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想定外

 笹岡視点に戻りました。

 クリスマスイブに急に出勤になった俺は、いつも通りに朝起きた。

 翠先生はもちろんだが、灯里あかりも起きてこない。

 元々今日は灯里も保育園を休むことにしていたせいかもしれないが、いつもなら手伝いに来てくれたりするのに……。

 せっかくのクリスマスイブに二人が心地よく過ごせるようにと、掃除洗濯と片付けをして、朝ご飯と、ついでに昼ご飯も用意して、ケーキの下ごしらえもして、昼ご飯とケーキを冷蔵庫に入れて、時計を見ると、ギリギリの時間だったので、俺は、駅までダッシュした。


『お、笹岡、おはうぇーい!』

『笹岡、おはようござる!』

『笹岡おはよう!』

『ちょっと!今日も太ってたわ!』

 今日もベビーたちは元気だ。

 日比が休みになったので、いつもなら聞こえてくるひびっちの『声』は、今日は聞こえてこない。

 今日は帝王切開の予定もないし、ベビーの搬送も聞いてないし、このまま平和に過ごせたら、早めに帰れるかもしれない。

 そんなことを考えながら、仕事をしていると、不意にNICUの電話が鳴った。

 電話に出た黒川が、俺の方をチラリと見たが、すぐに真剣な様子で話し始めた。

 電話を終えた黒川は、井澤看護師長の元に走って行った。

「これから、救急車でベビーが搬送されてきます」

 そう言った井澤看護師長は、少し躊躇った後、先ほどより少し声のトーンを落として言った。

「公園のゴミ箱で見付かったそうです。対応にあたる看護師は念のため感染対策をしっかりしてください」

 一瞬、その場にいたスタッフが皆言葉を失ったのを感じた。

 そんな中で、黒川が、静かな声色で「救急車が到着したら、私と笹岡さんで迎えに行きます」と、言った。

 え?一緒に行くの、俺?

 ていうか、医師は着いてかなくて良いのか?


 程なくして電話が鳴った。

 黒川とともに救急外来に向かう途中で、ストレッチャーとすれ違った。

 あれ?ストレッチャーに乗ってるのは、翠先生?

 しかも、翠先生のストレッチャーに付き添って、灯里も走っている。

『僕は外に出るんだー!』

 翠先生のお腹の中で、きよしが『声』を上げた。

 外に出るだと!?まだだいぶ早いだろう?

「ごめん、多分もう少しで、きよしもそっちに行くから」

『僕も行く!』

 ……来ちゃダメだろう!

「笹岡さん、早く!」

 ツッコミを入れている場合ではなかった俺は、黒川に呼ばれて慌てて救急外来に駆けだした。

 その時、別の足音も近づいてきた。

「救急科の先生から連絡をもらったが、患者はここか?」

 そこには私服姿の纐纈こうけつがいた。

 その後ろから日比も現れた。

 救急外来にたどり着くと、保育器の中にそのベビーはいた。

『うぅ……』

 そのベビーは見るからに、そして、声も『声』も、明らかに衰弱していた。


 NICUに着くなり、医師やナースが集まってきて、色んな回路をつないだり、点滴や採血を準備したりし始めた。

 纐纈と日比も、仕事着に着替えて参加している。

 2人が出勤するんだったら、俺が休みを返上した意味はあったのだろうか、と、ぼんやり考えていると、「笹岡さん、今度は、息子さん来ますから気合い入れてくださいね」と、黒川にケツを叩かれた。

 俺の方が、年上なんだが、扱いが雑ではないか?

 ていうか、本気で、きよしは来るのか?

『よ!パパ!』

 って、マジで来た!

 いや、こんな早く生まれてくるとか、何やってんだよ!きよし!

『来ちゃった!』

 来ちゃったじゃねぇ!

『何できよしが来るのよ!どっか行ってよ!』

 梛子なこが、鬱陶しそうに言ったが、きよしもだいぶ低体重で生まれているので、しばらくは梛子たちと一緒にNICUの奥のゾーンにいるはずだ。

 正体不明のベビーもしばらくはNICUの奥のゾーンにいることになりそうだ。

 と、思いながら、正体不明のベビーの名札を見ると、笹岡美来ささおかみらいと書かれていた。

 捨てられたはずなのに名前がついてる?

