沙綾ちゃんの決意
気になる展開になるときは、まとめて投稿しよう作戦、その3
いきなり、その3だと!?となったあなたは、2話前に戻りましょう。
「それでね、美来ちゃんがね……」
はあ、と、沙綾がため息をついたことに気づかずに、灯里は目をキラキラさせて話を続けている。
沙綾の運命の彼氏になるのかと思っていた荘太様は、灯里の頭をなでながら、うんうんとうなずいてその話を聞いているようだが、実は目が死んでいることに沙綾は気づいていた。
お部屋に入って、「ねえねえ荘ちゃん、昨日のお話の続きしてもいい?」と言っ目を輝かせて言った時、荘太様が、「沙綾ちゃんは昨日のお話を知らないから、沙綾ちゃんにも教えてあげようよ」と、言ったのが、すべての始まりだった。
将来夫婦になる沙綾と荘太様に、秘密があってはならないものね、なんて、浮かれたあの時の沙綾に、ピュアパンチをお見舞いしたい気分だわ。
最初に灯里から話を聞いたときは、ものすごく感動した。
クリスマスイブの日に、灯里のママのお腹の中の子が蹴っている方向に歩いて行ったら、奇跡的に、美来ちゃんに出会うなんて、すごく素敵って思ったけど。
さすがに何時間も、何周も同じ話を聞かされたら、飽きるわ!
灯里が話し始めてから、荘太様は、灯里の話に適当に相槌を打ちながら、灯里の頭をなでたり、髪の毛をいじったりしていて、全然沙綾の方を見ないし。
荘太様、沙綾を灯里の話を聞く係にするために、今日、誘ったわね!
沙綾を誘っておきながら、灯里にしか、興味がないし!
荘太様なんて、沙綾の運命の彼氏になんかしてあげないんだから!
もう、荘太様の運命の彼女になっちゃうかもとか浮かれていたのがバカみたいじゃない!
同じ話ばかりする灯里にも、沙綾を都合のいい女扱いした荘太様にも腹が立っちゃったわ!
「あ……」
「灯里!もう、美来ちゃんの話は聞き飽きたわ!」
何か言おうとした荘太様をさえぎるように、沙綾は、灯里の目の前に立つと言った。
「え?沙綾ちゃん?」
「何回同じ話をするのよ!確かに、クリスマスイブの日に公園で、美来ちゃんに出会ったこととか、サンタさんのプレゼントみたいで、すごく感動するけど、何回も聞いたら飽きるわよ!荘太様だって飽きてるわよ!」
「そ、そんな……」
それは、沙綾が初めて見る灯里の涙だった。
「美来ちゃんが、大好きで、会いたくて仕方がないけど会えない分、いっぱい美来ちゃんのお話をしたかっただけなのに……」
そう言いながらも灯里の涙は止まらない。
「な、泣くことないじゃない!」
「灯里ちゃん、僕は、美来ちゃんの話、飽きたりしてないよ」と、荘太様は、灯里に言うと、優しく灯里の頭を撫でた。
荘太様!沙綾を裏切ったわね!あんな死んだような目で話を聞いてたくせに!
泣きじゃくる灯里を荘太様がなだめていると、慌てた様子でひげのおじさんが部屋に入ってきた。
「荘太様、奥様がおいでのようですので、出立のご準備を」
ひげのおじさんの言葉に反応して、荘太様は、灯里に上着を着せると、自分も上着を着た。
お外に出るの?
まあ、確かにこの状況で、他の人が入ってきたら、シュラバだと思っちゃうものね。
荘太様と灯里について行ってお外に出ると、ちょうど、女の人が荘太様より少し年下っぽいの男の子を連れて歩いてきた。
「あら荘太、お友達?ずいぶんとみすぼらしい……」
女の人は、沙綾と灯里の方を見て、嫌そうな顔をしてそう言った。
ピュア・サアヤがみすぼらしいはずないから、灯里のことを言っているのね!
でも、灯里は、荘太様の運命の恋人なのに、その言い方はないんじゃないの?
