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イラナイ

 あと2話で終了予定です。

 その日は珍しく翠先生が早朝から会議だと言って始発の時間に出掛けて行った。

 引継ぎはほとんど終わったと聞いていたけど、大事な会議なのかな、と言う程度にしか考えずに、俺は、翠先生に簡単な朝食と、お弁当を用意した。

「あ、お弁当は、いらない」

 いつも、病院の食堂よりも俺の弁当のほうが美味しいと、翠先生は言ってくれていたのに、もしかして俺の料理の腕が落ちて、病院の食堂のほうが美味しく感じられるようになってしまったのだろうか?

 そんなことを考えていると、緑先生は「やっぱり、明くんのお弁当美味しいから持ってくね、ありがとう」と、俺が作ったお弁当を持っていった。

 あのときの俺は食堂の味に勝てたことに安堵するばかりで、何も考えていなかった。

 本当は翠先生が早朝会議に行くというのは大嘘で、仕事始めの日の俺の違和感と、妊娠していたはずの女性が、妊娠している風貌ではなくなっている上に、今まで通りに仕事をしている様子である違和感から、美来の母親に接触しようと目論んでいたことなど気づきようもなかった。

 翠先生の本当の目的を知らない俺と灯里あかりは、準備を整えると家を出た。

 灯里は、沙綾ちゃんと仲直りして以来、毎日楽しく登園している。


 出勤すると、産婦人科の手前で翠先生に鉢合わせた。

「翠先生!」

「あ、明くん!急に呼び出し食らっちゃって、あはは、びっくりだよ!」

「早朝会議で病院にいたんじゃ?」

「あ、そうそう、そうなんだけど、会議早く終わったから、ちょっとコンビニに行こうかなと思ってたとこで焦っちゃって……」

「翠先生、コンビニスイーツ好きですもんね、でも、程々にしてくださいね」

「うん、わかった!」

 爽やかにそう言うと、翠先生は走り去って行った。

 NICUにたどり着くと、インターホンのところに貼り紙がしてあった。

〈インターホン故障中。そのまま話しかけてください〉

「笹岡さん、昨日からインターホンが故障してて、外の会話も筒抜けですけど、インターホンの近くで会話すると中の会話も筒抜けなので、気をつけてくださいね」と、NICUに入って早々、黒川から釘を差された。

 まあ、インターホンが鳴らせないとなると、筒抜けのままのほうがまだマシってことか。

 確かに、中のスタッフが気をつけてさえいれば、扉の外で話し込む人はそんなにいないだろうし、今日の夕方には修理が来るそうなので、まあ、今日一日耐えれば大丈夫そうだ。

「笹岡さん、独り言多いから気をつけてくださいね」

 黒川に再度釘をさされた。

 俺、そんなにベビー達へのツッコミが口から出てたのか?

 そして、そんな、ツッコミ禁止の日に限って、俺の担当は、自称闇の帝王の俊雄と、ソレガシことトーマスと、チャラ男、拳志郎という、ボケ放題三兄弟だ。

 心のなかでツッコむと、思わず口から出そうだから、なるべく心のなかでもツッコミを入れないようにしよう!

『闇のしもべよ、ボク……俺様はマ……闇の聖母より出づるミル……闇の力の源が欲しい』

 普通にミルクが欲しいって言ってくれ!

 ていうか、20分前にミルクのんだって引き継いでるぞ!

『ササオカ、ソレガシも母乳を飲みたいでゴザル!』

 トーマスも俊雄のあとにミルクのんだって聞いてるぞ。

『ミルク一気飲みするぜ〜うぇ〜い!』

 拳志郎もトーマスのあとにミルク飲んでるし、一気飲みはやめてくれ!

 ……ツッコまないって難しい。


 ツッコまないのは難しかったものの、俺よりも騒がしい金切り声のお陰で、俺の独り言は目立たないですんだ。

「牧野先生、ちょっと〜!」

 今日も今日とて冴木主任は絶好調に金切り声だ。

 だが、冴木主任ストッパーの牧野先生のお陰で、俺達の平和は守られている。

 そんな冴木主任ストッパーの牧野先生も、ずっとNICUにいるわけではない。

 その日も昼時に牧野先生が姿を消したため、俺はボケ放題三兄弟の他に梛子なこの面倒も見ながら、冴木主任に目をつけられながらストッパーの役割を何とか果たしていた。

 そんな最中のことだった。

「ちょっと!」

 インターホンの向こうから、少しいらだった感じの女性の声が聞こえた。

『あ、ママの声だ!』と、言ったのは美来だ。

 てことは、美来の母親がここに来たってことか?

