続・仕事納めの悲劇
気になる展開になるときは、まとめて投稿しよう作戦、その4
いきなりその4だと!?となった方は、3話戻りましょう。
まあ、どの順番で読むかは、個人の自由ですが。
「お昼、ありがとうございました」と、堀江が戻ってくるとともに、俺はNICUを、飛び出した。
「あ、ちょっと……」
珍しく堀江が俺に何か話しかけていた気がするが、それどころではない。
『わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!死にたくないよ!死にたくないよ!』
どうして、荘太が『悲鳴』をあげてるんだ?
荘太の身に、何が起きたんだ?
『嫌だぁぁぁぁぁ!!死にたくない、死にたくない!』
荘太の『悲鳴』の方に走っていくと、ICUにたどり着いた。
『死にたくない!死にたくない!パパ!ママ!』
ICUの受付さんが怪訝そうな顔をして俺の方を見たが、今はそれどころではない。
『うわぁぁぁぁ!!!!嫌だぁぁぁぁぁ!死にたくない、死にたくない!パパ!ママ!!ばあちゃん!』
とうとう俺が荘太の『悲鳴』が聞こえる病室の前にたどり着いたとき、荘太は『悲鳴』を上げながら言った。
『灯里!!!!』
「何だとコノヤロウ!」
思わずそう叫びながらドアをけたたましく開けた。
そして俺は、ふと考えた。
今いる場所は、ICU。
そしてさらに言うと、一番重症の人が入る個室だ。
そこから聞こえたのは、荘太の『悲鳴』で。
荘太が『悲鳴』を上げているということは、間違いなく荘太は危篤であるわけで……。
そして肝心の『悲鳴』は、俺にしか聞こえていないわけで……。
ゆっくりと顔を上げると、案の定部屋にいたスタッフ全員から白い目で見られていた。
「す、すみません……」
そう言って扉を閉めようとしていたとき、扉のわずかな隙間から誰かが走ってきた。
「荘ちゃん!」
それは、灯里だった。
『うわぁぁぁぁぁ!!!!死にたくない!死にたくない!!灯里!灯里と一緒に生きたい!』
「荘ちゃん!死んじゃいや!お願い!!」
灯里が、荘太の手を握りしめた。
そして、灯里の目から涙がこぼれ落ち、荘太の手に落ちた。
その瞬間、『悲鳴』が止んだ。
って、いやいやいやいや、童話でもあるまいし!
驚いている様子の俺を、スタッフたちが怪訝そうに見る中、荘太はゆっくりと灯里の手を握り返し、目を開けた。
そして、「泣くなよ」と、言いながら、灯里の頭をなでた。
いやだから、童話でもあるまいし!と俺は思っていたが、周りのスタッフは感動に打ち震えていた。
「灯里、何でここに?」
「あ、荘ちゃんが死んじゃうかもしれないと思って、必死で……ごめんなさい」
本来ならば、今日は、俺の仕事が終わるまで、荘太と遊んで待っているはずの灯里がなぜ、ここにいるのだろう?
それに、ICUも、NICU同様、未就学児は入ってはいけないはずだ。
「何を言っているんですか?」
荘太の病室にいた医師が、眼鏡を直しながら信じられないといった様子で言った。
「この子は灯里ちゃんの完璧な止血によって一命をとりとめたのだから、特別待遇にきまってるでしょ!」
「灯里が止血?」
「いつもパパに、くまさんで止血の練習してるの見せてたでしょう?」
……くまさんにリボンを巻いてたあれは、止血の練習だったのか!?
だからあんなにきつめに巻いてどや顔してたのか。
「じゃあ、やっぱり、ママの救急医療の本を読んでたのは灯里だったのね?」
その声に振り返ると翠先生がいた。
「ママ、お部屋の本なんでも読んでいいよって言ったもん!」
「そうね、そうだったわね」
翠先生も、まさか灯里が翠先生の部屋の救急医療の本を読み漁って止血法をマスターしているとは思いもよらなかっただろう。
「あ、明君、何か、NICU大変なんだって?」
「え?何がですか?」
「さあ?私も産科ナースからうわさで聞いただけだから……」
翠先生の言葉が気になって、俺は、NICUに戻った。
何か、警察の人がいる。
それに、何故かわからないけど、冴木主任が打ちひしがれている。
俺の姿を見た警察官が、「ちょっと、話を聞いてもいいですか」と、話しかけてきた。
警察の人から、何故か、高林君について根掘り葉掘り聞かれたが、俺の知る高林君は、冴木主任をなんとかできる善良な人なのだが、何があったというのだろう?