「ちょっと!そんな言い方はないんじゃない?荘太様と灯里は運命のこいび……むぐ!」
「ごめん、沙綾ちゃん、話がややこしくなるから……」
灯里のことをみすぼらしいなんて言われて黙っていられないじゃない!なのに、灯里が口をふさぐってどういうことよ!
灯里に口をふさがれながらじたばたしていると、さらに向こう側から一人の男の人が現れた。
あ、何かイケメン!
「君は!高林君?」
ひげのおじさんはイケメンを知ってるっぽかった。
「奥様、お久しぶりです」
「あら、どちら様?」
奥様と呼ばれた人は、イケメンのことを知らないみたいだけど、イケメンは、険しい顔になって、「使い捨ての駒は忘れたのか」と、吐くように言った。
この人、イケメンだけど、何だか怖い……。
灯里も、同じように感じたのか、いつの間にか、沙綾の口を押さえていた手は外れて、沙綾の手を握りしめていた。
「まあ、今の会話で、貴女が荘太様にしている仕打ちが終わっていないことは理解できました」
イケメンは、そう言うと、奥様と呼んだ女の人に近寄った。
「貴女がそういう態度を貫くのであれば、荘太様は僕が引き取りましょう」
「何をおっしゃっているの?そんなの世間体が……」
その時だった。
どこかでパン!と、大きな音がした。
その音にびっくりしていると、イケメンが「ならば、あなたにいなくなってもらうしかない」と、奥様の方に突進した。
イケメンの手に、何かきらりと光るものが握られていた。
イケメンが奥様にたどり着く前に、その間に誰かが割って入った。
「そんな……」
呆然とするイケメンの前には、血を流して倒れる荘太様がいた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
思わず沙綾は叫んだ。
奥様も、その場に座り込んだ。
「何事ですか!」
どこからかおばあさまが現れた。
「あの人が、荘ちゃんを刺したの!」
そう言いながら、灯里は、首に巻いていたマフラーを外して、荘太様に巻き付けていた。
「柏原!才蔵!取り押さえなさい!」
おばあさまの声に反応して、朝見たSPがどこからともなく現れて、イケメンを拘束した。
SPどこに隠れてたの?ていうか、ちゃんとSPの仕事しなさいよ!荘太様が刺される前に、何とか出来たんじゃないの?
そんなことを考えている間にも、灯里は、大人たちに指示を出していた。
「そこのあなた!救急車呼んで!今すぐ!あと、誰か、荘ちゃんのママを安全なところに、それから……」
その姿は、まるで、灯里のママみたいで、まぶしかった。
大急ぎで救急車が来ると、救急隊の人たちが、「この止血をしたのは……?」と、驚いた様子で聞いた。
「灯里に決まってるじゃないの!」
灯里が最近、ぬいぐるみ相手に止血の練習をしていたことを知っていた沙綾が、堂々と答えると、「じゃあ、灯里さん、ご一緒に救急車に……え?子供?」と、再び救急隊の人は目を見開いた。
灯里が、荘太様と一緒に救急車に乗って行った頃、「沙綾ちゃん、大丈夫?」と、ママが走ってきた。
「だ、大丈夫……うわぁぁぁぁん!!!」
ママに抱きしめられたら、何だか悲しいのがあふれてしまった。
「沙綾ちゃん、怖かったね、こわかったね……」
ママはそう言ったけど、怖かっただけじゃなかった。
きっと同じくらい怖かったはずの灯里は、灯里のママみたいにカッコよく大人に指示を出しながら、救急車の人が驚くほど完璧な止血をした。
沙綾だって、一緒に救急隊ごっこしてたのに、びっくりして、怖くて、何もできなかった。
怖かった気持ちと、悔しい気持ちがごちゃ混ぜになりながら、沙綾はママの胸の中で泣き続けた。
泣きながら沙綾は心に決めた。
もっと強くなってみせるわ!そして、灯里みたいにできる女になってみせるわ!
もう、沙綾の目の前で誰も死にそうになんてさせないわ!
ちなみに、SPは、仕事してなかったんじゃなくて、爆発音の方に対応していて、そちらから気が逸れていたのです。
爆発音の方には志乃さんがいましたので。
せめて一人は不審者に気を配っていればよかったものを……。