 でも、美来の母親は、美来を公園に捨てたし、ここに入院していることなんて知らないはずなのに……。

「な、何でここに……」

 そう言ったのは、牧野先生の声だった。

 どうやら、美来の母親は、牧野先生に用事があったようだ。

「何でメッセージ無視したのよ」

「え?いや、身に覚えがないから……」

『ママ!ママ!私はここよ!ねえ!会いに来たんでしょ?』

「あんた、あの女にチクったのが自分だから、返事できなかったんでしょう?」

「あの女って、だれ?」

『ねえ、ママ!会いたいよ!ママ!』

「知らないわよ、駅で突然、お腹の子はどうしたんですかって聞いてきたのよ」

「お腹の子?そういえば……」

 どうやら、牧野先生は妊娠しているときの美来の母親に会ったことがあるようだ。

「……お腹の子は、今、どうしてるんだ?」

 牧野先生の問いかけに、美来の母親は、声を潜めて答えた。

「……要らなかったから、公園のごみ箱に捨てたわよ」

 だが、その声は、インターホンの間近で発せられたらしく、しっかりNICU中に広がっていった。

 井澤看護師長が立ち上がった。

 生まれた赤ちゃんを捨てるのは、犯罪だ。

 美来の母親をとらえなければと考えたのだろう。

 だが、看護師長が動くよりも早く、現場に駆け付けた人物がいた。

「ちょっと、牧野先生!誰なのよその女!」

 冴木主任だ。

 誰なのよその女よりも先に、その女を捕まえてほしい。

「私と言うものがありながら……!あ!」

 冴木主任と牧野先生、付き合ってたのか?

 しかも、美来の母親か、牧野先生か、両方に逃げられたっぽい。


 だが、NICUの中はそれどころではなかった。

『ママ……私のこと、要らないから、捨てたの?』

 美来の母親の発言以降、美来の呼吸状態が悪化し始めたのだ。

 そして……。

『ママにとって、イラナイ私なんて……イラナイ!!!』

 美来が『悲鳴』をあげ始めてしまった。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』

 まだ、インターホン越しの会話のことを覚えていた井澤看護師長が、速やかに受付さんに「警務員室に連絡して、さっきの女を捕まえるように伝えて!警察にも連絡!牧野先生と冴木主任にも協力を仰いでもらって、二人はあの女の姿を見てるはずだから!」と、指示を出すと、すぐに処置の態勢を整えた。

『イラナイイラナイイラナイイラナイ!!!!!!!』

 美来の『悲鳴』は止まない。

『私なんてイラナイ!!!!イラナイイラナイ!!!!!!』

 よりにもよって、一番悲しい『悲鳴』を美来があげるなんて……。

「美来!生きてくれ!俺たち家族になるんだろう!」

『イラナイイラナイイラナイイラナイ!!!!!』

『闇の力よ!』と、突然俊雄が叫んだ。

 もしかしたら、紫音のアレみたいに生き返らせることができるのか?

『イラナイイラナイ!!!!あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

 だが、全く何も効果はなかった。

『うぇ~ん!ボクちゃん、みらいたんのために闇の力が出そうに言ったのに、何にもできなかったよ~!!』

 そして、俊雄が突然泣き出した。

 急に、闇の帝王キャラから激変したんだが!もしかして、素はこっちなのか?

 俊雄が泣き出したので、あやしていると、翠先生が駆け付けてきた。

「美来ちゃん!美来ちゃん!生きて!お願い!」

『イラナイイラナイイラナイイラナイ!!!!!!!!』

「美来!!」

「美来ちゃん!」

『あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!イラナイイラナイイラナイイラナイ!!!!!!!!』

 俺たちの声は美来には届かないのか?

 本当の家族じゃないから、ダメなのか?

『勝手に決めるなよ!』

 その時、力強い『声』がした。

 最終回の1話くらい前に大体誰か死にかけます。

 皆様もうお気付きかと思いますが、とっしーの闇の力はただの厨二病です。

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