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君は誰?

「明君おはよう」

『パパおはよう』

「おはようございます、翠先生、きよしもおはよう」

 珍しく俺と翠先生の二人きりの朝だ。

 それもそのはず、灯里は、お泊まり保育に行ってしまっているのだ。

 灯里が通っている保育園では本来ならば年中から始まる所を、沙綾ちゃんのママが、「うちの子もそれくらい出来る」と、言い出したことが発端で、何故か灯里も巻き込まれる形で、急遽沙綾ちゃんと灯里も、お泊まり保育に参加することになったのだ。

 何かあれば、朝に様子を見に行くつもりだったが、定期的に来る保育園からの連絡でも、灯里はいつも通り元気に過ごせているとのことだったので、今日は、翠先生と一緒に出勤することにした。


 翠先生と一緒に出勤することは良くあることだが、翠先生が朝から会議のこの時間帯の電車に乗るのは初めてだ。

『あ、おはよー』

 電車を待っていたときに、不意にきよしが『発言』した。

 家を出る前から起きていたはずだが、急にどうしたというのだろう?

『何よ、きよしの癖に、話しかけてこないでよ』

 って、どこかから返事が来た!

 けど、何か嫌われてる!

 『声』がした方を見ると、ものすごい美人がいた。

 ものすごい美人だが、何だか持ち物やら化粧やらがちょっとケバいのは勿体ないと思う。

 『声』がしたと思ってみると、何となく、お腹が膨らんでいるような気もするが、うまくコートで隠れていて、一目では妊婦とわからない。

 仕事帰りなのか、その表情にはどことなく疲労の色が見える。

『別に、挨拶くらい、いいじゃん』

 きよしは、生意気と罵られようと、通常運転だ。

『よくないわよ!きよしの癖に、こっち来ないでよね!』

 でもやはり、嫌われている。

 俺の視線に気付いたらしい、ケバい女性が、俺の方をキッと睨んだ。

 親子そろって何だか性格がキツそうだ……。

『大丈夫だよ、ママが、君のママの匂い苦手だから』と、きよしが『言う』が早いか、翠先生が「あ、もうちょっと向こうに行ってもいい?」と、俺に尋ねてきた。

「大丈夫ですよ」と、言いながら、例の子のお母さんのそばを通ると、香水のきつい匂いがした。

 翠先生はきっと、この香水の匂いが苦手なのだろう。


 例の子の『声』が聞こえないくらいの所まで来ると、翠先生は立ち止まって、カバンの中から一通の手紙を取りだした。

 先日、灯里がサンタさんに宛てて書いた手紙だ。

 翠先生に促されて見てみると、子供らしい字でサンタさんへと書いてあった。


「サンタさんへ

プレゼントはいらないです。

みらいちゃんをかえしてください」


 それを見た俺は、翠先生と顔を見合わせた。

 その願い事を叶えるのは、難しいなんてもんじゃない。


『おはよう、笹岡、うぇーい!』

『笹岡、おはようでゴザル』

 今日の俺の担当は、このキャラの濃い二人のようだ。

『うそ、また今日も太ったの?』

 梛子なこのベッドからは多少離れてはいたが、梛子の『声』は聞こえる距離だった。

 そして、梛子のそれは、太ったのではなく、成長だ。

『生まれた時の、二倍ってヤバくない?』

 ヤバくない。成長だ。

『1キロ超えちゃったって、ヤバくない?』

 ヤバくない。むしろ、1キロなかった今までがヤバいんだ。

『俺、ぽっちゃりもかわいいと思うよ!フゥ~!』と、すかさず拳志郎けんしろうが言ったが、梛子は全く耳を貸さなかった。

『梛子ちゃん、僕より軽いよ!』と、愛斗が言うと『ボクよりは大きいけどね!』と、ひびっちが言った。

 いやいや、日比野は3キロ超えてるから、確実に梛子よりも大きいはずなんだが……。

『ひびっちが私より大きかったら大変じゃない!』

 いやいやいやいや、大変じゃないし、事実、日比野の方が梛子より大きいぞ?

『それもそうだね』と、ひびっちは納得していたが、俺は全く納得いっていなかった。

『笹岡殿、ソレガシ、ミルクが飲みたいでゴザル』と、トーマスから言われ、俺は、自分の仕事に専念することにした。


 昼を過ぎた頃、日比野のモニターがアラームを鳴らし始めた。

 近くにいた黒川が日比野に駆け寄るが、ひびっちこと日比野は何も『話して』いない。

 日比野に駆け寄った黒川が慌てて俺を振り返ると、「人を呼んで!」と、叫んだ。

 いつもだったら急変などは『声』の様子で察知できるのだが、と、無言の日比野を振り返ると、切羽詰まった様子の黒川が目に入った。

 普段冷静な黒川がこれだけ焦るというのはよっぽどのことなのだろう。

 俺はナースステーションに駆け寄ると、医師を呼んだ。

 俺の呼びかけに、纐纈こうけつと、牧野先生が駆けつけてくれた。

 休憩中のナースの代わりに、高林君と、堀江も駆けつけてくれた。

 俺も行かねばならないところだが、一緒に駆けつけようとした冴木主任を阻止するところまでが俺の仕事だ。


 モニターを見ると、確かにモニターの波形は乱れているし、普段ならこれほどに波形が乱れていたら『悲鳴』が聞こえていてもおかしくないはずだが、日比野は無言のままだ。

 医師たちが必死に救命措置をする中、日比野の両親がやって来た。

 日比野の両親を見た纐纈が、牧野先生に簡単に引き継ぎをすると、両親と黒川を伴って、別室に入っていった。

 モニターのアラーム音以外、何も聞こえない。

 日比野は今、どんな状況なのだろう?

 もしかして、俺は『声』が、聞こえなくなったのだろうか。

『殿中でゴザルカ?』

 どうやら『声』は、聞こえているようだ。

 別室から纐纈たちが戻ってきた。

 日比野の両親の表情は、暗い。

 心肺蘇生の手が止まり、日比野の心臓は止まってしまった。

 ひびっちは、『一言』も、発することなく、いなくなってしまった。


『どうしたの?何かあったの?』

 え?この『声』は、ひびっち?

 ひびっち、生きてたのか?

 いや、でも、日比野の心臓は止まってしまって……。

 てことは、ひびっちは、日比野じゃない?

 振り替えるとそこに日比がいた。

 ひびっち、ひびっち……日比っち…………。

 まさか、日比のお腹の中に日比っちがいるってことか?

 え?でも、日比って独身で……。

『あ、パパの声がする!』

 ちょうど、日比野の両親と纐纈と、牧野先生と高林君が話をしているところだった。

 まさか、この中に、ひびっちのパパがいるのか?


 そして同時に俺は思い知った。

 日比野は搬送されてきたあの『悲鳴』以来、『声』を出してはいなかったんだなと。

 奇跡が起きていたわけではなかったのだと。

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