「あの、私も、一緒に話してもいいですか?」と、現れたのは翠先生だった。
「あれ?翠先生、荘太のお見舞いに行ったんじゃ……?」
「いやぁ、あとはお若い二人にお任せして……」
何そのお見合いに来た両親みたいなセリフ!っていうか、若すぎるだろう??
警察の人のいる手前、俺のツッコミは心の中にしまって、ついでに、翠先生、そんなに高林君と面識ないはずなのに、何でこの場に来たんだろうな、という疑問も心の中にしまって、まあ、俺が上手に話せない部分を補ってくれるのかな、なんて、のんきに構えていたが、翠先生が口を開くと、そうでもなかったことが次々と判明した。
翠先生は、俺が育休から復帰してすぐくらいから、俺に荘太のことや、中山家のことを話す時に、何となく高林君の目つきが変わっていることに気づいていたらしい。
だから、あまりNICUで、俺に、中山家に関する話をするのを控えるようにしたそうだ。
そして、納涼会の日、高林君が俺を家まで送ってくれたあの時、高林君は我が家に盗聴器を仕掛けていたらしい。
その日の高林君の挙動に、不信感を抱いた翠先生は、試しに、我が家で、中山家の偽情報を有希ちゃんに伝えてみたそうだ。
そうしたら、偽情報の集合時間に、高林君は付近にいたという。
「たぶん、まだ、我が家には盗聴器が仕掛けられたままだと思います」
「え?何で、探したり外したりしなかったんですか?せめて俺に教えてくれたって……」
「最悪、疑ってるのがバレるかもしれないじゃない。明君に伝えたら挙動不審になるし」
確かにそうだが……。有希ちゃんや雅之も知ってるのに、俺だけ知らされてなかったなんて……。
さらに、ある日、俺のスマホを高林君が拾ったときに、どうやら高林君に俺のスマホの送受信の情報が行くように、何らかのアプリかウイルスを入れられたらしい。
そういえば、最近、荘太がらみの案件は、気づくと、執事さんと翠先生と有希ちゃんの間で完結してたな。
翠先生は、荘太のばあちゃんや、執事さんに相談することも考えたようだが、あそこまで周到に用意している高林君のことだから、偽名を使っているかもしれないと、ためらったらしい。
そうこうしているうちに、その日は訪れた。
「あの日、私のスマホが壊れて、明君に伝言をお願いしたけど、雅之君たちが、飛行機の欠航で、まだ帰ってきてなかったなんて……」
その日、俺は、雅之たちに会えなかったので、確かに、雅之にメッセージを送ってしまった。
しかも、思いっきり中山家の情報を……。
「せめて俺に言っといてくれたら……」
「明君は伝えたら、挙動不審になるでしょう?」
さっきも聞いたぞ、そのセリフ。
中山家の確実な情報を知った高林君は、あの日休みを取って中山家に向かった。
仕事を失ってまでも守ろうとした荘太が、虐げられたままだと知り、荘太を引き取ろうと考えて。
そして、荘太の引き取りを拒否したら、諸悪の根源である荘太の母親を殺そうと考えて……。
だが、その凶刃に倒れたのは、荘太の母親ではなく、母親をかばった荘太だった。
それが、今回の事件の顛末だった。
「あれ?高林君が荘太を刺して逮捕されたってことは、これから毎日高林君いないのか?」
「そう言うことになるね」
高林君なきNICUで、どうやって冴木主任を抑え込んだら良いんだ?
今日だけでもめっちゃ大変だったのに!
激しくうなだれた俺の前に誰かが仁王立ちして立っていた。
「あ、堀江……」
「引き継ぎもろくにせずに、休憩入らないでください!」
「いや、これには深いわけが……」と、翠先生のいた方を振り返ると、既に翠先生はそこにおらず、美来の面会に行っていた。
「言い訳は無用です!あれもこれもやりっぱなしだし、定時のバイタル測定してないし、それに……」
その時、俺のお腹が盛大に鳴った。
「昼休憩、行ったんですよね?」
「あ、まだ弁当食べてない……」
ICUに走って行ったり、警察の事情聴取を受けたりで、まだ俺は弁当を食べていなかった。
そんな中、時短をとっている俺の定時はあと3分に迫っていた。
せっかくNICUに戻ってきたのに、ベビーの『声』の出演がびた一文ない!!!