 ていうか、笹岡?

 俺の子供はきよしのはずだが……。

 一通りの処置を終え、俺の息子のきよしも、美来ちゃんとやらも、疲れ切って眠っていた。

「笹岡さん、今日は落ち着いたんで、翠先生のお見舞いでも行ってください」と、黒川が言った。

 確かに、翠先生とは、すれ違いざまにわずかに会話しただけだ。


 産科病棟のナースに案内されて病室に入ると、そこには翠先生と灯里がいた。

「あ!明君!」

「パパ!」

 ものすごい笑顔で迎え入れられた!

「パパ来たから、お見舞い行けるね!」

「よし、じゃあ、我が子を見に行くよ!」

 って、お見舞いに行きたかったからかーい!

 そして俺は、再びNICUに舞い戻ってきていた。

 NICUは、中学生以下は面会禁止のため、翠先生はきよしに会いに行けるが、灯里は、専用の面会スペースで窓越しに面会することしか出来ないのだ。

 さらに、未就学児の灯里を、一人で残しておく訳にはいかないので、父親である俺が来るまで面会に行けなかったようだ。

 窓の向こうに、きよしの保育器がやってきた。

 翠先生も窓の向こうから手を振っている。

「あ、きよしだ!寝てる!」

 そして、きよしの保育器の隣に美来の保育器も現れた。

 え?何で、美来?

「あ、美来ちゃんだ!可愛い!」

「灯里、美来ちゃん知ってるのか?」

「だって、ママと私で、美来ちゃん助けたんだよ?」と、真剣な眼差しで話すと、続けて灯里は言った。。

「サンタさんがね、プレゼントしてくれたんだよ」

 ん?


 程なくして、「だいぶ説明を端折られた」と、言いながら翠先生がやって来たので、俺たちは再び翠先生の病室に戻った。

「と、言うわけで、美来ちゃんは、うちで引き取ることにしたの」

「俺への説明は、端折らないでもらえますか?」

 そもそも、なんで急に美来を引き取ることにしてるんだ?

「だってね、パパ、未来ちゃんが産まれるはずの日に美来ちゃんに出会ったんだよ!」

「そうよ、これはきっと、運命なのよ!」

 灯里も翠先生も何だか盛り上がっているが、未来が産まれるはずだった日に、捨て子の美来とNICUで出会ったからって、なんでそんなに盛り上がるのかがわからない。

 訳が分からない様子で首をかしげていると、灯里と翠先生は、俺の思いを察したのか、今日の出来事を教えてくれた。


 まさか、美来の第一発見者が翠先生と灯里だったとは……。

 それは、まあ、運命も感じてしまうか。

 だが、『声』が聞こえるからこそ俺は知っている。

 美来の本能では、美来の両親は本当の両親で、その存在を超えるのはかなり困難だと言うことを。

「別にいきなり美来ちゃんの両親に取って代われるとは思ってないよ」

 俺の気持ちを察したのか、翠先生が言った。

「それでも、美来ちゃんに出会えたのは何かの縁だと思うから、せっかくなら、美来ちゃんとも家族になりたい」

「わたしも!」と、灯里が続けた。

「私、パパのお手伝いもちゃんとするし、美来ちゃんやきよしのお世話もするから!」

 一度に二人の子育ては大変だとは思うが、灯里は、お利口だし、灯里が手伝ってくれるのであれば、何とかなるかもしれない。

「わかった。じゃあ、美来ちゃんも我が家に迎え入れよう」

 こうして、美来は、戸籍上は笹岡家の一員になった。


 家族での話し合いが終わり、俺は灯里と帰路についていた。

「灯里、晩ご飯は何食べたい?」

「あのね、パパがお仕事終わって来るまでに看護師さんが色々差し入れてくれたから、お腹いっぱいになっちゃった」

「そっか。じゃあ、帰ったらケーキ一緒に食べよう!」

 今朝下ごしらえはしているから、すぐに食べれるはずだ。

「うん!」

 そして、帰宅した俺に、衝撃の事実が待ち構えていた。

「灯里も翠先生も、俺が用意した昼ご飯食べてない!!」

 この後、笹岡が2人分の昼ご飯だったものをしょんぼり平らげましたとさ。

 ほうれんそうは大事ですね。

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