決めるなよ!美来が生まれてからのこと、何も知らない、ここに来たこともないママの言葉だけで、勝手に、イラナイなんて、死ぬなんて、決めるなよ!』
美来の『悲鳴』が止まった。
『きよしの癖に、生意気よ』
美来は目を開けると、そう『言った』。
いつも通りのそのセリフは、今日は心なしか優しげに聞こえた。
美来が、まだ弱っているからなのか、それとも……。
『えへへ、何か、ごめん』
いつもの調子に戻ったきよしが答えたが、心なしかいつもより嬉しそうだ。
『ボクちゃんがみらいたん助けたかったのにー!!!』
そして、今日の俺の担当の俊雄が泣き出した。
俊雄よ、闇の帝王キャラはもういいのか?
『ソレガシもミライたん助けたかった!』
トーマスもか!
元闇の帝王を眠りにつかせた俺は素早くトーマスを抱っこした。
『オレもウェイ!』
拳志郎もか!お前ら、そろいもそろって美来推しだったのか!
美来が落ち着いてしばらくしたころ、病棟の電話が鳴った。
井澤看護師長が、電話に応対し、受話器を置くと、俺たちの方に向き直った。
「さっきの女性は、無事警察に引き渡されたらしい」
美来の母親は、警察に捕まったようだ。
美来を捨てた罪を、しっかり償ってほしいものだ。
いつの間にか戻ってきた牧野先生がちらちらと美来に視線を送っている。
もしかすると、美来の父親は自分かもしれないと思っているのかもしれないが、美来が牧野先生のことを『パパ』と呼んだことは一度もない。
『ねえ、翠先生』
美来が言ったのを聞いて、まだ翠先生いるのか?と、顔を上げたところ、翠先生は、駆け付けたあの時から片時も離れず美来のそばに座っていた。
状態が落ち着いた美来を見て優しく微笑んでいた。
『私ね、ちゃんと知ってるんだよ。翠先生が毎日会いに来てくれているのも、毎日、抱っこして大好きって言ってくれてるのも、私も翠先生のこと大好きだけど、翠先生のこと大好きって言ったら、本物のママに会えなくなっちゃうんじゃないかって思って、ずっと言えなかったの』
優しく美来を見つめる翠先生の視線と、美来の視線がぶつかった。
『翠先生、大好き!私、翠先生に、私のママになってほしい!ママって呼ばせて!』
美来が、翠先生に微笑んだ。
俺たちの愛は、美来に伝わっていたんだ。
血はつながっていなくとも、俺たちは家族になれる。
「え?ちょ!美来ちゃんが、この上なく可愛いわ!ちょっと待って!!!!」
翠先生はそう言うと、スマホを取り出し、写真を撮り始めた。
パシャシャシャシャシャシャシャ……………。
えげつない連写だ。
パシャシャシャシャシャシャシャ…………。
まだ撮ってる……。
「うちの子、ベビーモデルになれるんじゃないかしら?」
パシャシャシャシャシャシャシャ……。
連写えげつない……。
翠先生のえげつない撮影大会が終わったのを見計らって、俺も美来に近寄った。
『笹岡、は、別に普通だけど……』
俺のことは大好きじゃないんかーい!
『まあ、翠先生と結婚してるみたいだし、仕方ないから……』
「笹岡、丁度いいところに、美来ちゃん、採血するから笹岡押さえてくれ」
って、めっちゃいいところだったのに、何で纐纈が入ってくるんだ!
しかも、採血って……。
確かに、さっきまで状態悪かったし、必要なのはわかるが、今なのか?
……今なのか。
『ちょっと、やめてよ!笹岡、押さえないでよ!チックンいや!』
『パパなんて、大っ嫌い!』
記念すべき美来の初めての『パパ』が!!!!
~終~
何度も停滞し、年一ペースで確認しても遅いくらいのペースだったにも関わらず、最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
これで、こんにちは赤ちゃんシリーズは、いったん終了しようと思います。
どこかでふっと気が向いたら、その後の話など書く時が来るかもしれませんが、現時点ではネタ切れです。
勢いで何話か書いてしまったので、誤字報告、お待ち申し上げております。