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誤った使い方

「パパ、おはよう……」

 灯里が眠たい目をこすりながら起きてきた。

「おはよう、灯里」と、俺が言うとリビングを見渡した灯里が「ママは?」と言った。

「ママは、今日は病院にお泊りなんだ」

 そう言いながら、俺は、翠先生のお弁当を作っていた。

 現在の産婦人科はほぼ翠先生だけで回しているようなものだ。

 きっと、夜勤明けでも翠先生は夜まで働くのだろう。

 せめて、翠先生と未来に、栄養のあるものを食べてほしい。

 俺にできることは、翠先生のためにお弁当を作ることくらいだ。

「私も手伝う!」と灯里がお手伝い用の踏み台を持ってきた。

「じゃあ、一緒におにぎりを作ろうか?」

 灯里と並んでおにぎりを握った。

 俺が作った普通サイズのおにぎりの隣に、灯里が作った小さいサイズのおにぎりを入れた。

「灯里、上手にできたな」と、俺がほめると、灯里が「じゃあ、パパの分も作ってあげる!」と言った。

 親のひいき目かもしれないが、灯里のおにぎりは、三歳児が作ったにしては上手にできていた。


 そのあと、灯里が着替えている間に朝食の準備をして、二人で朝ご飯を食べた。

 翠先生の朝ご飯と昼ご飯のお弁当と、自分の昼ご飯のお弁当を持った俺は、灯里と手を繋いで保育園に行った。

 俺に手を振りながら「パパ、ちゃんとママにお弁当届けてね!」と灯里が言った。

 病院に着いた俺は、まず最初に産科病棟へと向かった。

「あ、明君、おはよう」

 翠先生は少し疲れた顔をしている。

『パパだ!今日もね、私はママを頑張って助けるんだ!』と、翠先生のお腹の中で、未来は元気そうだ。

「翠先生、朝ご飯と、昼ご飯のお弁当です。今日は、灯里が作ってくれたおにぎりも入ってますよ!」

「本当?嬉しい!夜勤頑張ってよかった!」

 翠先生の顔がぱっと輝いた。

『ママが嬉しいと、私もうれしい!』と、未来の『声』も輝いていた。

 灯里から言い渡された大事な用事を終えた俺は、NICUへと向かった。

『笹岡!またしても、左手が神々しいわ!』

 もはや、この紫音の歓迎は恒例だ。

 そんな俺の今日の担当は紫音だった。

『ああ!灯里様の神々しいオーラがこの身に降り注ぐ!』

 傍から見ると俺の抱っこがすごく気持ちよさそうに恍惚とした表情を浮かべる紫音は、灯里のオーラに酔いしれていた。

『笹岡、今日は別のところからも神々しさを感じるわ!』

 あまり、見た目には表れていないが、今日の紫音のテンションは尋常ではない。

『どこからなの?白状なさい!』

 いや、白状しろと言われても、話せば怪しまれるし、そもそも何が神々しいのか俺にはわからない。

「明くん!お昼御飯用のお弁当ある?」

 そこへ、翠先生が現れた。

『み、翠先生、今日はなんだか全身神々しいわ!翠先生のオーラも好きだけど、灯里様のオーラも相まって、最高よ!』

 紫音のテンションがさらにおかしなことになってきた。

「あ、渡し忘れてました」

「灯里のおにぎり、美味しかったよ」

「そうなんですね!お昼ご飯のお弁当にも入ってますよ」

「明君の分もあるの?」

「はい、俺の分も握ってくれました」

 そう言って、俺は、共用冷蔵庫から弁当箱を持ってくると、翠先生に手渡した。

『そこに、神々しいものが入っているのね!』と、紫音が、目をぎらつかせた。

 だが、紫音のベッドはナース休憩室の共用冷蔵庫とはかなり離れている場所にある。

『なかなか遠いわね』

 そりゃあ、遠かろう。

『かくなる上は……千里眼!ああ!このオーラよ!あったわ!あったわ!』

 紫音はそう言って、興奮しきりだったが、不意に、アラーム音がした。

 紫音のSpO2が下がっていた。

『いけない、力の使い過ぎで、呼吸するのを忘れていたわ』と、落ち着いて言う紫音を抱き上げた俺は、「紫音ちゃん、SpO2ふらつきやすいから気を付けてくださいって言いましたよね!」と、黒川に怒られた。

 ていうか、千里眼って……。

『あら、笹岡、不思議そうね。あなたが扉の前で困っていた時にも千里眼で見つけて助けてあげたというのに』

 で、それを多用しているから、呼吸状態が落ち着かないんだな、紫音は。

『私、笹岡のことだいぶ助けてあげてると思うのよ』と、おもむろに紫音は言い出した。

『だからね、灯里様のおにぎりとやらを少し分けてもらうくらい、問題ないと思うの』

 いや、大有りだろう!紫音、まだミルクしか飲めないだろう?

 俺は、首を横に振った。

『何よ!ケチね!いいわ、千里眼をアップデートして、おにぎりを食べて見せるから!』

 そう言うと、『超・千里眼』と、紫音はかっと目を見開いた。

 案の定、SpO2が下がったので、俺は、紫音の背中をたたいた。

『ちょっと、笹岡、何するのよ!不届きもの!千里眼の集中力が保てなかったじゃないの!』

 そう言われても、紫音のSpO2が下がったら、またしても黒川に怒られるのは俺だ。

『いいわ、もう一度、超・千里眼!』

 紫音はかっと目を見開いた。

 やはり、SpO2が下がってきたので、少しだけ我慢してから背中をたたこうとしたところ、紫音が呼吸し始めた。

 そして、『何よ!おにぎりってミルクじゃないから飲めないじゃない!』と、紫音は一人で怒っていた。

 だから、紫音には分けてあげられなかったのに……。


 灯里のおにぎりを口にすることができなかった紫音に、この日、さらなる試練が訪れた。

「今日、だいぶSoP2がふらついたみたいだから……」と、採血の用意をして纐纈が現れた。

 どこで纐纈の登場を嗅ぎつけたのか、冴木さんまでやってきた。

『ああ、今日は星の巡りあわせが悪いと思っていたら、こういうことだったのね……』

 普段動じない紫音であったが、さすがに纐纈の採血では『痛い!痛い!』と泣いていた。

 採血を終えた紫音は『纐纈も、冴木のおばちゃんも、呪ってやる!』と呟いた。

 冴木さんは、白衣が破けた上に、事務から提出書類の大きなミスを指摘されて、遅くまで仕事に忙殺され、纐纈は、派手に転んだ上に、担当のベビーにギャン泣きされて、周りの看護師も忙しくて対応してくれなかったため、一人でわたわたしていた。

 なるべく、紫音は怒らせないほうがいいなと、俺は一人密かに思いつつ、紫音の力の使いどころはなんだか間違っている気がしてならなかった。

 ま、またしても、ベビーが概ね紫音様しか出ていない……。


※いときりばさみの用語解説※

・SpO2(サチュレーション)…酸素飽和度。血中にたくさん酸素があるかどうかの数値。息を止めると下がります。

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